第26話 特殊個体

 仰向けに倒れる朝陽に駆け寄る仁と冬也。

 魔力操作を使った無理なスキルの発動で、朝陽の身体は限界を迎えていた。

 自らに〈雷撃〉のスキルで〈雷〉を纏わせることで〈身体強化〉のスキル効果を限界以上・・・・に引き上げたのだ。あの瞬間、朝陽は人間でありながら楽園のメイドたちに迫る力を発揮した。

 その反動がこれだ。


「まったく、たいした奴だ。複数のスキルを使っていたみたいだが、さっきのは装備に付与された力か?」

「うん、槍には〈雷撃〉が――防具には〈身体強化〉と〈全耐性〉が付与されているから……ちょっと無茶な使い方をしたけど、私が生きているのは〈全耐性〉のお陰だと思う」


 自分に向けて〈雷撃〉を使って無事なはずがない。〈全耐性〉があったから助かったのだと朝陽は自分の身に起きたことを理解していた。

 結局、特訓では一度も成功しなかった三つの魔導具の並行発動。それを本番で成功させたと言う訳だ。


「もしかしてとは思ったが、まさか……」 


 自分で尋ねておいて、言葉がでないと言った様子を見せる冬也。

 朝陽の身に付けている装備は、特級の魔導具技師で知られるクラン〈迦具土〉の代表、一文字鉄雄の製作した武具だ。朝陽は祖母のコネで武具の製作を請け負ってもらえたが、本来であればAランクと言えど簡単に手に入るような代物ではなかった。それだけに冬也もよく覚えていたのだ。

 しかし、以前はこれほどの性能はなかったはずだ。そもそも古代遺物アーティファクトでもないのに強力なスキルが付与された魔導具など、特級の魔導具技師と言えど製作できるものではない。

 そのことから一文字から聞いた〈黄昏の錬金術師〉の話が冬也の頭に過る。

 もし、〈楽園の主〉と〈黄昏の錬金術師〉が同一人物であるという仮説が当たっているのだとすれば――


「楽園に助けられたのか?」

「……よく気付いたね」

「そんな装備を作れるのは、世界にただ一人――〈黄昏の錬金術師〉だけだ」


 朝陽が生きていた理由も、信じられないくらい強くなっていた理由も、アーティファクト級の装備を身に付けている理由も、すべてに合点が行ったという表情を見せる冬也。

 楽園が日本への介入を決めたのも、もしかしたら朝陽に理由があるのかもしれない。

 もしそうなら、朝陽は文字通り日本の救世主と言っていい。自分たちの力だけでスタンピードを食い止められたかと言うと、残念ながら難しかっただろうと冬也は考えていた。

 ましてや〈勇者〉を倒すことが出来たかと言えば、はっきりと自分たちの力では無理だと断言できる。


「どうやら収まってきたようだな。モンスターの数が随分と減ってる」


 仁の言うように、目に見えて分かるくらいモンスターは数を減らしていた。

 ダンジョンから無数に湧き出ていたモンスターが、ピタリと止んだからだ。

 〈勇者〉を倒したことが原因かは分からないが、ここを乗り越えれば終わる。


「お前はゆっくりと休んでいろ。あとは俺たちだけで十分だ。いくぞ、東大寺」

「おうよ。嬢ちゃんにばかり見せ場を奪われたら〈怪力無双〉の名が泣くしな」


 最後のひと踏ん張りとばかりに残ったモンスターを片付けようと、まだ戦いが続いている戦場に冬也と仁の二人が向かおうとした、その時だった。


『――ッ!』


 背筋に強烈な悪寒が走ったのは――

 これまでに感じたことがないほどの威圧感プレッシャー。もしかしたら首相官邸で感じた魔女の力をも超えているかもしれないと冬也が考えるほど、桁外れの魔力が襲い掛かる。

 戦場が凍り付くような威圧感――その正体に気付くのは遅くなかった。


「まさか、まだ生きてやがるのか?」


 仁の一言で、後ろを振り返る冬也。

 満身創痍の状態で立ち上がった朝陽も、二人と同じ方角に視線をやる。

 朝陽の一撃で出来た大地の亀裂。その先に〝蠢く影それ〟はいた。


「おい、なんか様子がおかしくないか?」


 東大寺が口にした瞬間、闇が爆ぜた。

 蠢く影を纏う闇が爆ぜ、周囲のモンスターを侵食し始めたのだ。


「おいおいおいおいおい!」

「まさか、モンスターを食っている・・・・・のか?」


 ダンジョンの周りに残っていたモンスターたちが闇に囚われ、影に引きずり込まれていく。

 影に覆われた〈勇者〉だったものは醜い肉塊へ姿を変えていた。

 周囲のモンスターを捕食し、巨大に膨れ上がっていく肉の塊。

 そのおぞましい光景を前に探索者たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかないのであった。



  ◆



 世間では〈勇者〉と呼ばれているが、南雲一色が探索者になった切っ掛けは復讐・・だった。

 一色の姉はユニークスキル持ちではなかったものの十六歳で探索者の資格を取ってから、僅か二年半でBランクへと至った優秀な探索者だった。

 全寮制の学校に通っていたことから長期休暇くらいしか姉と顔を合わすことはなかったが、それでも帰ってくる度にダンジョンの話を聞かせてくれる姉のことを一色は慕っていた。


 ――僕もいつか姉さんみたいな探索者になる!


 それが姉と会うたびに口にしていた一色の口癖だった。

 しかし、そんな幸せな日々もずっとは続かなかった。

 姉の訃報が家族の元に届けられたのだ。


 その事件が起きたのは姉がBランクに昇格した直後、高校の卒業を控えた春先の出来事だった。

 原因はパーティー内のいざこざ。当時はまだアーティファクトに関する規制が緩く、クランに所属する探索者であればギルドに登録することでアーティファクトの所有が認められていたのだ。

 そのため、合同で行われたダンジョン攻略で発見されたアーティファクトの所有権を巡って、別々のクランに所属する探索者同士の衝突が起きたことが原因とのことだった。

 当たり前だが、一色の姉を殺した探索者はギルドに拘束され、逮捕された。

 しかしダンジョン内で起きた犯罪で証拠がないことや、自衛のために仕方がなく殺害してしまったなどと相手が正当防衛を主張したことで、不起訴処分となってしまったのだ。正当防衛を裏付ける証拠として、一緒にパーティーを組んでいた探索者の証言があったことも大きかった。

 当然、家族は再捜査を求めて抗議したが、その声が聞き届けられることはなかった。それもそのはずで、その当時は探索支援庁がアーティファクトを規制する法案を推し進めていたこともあり、一色の姉を犯罪者とした方が何かと都合の良い人々が少なくなかったのだ。

 だから一色は復讐を誓い、探索者となった。

 この理不尽な世の中に本物の正義・・・・・秩序・・をもたらすために――


 一色にとって幸運だったのはユニークスキルに覚醒したことだった。

 瞬く前に頭角を現し、僅か五年で国内最強の探索者の称号を手に入れた彼はギルドや警察と連携し、多くの犯罪者を捕らえ、不正を行っていたクランも次々と摘発していった。

 すべてはギルドの信用を得るため、事件の真相に近付くために行ったことだ。

 その地道な活動の末、姉を殺した男たちの所属するクランが支援庁と密接な関係にあったことが判明する。十年前の事件が仕組まれたものであった可能性が浮上したのだ。

 だから、一色は〈勇者〉を演じながら支援庁の不正を探っていた。


 そうして、あの事件が起きた。

 攻略部隊のリーダーに選ばれたのは実績を考えれば当然だが、選ばれた理由はそれだけではなかったのだろう。支援庁にとって〈勇者〉は都合の良い駒から、自分たちを脅かす危険な存在へと変わっていたのだ。

 だからダンジョンで殺すことを計画した。元より失敗を想定されたダンジョン攻略。そのリーダーに〈勇者〉を抜擢することで、自分たちに邪魔な探索者を一掃しようと考えたのだ。

 計画は概ね上手くいったと言って良いだろう。〈勇者〉は死に、パーティーは壊滅した。ただ一つだけ支援庁の思い通りにならなかったことがある。それが八重坂朝陽の存在であった。

 まさか自分たちの企てた計画が楽園を動かすことになるとは、彼等も思ってもいなかっただろう。その結果、不正が次々と明るみになり組織が解体の危機にまで直面しているのだから、まさに因果応報と言っていい。


「グルルルルルル……」


 嘗て〈勇者〉と呼ばれた男はモンスターへと姿を変え、その憎悪・・を探索者たちへと向けていた。

 切っ掛けは復讐だったかもしれない。しかし、自分や姉のような人たちを生まないためにと、彼は〈勇者〉の名前に相応しい振る舞いを演じ続けた。その結果、多くの人が救われたことに変わりはない。

 だが、モンスターと化した今の彼に人としての心は残っていない。

 僅かに残っていた感情も魔に取り込まれ、残されたのは憎悪・・だけであった。



  ◆



 魔王が現れたらしい。

 急にメイドたちがやってきて、そんなことを俺に伝えてきた。


「問題ない」


 と取り敢えず話は合わせておいたけど、本当に何があったのやら。

 レギルが通信で伝えてきたらしいけど、それだけでは何のことかさっぱりだ。

 確かにユミルたちには〈魔王の権能ディアボロススキル〉という中二病的名前の格好良いスキルが宿っている。そのことからも先史文明の時代に魔王が実在したことは確かだ。

 しかし、魔王が現れたと急に言われても突拍子がなさすぎる。

 信じていない訳ではないが、もう少し具体的な情報が欲しいところだった。 


「気にはなるけど、まずはこっちが先だな」


 気にならないと言えば嘘になるが、魔王のことは一旦保留・・にする。

 いまはそんなことよりも、目の前のことに集中するべきだと思ったからだ。

 危なくなったら介入するつもりでいたが、そのピンチが訪れていた。

 さすがに〝アレ〟がやばいのは、俺にも分かる。

 人型のモンスターらしき影。それが周りのモンスターを取り込んで変化したのだ。

 八つの頭を持った〝大蛇〟の姿に――


「ヤマタノオロチと言ったところか。はじめて見るモンスターだな」


 魔力量から見て、深層に生息するモンスターに匹敵すると思われる怪物。

 稀にその階層では見られないような突出した個体が出現することがあるのだが、あれもその内の一体なのだと察する。恐らくはスタンピードが生んだ特殊個体ユニークモンスターと言ったところなのだろう。


「……まさか、あれが魔王ってことはないよな?」


 目の前のモンスターが魔王である可能性を考えるが、やはりないなとかぶりを振る。

 レギルが焦るほど強そうには見えないし、何より魔王らしく・・・・・ないからだ。


「お父様、もう待ちきれないです! 行っていいですか!?」


 そわそわとするレミルを見て、そろそろ限界であることを悟る。

 二時間もお預け状態で待機させていたからな。既に暴走寸前と言ったところだ。

 この際、あれが魔王でもいいからレミルを暴走させないように手綱を握る方が大事だと考える。

 そうしないと、この街が地図から消えかねないからだ。

 レミルのストッパー役として日本に残った以上、それだけは避けたい。

 そのためにも――


「それじゃあ、いくか」

「はいです!」


 ガス抜きが必要だ。

 待ちきれない様子のレミルを連れて、俺は戦場へと向かうのだった。



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