第27話 楽園の力

「月宮、まだ動けるな? 嬢ちゃんを連れて逃げろ」


 冬也と朝陽の前に背中を向けて立ち、逃げるようにと促す仁。

 どこか覚悟を感じさせる背中に、冬也と朝陽は戸惑いを見せる。


一色あいつはどう思っているか分からないが、俺はあいつのことを戦友・・だと思っていた」


 ギルドや警察に協力して犯罪者に身を落とした探索者や、違法なクランを取り締まる活動をしていたのは〈勇者〉だけではない。東大寺仁もその一人だった。

 その活動のなかで〈勇者〉と出会い、互いに友人と呼べる程度には交流があったのだ。

 しかし、


「なのに俺は我が身可愛さに、そんな戦友を見捨ててしまった」


 仁は後悔を口にする。

 探索支援庁のことを〈勇者〉が嗅ぎ回っていることには気付いていた。そんななかギルドから告知されたダンジョン攻略の話。その攻略部隊のリーダーに〈勇者〉が選ばれたと聞いて、嫌な予感を覚えたのだと仁は話す。


「本当は薄々と気付いていたってのによ。その点では、嬢ちゃんにも謝らないといけねえな」

「東大寺さん……」


 確信はなかった。だから何も言わなかったというのは卑怯かもしれない。

 しかし、自分が何かを言ったところでダンジョン攻略の話がなくなる訳ではない。むしろ、ギルドに自分も目を付けられるだけだと考え、何も言わずに黙っていたのだ。〈勇者〉ならきっと大丈夫だと自分に言い聞かせて――

 その結果、攻略パーティーは壊滅。〈勇者〉はダンジョンから帰らぬ人となった。

 後悔した。しかし、誰にも言えなかった。それが、仁の後悔。


「いや、あいつのことだ。気付いていたのかもしれねえな。それでも逃げなかった」


 南雲一色は――〈勇者〉はそういう奴だったと仁は振り返る。

 ずっと口癖のように言っていたことがある。

 ――周りに認められなくても、僕は正しいことがしたい。

 それが〈勇者〉の口癖だった。

 いま思えば、ずっと一人で戦っていたのだろう。


「いけ――逃げる時間くらいは稼いでやる。俺にケジメをつけさせてくれや」

「東大寺さん!」

「待て、東大寺!」


 二人に背を向け、仁は走る。

 八つの頭を持った巨大な蛇、ヤマタノオロチと化した〈勇者〉のもとへ――


「悪かったな。だが、お前一人で逝かせたりはしねえ!」


 全身に魔力を纏い、ユニークスキル〈金剛力士ヴァジュラパーニ〉を発動する。

 この能力は怪力・・を得るだけでなく、肉体に鋼のような強度を与えてくれる効果がある。ユニークスキルにしては単純な能力で、アレックスや冬也のような特殊能力がある訳でもない。

 ただ、ありとあらゆる状態異常に耐性があり死ににくい・・・・・

 人外の怪力と耐久力でモンスターさえも圧倒する。

 それが――東大寺仁の戦い方だった。


「うおおおおおおおッ!」


 東大寺の筋肉が異常に膨れ上がる、

 この状態であれば、倒せないまでも力負けすることはない。

 せめて、二人が逃げる時間くらいは稼いでみせると仁は気合いの雄叫びを上げる。

 そして、ヤマタノオロチが目前に迫ったところで――


「到着です!」

「――ぶへらッ!」


 空から飛来した何か・・が巻き起こした土煙と衝撃に呑み込まれ、地面をバウンドするようにどこかへと弾き飛ばされるのであった。



  ◆



 現場に到着したのだが、満身創痍のギャルとインテリ眼鏡。

 それと離れたところで大入道が気を失って倒れていた。

 モンスターにやられたのだろうか?

 さすがに深層にいるようなモンスターの相手は厳しいだろうしな。


「命が惜しければ、早く離脱しろ」


 厳しいようだが、ここにいると巻き込まれて命を落とす危険があるからな。

 レミルは気にしないで暴れそうだから、遠くに避難してもらった方がいい。

 しかし、見れば見るほど日本神話に登場するヤマタノオロチによく似ている。

 西洋にも似たような大蛇で、ヒュドラって化け物がいたな。

 名前が長いのでオロチでいいだろう。


「お父様、もうやってもいいですか?」 

「好きにしろ。ただ、余りやり過ぎる・・・・・なよ」

「はいです!」


 意気揚々とオロチに向かって駆け出すレミル。

 ここはダンジョンではないから、壊した地形が放ってけば勝手に修復されると言ったことはない。そのため、こう言っておかないと周囲への被害がやばいことになると思って注意したのだが、あいつ話を聞かないしな……。

 案の定、鬱憤を晴らすかのように初手から大技を繰り出そうとしていた。


「まずは小手調べなのです!」


 いや、並のモンスターなら蒸発するような一撃だからな。それ。

 レミルが放ったのは例えるなら超極大の魔力弾だ。術式も何もあったものじゃない。下から見上げると小さな太陽のようにも見える巨大な魔力の塊を、オロチに向かって投げた・・・のだ。


「やり過ぎるなと言ったのに、やり過ぎだ。あのバカ……」


 案の定、着弾と同時に巨大な爆煙が巻き起こり、その衝撃がこちらにまで伝わってきた。

 魔導具の障壁がなかったら危なかった。爆風で吹き飛ばされているところだ。

 もくもくと立ち上る土煙。レミルの魔法が着弾した場所には、巨大なクレーターができていた。

 しかし、


「これにも耐えるのか」


 深層のモンスターでも雑魚なら一瞬で蒸発するような破壊力があった。

 そんな攻撃を受けて、オロチは生きていた。

 失った首が時間を巻き戻すかのように再生を始めているのが確認できる。

 これは想定よりも、もうワンランク脅威度を引き上げるべきかもしれない。

 深層のボスモンスター級。下手をすると奈落のモンスターに匹敵する耐久力がありそうだ。

 まあ、それでも――


「レミルの敵ではないな」


 レミルからすれば、オロチも雑魚モンスターも余り変わりは無い。

 ただ壊れにくい玩具・・・・・・・が見つかったと言うだけのことであった。



  ◆



 それは突然だった。

 土煙と共に冬也の目の前に現れたのは〈楽園の主〉とメイド服に身を包んだ少女。

 以前にも一度、目にしたことのある光景。

 首相官邸での出来事が頭を過り、ゾクリと冬也の背筋に悪寒が走る。


「命が惜しければ、早く離脱しろ」


 背中を向けたまま〈楽園の主〉が漏らした言葉。

 それが自分たちへの忠告だと察した冬也は朝陽と目を合わせ、互いに頷くと迷うことなく行動へ移る。気を失っている仁を二人で担ぎ、振り返ることなくただひたすらに、全力で走って、走って、逃げるようにダンジョンから距離を取る。

 思うように身体は動かず疲労困憊の状態ではあったが、すぐにここから離れなければやばい・・・と――

 Aランク探索者としての勘が警鐘を鳴らしていたからだ。


「まずい――伏せろ!」


 そして、そのは当たっていた。

 大気が震え、鼓膜を突き破るような爆音が鳴り響く。

 その直後、背中を突き上げるようにやってくる衝撃。

 背後の異変に気付き咄嗟に身体を伏せるも、ハリケーンのような爆風に為す術なく三人は吹き飛ばされる。


「……無事か?」

「ええ、なんとか……」

「逃げて正解だった……上級魔法どころの威力ではないな」


 地面を転がり土埃に塗れながらも、仲間の無事を確認して安堵する冬也。

 その視線の先には、もくもくと空に向かって立ち上るキノコ雲があった。

 スキルや魔法の範疇を超えた破壊力。

 あの場に残っていれば、無事では済まなかったと確信できる。


「たぶん、あれでもまだ本気・・じゃないと思う……」


 朝陽の言葉に「嘘だろ……」と声を漏らしながら目を瞠る冬也。

 しかし、驚きつつもありえないと断言することは出来なかった。

 首相官邸でユミルと対峙した時の絶望感。そして〈楽園の主〉を前にした時に感じた〝恐怖〟が心に刻まれ、いまも忘れられなかったからだ。

 神が実在するのだとすれば、間違いなく目の前の存在こそが神であると――

 そう錯覚させられるだけの畏れ・・存在感・・・が〈楽園の主〉にはあった。


「確かに彼等の力は底が見えない……。その気になれば、この氾濫も簡単に対処できたのだろうな」


 よくよく考えれば、楽園は少しもスタンピードを恐れてはいなかった。

 各国に警鐘を促しはしたものの、その態度はどちらでもいいとばかりの対応だったのだ。即ちそれは人類にとって脅威でも、楽園からすれば余裕で対処できる程度の異変でしかなかったと言うことだ。

 その上で、恐らく人類は試されていたのだと冬也は察する。


「……絶対に敵に回してはならない存在と言う訳だ」


 敵に回せば世界が滅ぶ。そう思えるだけの力が楽園にはあった。

 Sランクが軍と戦えるだけの力を持っているのだとすれば、楽園は単独で国を滅ぼせるだけの力を持った存在が複数いると言うことだ。そんな相手を敵に回して、勝ち目があるはずもない。為す術なく滅ぼされる未来しか、冬也には見えなかった。

 そう考えると最初に楽園と接触したアメリカの選択や、この国の総理の決断は英断だったのだと今になって思う。


「とにかく、もっと距離を取りましょう。ここもまだ危険だわ……」


 既にダンジョンの姿が見えなくなるくらい離れているが、朝陽の言葉に冬也は素直に頷く。国を滅ぼせるということは、その気になれば街くらいは簡単に消せると言うことだ。なら、この街に安全な場所など、どこにもない。

 可能な限り遠くへ。少しでも安全な場所を求めて――

 朝陽と冬也は再び仁を背負い、急いでダンジョンから距離を取るのだった。



  ◆



 モンスターに同情する日が来るとは思ってもいなかったが、いま俺はちょっぴりオロチに同情している。

 全身は傷だらけで流れでた血液がブクブクと泡を立て、首も一本以外は全部斬り落とされて、ほぼ肉塊のような姿だ。生きているのが不思議な状態なのに、未だに再生を続けている。高い再生能力があだになって、どれだけ傷つけられても死ねないのだ。


「ここまで再生能力の高いモンスターは初めて見るな」


 この様子では一撃で消滅させない限りは、肉片からでも復活しそうな再生能力だ。

 とはいえ、これだけの再生能力を持つモンスターを一撃で消し飛ばすとなると、この辺り一帯を吹き飛ばすほどの破壊力が必要となる。そうなると街は壊滅的な被害を受けるし、逃げ遅れた探索者たちも巻き込んでしまう。

 となれば、あの手・・・を使うしかない訳だが――


「これだけやっても死なないなんて頑丈な奴です。でも、これに耐えられるですか――蒼き夢魔の世界グリム・ワールド


 そうこう言ったそばから、スキルを使用するレミルの姿があった。

 もしもの時は使ってもいいと許可していたが、レミルもこのままでは埒が明かないと判断したのだろう。

 ユミルが持つ魔王の名を冠するスキル――蒼き夢魔の王ナイトメアロード

 その能力の一つが、この〈蒼き夢魔の世界グリム・ワールド〉だ。

 名前から察する通り精神干渉系のスキルだが、ただ相手を夢の世界に取り込むスキルと言う訳ではない。このスキルの怖いところは夢が現実に干渉・・・・・・・する力を持つことにある。

 即ち、夢の世界でのは現実に反映される。


「――――」


 まるで時が制止したかのように、その場で静かに固まるオロチ。

 どれほどの再生能力を持っていようと、不死身であろうと、この権能の前には関係がない。いまオロチはレミルのスキルの影響下にあり、精神世界でレミルと戦闘を繰り広げているはずだ。

 しかし、夢の世界で〈夢魔の王〉に勝てる道理はない。

 それは取り込まれたが最後、から逃れる術はないと言うことを意味している。


「そうそう、こんな風に――」


 ちょっと待て!?

 周囲の景色がガラリと変わっていることに気付く。どこだ、ここ?

 高層ビルが建ち並ぶ交差点のど真ん中に俺は立っていた。

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