第25話 勇者

 下層のモンスターと言えど、Aランクの探索者なら倒すことは難しくない。冬也も実際に単独でオーガやトロールと言った下層のモンスターをこれまでに何度も討伐してきた。

 しかし、それが群れをなしていれば話は別だ。

 下層のモンスターは中層までのモンスターと違い一撃で倒すことは難しい。特にトロールは上級の魔法を何発と撃ち込んでも倒れない高い生命力を持っており、オーガも鋼鉄のように硬く強靱な肉体を持つことから〝前衛殺し〟とまで呼ばれているモンスターだ。

 それを――


「嘘だろ……あいつ、いつの間にこんな……」


 まるでゴブリンやスライムを片付けるかのように、下層のモンスターを蹂躙する朝陽の姿があった。

 心臓を槍で貫かれ、絶命するオーガ。一撃で胴体を分かたれ、炎で焼かれるトロール。更には雷を纏った炎がレーザーのように穂先から放たれ、群がるモンスターを一撃で蒸発させる。

 夢でも見ているかのように光景に、冬也は信じられないと言った表情を浮かべる。

 朝陽がAランクに相応しい実力を持っていることは冬也も知っている。テレビやネットの評判だけでなく、冬也自身も朝陽のことを歳の近いライバルだと認めていたからだ。

 それでも――


「Aランクどころじゃない。これじゃあ、まるで……」


 Sランクの戦いだと冬也は息を呑む。

 規格外と呼ばれる探索者の頂点。Aランクの探索者と比較しても隔絶した力を持ち、大国の軍隊とも戦える力を持った存在。人の姿をしたモンスター。それが、探索者なら誰もが知るSランクの評価だった。

 文字通り〝国家戦力〟とも呼べる世界に五人しかいない探索者。

 いま目の前で繰り広げられている戦いは、まさにそのSランクを彷彿とさせるものだ。


「笑っているのか?」


 理解できないと言った表情を冬也は見せるのであった。



  ◆



 下層のモンスターが何百匹と群れる中を単身で駆け抜け、恐怖するどころか朝陽は笑みを浮かべていた。

 どうしてかは本人にも分からない。いや、笑っているという自覚すらないだろう。

 ただ、目の前の恐怖よりもイメージ通り・・・・・・に身体を動かせることが楽しくて仕方がなかったのだ。

 レミルやレギルとの特訓では、自分が強くなっている自覚はなかった。

 レッドオーガを倒すことができたのは、ただ装備が凄いだけだと考えていた。周りが強すぎたと言うのも、朝陽が自分の実力に自信を持てなかった理由の一つにあるだろう。

 しかし――


炎よ雷鳴を纏いて敵を穿てフレアサンダーピアス!」

 

 自分でも気付かない内に、朝陽は強くなっていた。

 この世界にレベルという概念はないが、魔力は存在する。スキルは使えば使うほどに成長するし、魔力も鍛えれば鍛えるほどに強くなる。そのために最も効率が良いのが、モンスターを倒すことだ。

 それも自分よりも強いモンスターを倒すことで探索者は強くなる。これはゲームのように経験値が入ると言う訳ではなく、モンスターとの戦いが魔力を鍛えるのに適しているからだ。

 そして朝陽は短い期間とはいえ、レミルに連れ回されて深層のモンスターとの戦いを経験してきた。それこそ並の探索者が一生経験できないようなことを、この一ヶ月ほどで無数に経験したのだ。強くならないはずがない。


 更にレギルと行った魔力操作の特訓。あれは魔導具の並列起動に限らず魔力を効率良く運用するために必要とされる技術で、鍛えれば鍛えるほどにスキルの扱いが上手くなり、魔力消費を抑えられるようになると言ったメリットがあった。

 身体強化などの強化系スキルであれば、魔力操作を極めることで何倍にも自身の力を高めることが出来るようになる。朝陽がイメージ通りに身体を動かせると感じているのは、この魔力操作の訓練の効果によるところが大きい。

 本人すら気付かない内に、Aランクを遥かに超える力を身に付けていたと言う訳だ。

 しかし、


(強くなってる。自分でも信じられないほどに! でも……)


 それでもSランクに届いたかと言えば、まだ届かないと朝陽も感じていた。

 実力が不足しているとか、戦闘経験が足りていないとか、そういう話ではない。

 Sランクを規格外たらしめる力。ユニークスキルを使いこなすことが出来ていないからだ。

 炎を操る力は〈天照アマテラス〉の能力の一部に過ぎない。アレックスの〝軍神〟や、冬也の〝夜〟のように――ユニークスキルには、神の権能と呼ばれるだけの特殊な力がある。

 その力を朝陽はまだ使いこなすことが出来ずにいた。


「なに、あれ……」


 周囲のモンスターを粗方一掃したところで、朝陽は〝蠢く影それ〟に気付く。

 黒いモヤのようなものを纏った人のカタチをした異形。

 その胸元に見覚えるのあるものを見つけ、朝陽は目を瞠った。


「金のプレート……まさか、そんな……」

 

 金色を示す〈探索許可証ギルドライセンス〉はAランクの証と言えるものだ。

 そして、Aランクはほぼ全員が顔見知りと言えるほどに、その数は少ない。

 更に言えば、ユニークスキル持ちは国内に七人しかいない。

 だからこそ、顔は確認ができずとも身に付けている装備や背格好で察しは付く。


南雲なぐもさん……」


 ――南雲なぐも一色いっしき

 それは、嘗て〈勇者〉と呼ばれた男の名であった。



  ◆



「なにを呆けてやがる――避けろ!」


 そう言って朝陽を突き飛ばすように、異形との間に大男が割って入る。

 東大寺仁。朝陽と同じAランクの探索者にして〈怪力無双〉の二つ名を持つ男だ。


「ぐは――ッ!」

「東大寺さん!?」


 朝陽を庇い、黒い触手のようなものの直撃を食らって弾き飛ばされる仁。

 それを見た朝陽は顔を真っ青にして、仁の元へと駆け寄る。

 仁のスキルが身体強化系のものだったことが幸いしたのか、まだ息はあった。

 すぐに腰のポシェットから回復薬を取りだし、仁に呑ませる朝陽。

 作戦の開始前に妹が持たせてくれた上級回復薬・・・・・だ。


「こいつは……上級の回復薬か? いや、それにしても効果が高すぎるような……」

「よかった。生きてて……」

「ガハハ、それはこっちの台詞だがな」


 死んだと思っていた人間が生きていたのだ。

 咄嗟に身体が動いて助けに入ったとはいえ、仁も朝陽との再会に驚いていた。

 しかし、いまは再会を喜んでいる場合ではないと、二人は異形に意識を向ける。


「なんだってんだ。あのモンスターは……」 

「たぶん〈勇者なぐも〉さんです」

「はあ!? あれが一色だと!」

「胸のプレートを見てください。それにあの地竜の装備……」


 異形の正体が〈勇者〉だと聞かされて驚くも、朝陽の説明に仁は納得した様子を見せる。胸のプレートもそうだが、確かに異形の身に付けている装備には見覚えがあったからだ。


「お前みたいに生きてたってことか?」

「いえ……間違いなく南雲さんはモンスターに殺されました。私の目の前で……」


 首を横に振りながら朝陽は〈勇者〉の最期を説明する。

 朝陽の目の前で〈勇者〉は身体を二つに引き裂かれて死んだのだ。

 生きているはずがない。何より目の前の異形からは生気を感じなかった。


「だとすると、死んでアンデッドにされたってことか。エジプトのダンジョンにそういうモンスターがでるって話は聞いたことがあるが……」


 やりきれないような複雑な表情を見せる仁。

 同じ治安活動に協力してきた探索者として〈勇者〉とはそれなりに親交があった。

 それが、こんな風に再会することになるとは思ってもいなかったのだろう。

 少し逡巡した様子を見せるも、覚悟を決めた表情で仁は拳を構える。


「なら、引導を渡してやらないとな」


 モンスターとなってまで生きながらえることを〈勇者〉が望むとは思えない。

 そう話す仁に朝陽も頷き、ミスリルの槍を構える。


「僕もまぜてくれるかな?」

「……もう、大丈夫なの?」

「お陰様でね。少し休んで魔力も回復した」


 東大寺仁、月宮冬也、そして八重坂朝陽。Aランクの探索者が三人。

 相手の力は未知数だが、この三人ならやれると各々が強く確信する。

 まず最初に仕掛けたのは冬也だった。


「――無限凍結地獄アブソリュート・ゼロ!」


 氷結系の攻撃スキルの中でも最強と謳われる魔法。

 津波のように氷雪の嵐が〈勇者〉に襲い掛かる。

 それを見て、飛び出すじん


「覇王流奥義――超剛力破砕拳ッ!」


 凍り付く〈勇者〉に対して、出し惜しみなど一切なしで最大の技を繰り出す。

 しかし、


「くッ――なんて硬さだ!」


 表面を覆っていた氷は砕けるものの黒いモヤのようなものに阻まれる。いや、衝撃が完全に無効化・・・されているような鈍い感触を拳から感じる。ふと仁の脳裏に過ったのが〈勇者〉の持つユニークスキルの存在だった。

 日本神話の英雄〈須佐之男スサノオ〉の名を冠した権能。暴風を司る神で〈勇者〉も風系統の魔法を得意としていた。しかし、〈須佐之男スサノオ〉の能力はそれだけではなかった。

 ――スキルの無効化。これは余り知られていないことだが〈勇者〉は相手のスキルを無効化することが出来たのだ。

 だとすれば、この黒いモヤのようなものには――


炎よ雷鳴を纏いて敵を穿てフレアサンダーアピアス!」


 朝陽の声に気付き、大きく飛び退くように〈勇者〉から距離を取る仁。

 その直後、轟音と共にミスリルの穂先から放たれた炎雷が〈勇者〉に直撃した。

 しかし、


「やっぱり、ユニークスキルも使えるのかよ」


 またもや黒いモヤに触れた瞬間、朝陽の放った炎雷が飛散するように消滅する。

 冬也の氷も周りを凍り付かせただけで〈勇者〉には届いていなかった。

 だとすれば、間違いなく〈スキル無効化〉の権能が作用しているのだと推察する。


「あれって南雲さんのスキル?」

「ああ、自分に向けられたスキルを無効化するって厄介な能力だ。あそこまで強力なものじゃなかったがな……」


 本来はユニークスキルの一撃を無効化するほど強力なものではなかった。

 効果範囲も狭く余り使い勝手の良いスキルではないと〈勇者〉自身も言っていたほどだ。実際ベヒモス相手には通用せず、あくまでスキルを無効化する能力であることから巨大な爪の一撃を防ぎ切れずに〈勇者〉は致命傷を負ってしまった。


「なら物理・・は効果があるってことよね」

「おい、お前まさか――」


 防具に付与された〈身体強化〉のスキルを発動し、朝陽は〈勇者〉との間合いを一気に詰める。

 自己強化系の戦闘スキルを持つ仁の攻撃も通用しなかったが、あれはスキルを使った攻撃で黒いモヤに直接触れたからだと朝陽は推察していた。

 というのも、冬也の〈無限凍結地獄アブソリュート・ゼロ〉も〈勇者〉に届いてはいなかったが凍らせること自体は出来ていたからだ。

 なら、黒いモヤに触れさえしなければスキルが無効化されることはないと考える。


(〈身体強化〉を限界まで引き上げれば――)


 限界まで〈身体強化〉を行うことで、自身のパワーやスピードを何倍にも強化する朝陽。こんな真似は並の探索者であれば出来ないが、これも魔力操作の特訓の成果だった。

 更に――


「まだ足りない!」


 〈雷撃〉のスキルを自身・・に発動する。

 本来は敵に向かって放つスキルだが、自分に使うことで朝陽は一時的に人間の限界を超えた反射速度を手にする。試したことがある訳でも確証があった訳でもない。ただ、そんな風に〈雷〉の魔法を使っていたAランク探索者を知っていたと言うだけだ。


「ああああああああッ!」


 雄叫びを上げ、音を置き去りにするような速さで距離を詰め、朝陽は突き・・を繰り出す。

 技の名前などない。ただ愚直に限界を超えて能力を強化しただけの一撃。

 空気が爆ぜ、その衝撃で地面に亀裂が走る。

 一瞬、脳裏に生きていた頃の〈勇者〉の姿が浮かぶが――

 朝陽は〈勇者〉の胸元で光るプレートを目印に、一気に槍を突き出すのだった。

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