第24話 魔王
ギャルが主人公をしていた。
同僚のピンチに颯爽と駆けつけ、いまも下層のモンスターを相手に無双している。ユニークスキル持ちだと言うのは知っていたが、ここまで強いとは思ってもいなかった。装備は修復のついでに少し手を加えたが、ありふれた汎用スキルしか付与していないので純粋にギャルの実力と言っていいだろう。
ただ――
「他が弱すぎるんだよな……」
他の探索者のレベルが思っていた以上に低いことも、ギャルの強さが際立つ要因になっている気がする。ギャルに助けられたインテリ眼鏡はよくやる方だと観察していたが、それでも詰めの甘さが目立っていたしな。
時間凍結のスキルを使ったのは驚いたが、自分も身動きが取れないのでは意味がない。それに一見すると強力なスキルに見えるが、時間を操作する系統のスキルは対策が取りやすい。同じ時空系のスキルを付与した魔導具を装備していれば、効果範囲から外れることが出来るからだ。
深層には耐性を持ったモンスターも少なくないし、奈落のモンスターにはほぼ通用しない。だから戦闘系のスキルと言うよりは、俺は便利系のサポートスキルだと考えていた。
「何人か見所がありそうなのはいるけど、やっぱり全体的にレベルが低いな」
最初の内は優位に戦いを進めることが出来ていたが、下層のモンスターが現れた途端、一気に戦線が崩れ始めた。
理由は単純、戦力不足だ。Cランク以下が大半を占めており、高ランクの探索者の数が少ないためだ。下層のモンスターの前では、Cランク以下の探索者なんて一般人と変わりがない。招集命令の対象にDやEランクが含まれていないのも頷ける。犠牲者を増やすだけだしな。
まあ、一番多いのはDランク以下と言う話なのだが……。ギルドに登録されているスキル持ちの数は全世界で凡そ一億人。このうち探索者として活動しているのは三千万人ほどらしい。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだが、俺は結構いるなと感じている。スキルなんて日常生活では役に立たないものが大半だし、他に職業の選択肢があるなかで死と隣り合わせの仕事を選ぶ人なんてそうはいないと思っているからだ。
探索者なんてモンスターとの命の奪い合いが日常で、下手をすると軍人より危険な仕事だしな。そもそも生き物を自分の意志で殺せる人が少ないと言うのが実情だ。戦闘スキルの発現率が低い理由もここにあるのだろう。
それに出現した当時はダンジョンの開放を求める声が多く熱気に湧いたらしいが、三十年以上経った今ではダンジョンは珍しいものではなく人々の日常の一部になっている。やはり、憧れと現実に大きな乖離があったと言うことなのだろう。
話が少し脱線したが、この現役探索者三千万人の内の九割以上がDランク以下と言うのが問題だった。そのため、招集命令の対象となるのは三百万人未満と言うことになるのだが、実際にはそこまで多くない。この招集命令は外国人は含まれず、自国の探索者のみが対象となっているからだ。
月を含めて世界には七つしかダンジョンが存在しない都合上、外国から出稼ぎにやってきている探索者も少なくない。国によってその数はまちまちだが、グリーンランドなんかは自国よりも欧州の探索者が圧倒的に多いと言う話だ。
そのため、作戦に参加している探索者の数は想定以上に少ない。日本などは探索者の数がそもそも不足していることもあり、今回の作戦に参加したのは十万人足らずと言ったところだ。これでもCランクの数が少ないことから、希望者のみではあるがDランクも含めての数らしい。
ユミルが現代の探索者は脆弱だと呆れるのも無理はない状況だ。もう少しやれると思っていたのだが、全体的な底上げが必要だと感じる。やはり装備の質が悪いのが原因の一端にあるのだろう。
「これは思っていた以上に深刻だな……」
総理もアーティファクトの規制緩和に動くと約束してくれたことだし、状況を考えると俺もメイドたちに丸投げしてばかりではなく少しは自分で動くべきなのかもしれない。
スキルの付与された魔導具が普及すれば、ちょっとはマシになるだろう。
この件が片付いたら〈トワイライト〉で商品として扱えないか、レギルに相談してみるか。
昔作った魔導具が〈蔵〉に大量に埋もれているしな。
「お父様、妙な気配がするです」
レミルが何かを察知した様子でダンジョンの方を指さすので、俺もモノクルに付与された〈鷹の目〉で視線の先を追ってみる。
ダンジョンの周りには数千体のモンスターがひしめき合っていた。
トロールなどの下層のモンスターの姿も確認できる中、おかしな個体を発見する。
「あれか」
大きさは成人男性くらい。人のような姿をしているが、全身に黒いモヤのようなものを纏っていて姿がよく確認できない。とはいえ、モンスターの群れにまざっていると言うことは人間でないことは間違いない。
「余り強そうには見えないな」
しかし、不気味な感じがする。
放って置くとよくないことが起きそうな気配が――
「レミル、でる準備をしておけ」
このまま出番もなく終われるかと思っていたが、現実はそう甘くないらしい。
◆
その頃、トワイライトの本社ビルでは――
「これなら、出番はなさそうですね」
空中に投影された映像でアレックスたちの戦い振りを観察しながら、自分の出番はなさそうだと寛ぐレギルの姿があった。
Sランクのなかでもアレックスの能力は、こうした大人数を率いた戦闘に適している。能力的にも相性が良く本人の実力も申し分がないのだから、この結果は分かりきっていることだった。
ただ懸念点があるとすれば、アレックスと言えど深層のモンスターの相手は厳しいと言うことだ。雑魚が相手であれば、問題なく対処が可能だろう。実際、ベヒモスと遭遇するまでは順調にダンジョンの攻略を進めていたのだ。
しかし、深層のボスクラスのモンスターが相手では、Sランクでも相手をするのは厳しい。負けないまでも大量の犠牲者がでるのは避けられないだろう。それに一体ならまだしも、そんな化け物が何体も現れたら為す術がない。
だからこそ、楽園は計画を立てたのだ。
「レギル様。先程、ダンジョンに潜っていたメイドたちから作戦成功の報告がありました」
作戦が成功したとの報告を受け、ほっと安堵したような笑みを見せる。
主から託された作戦だけに、絶対に失敗は許されないという思いがレギルにはあったからだ。主から託されたもう一つの仕事がなければ、自分でダンジョンに潜って作戦の成功を見届けたかったくらいであった。
だと言うのに――
「ただ……」
「ただ?」
ほんの僅かでもミスが許されない任務で、余計な一言を付け加えたメイドをレギルは睨み付ける。
レギルの放つ迫力に気圧され、思わず息を呑むメイド。
しかし、報告をしない訳にもいかず説明を続ける。
「漏れがないかを確認していたところ、深層から上に続く
「……それはモンスターを逃がしたと言うことですか?」
「ち、違います!」
部屋の温度が一気に冷たくなるのを感じて、慌ててメイドは否定する。このままでは自分も含め、作戦に参加したメイドたちは無事では済まないと悟ったからだ。
勿論、楽園のメイドたちは全員が〈楽園の主〉の所有物であることから、レギルと言えど勝手に処分するような真似はできない。しかし、殺されるようなことはなくともレギルが〈
自分たちは〈楽園の主〉に守られているから安全だと考えるメイドはいない。
それにもっと恐ろしいのは、主に失望されることだ。役目を満足に果たすことが出来ず、主から見限られるようなことになれば、それは楽園のメイドたちにとって死よりも恐ろしいことだった。
「モンスターは間違いなく一体残らず〈転移〉させました。魔力の残滓は少なくとも
メイドの報告に目を瞠るレギル。確かにその話が事実なら、メイドたちに落ち度はない。
しかし、二週間も前に深層からモンスターが移動していたなどと俄には信じられる話ではない。どれほど強力なモンスターであろうとも、階層を隔てる結界を越えることは出来ないからだ。
「何かの間違いとかではなく事実なのですか?」
「ご主人様がお作りになった〈魔力探知〉の魔導具を使って何度も念入りに調査いたしました。ですが、深層から〝何か〟が結界を越えて移動したことだけは間違いありません」
モンスターではなく〝何か〟とメイドが口にしたのは、意図があってのことだとレミルは察する。結界がある限りは、モンスターが階層を移動することなどありえない。なら、その移動した魔力の正体はモンスターではないと言う結論に至る。
しかし人間の探索者であれば、はっきりと分かるほどの魔力の痕跡が二週間も残る可能性は低い。メイドたちが深層のモンスターと間違えたと言うことは、その存在は深層のモンスターに匹敵する魔力を持っていると言うことだ。
「まさか……」
レギルの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
モンスターは階層を移動することが出来ない。しかし人間であれば、それは可能だ。そこから導かれるのは、モンスターと同等の力を持った人間が階層を移動したと言うこと。
過去になかった訳ではない。
モンスターの力を得た人間の話は――
「主様に至急連絡を――そして伝えなさい」
先史文明の時代、国が一つ地図から消えるほどの事件があった。
その事件を解決に導いたのが先代の〈楽園の主〉――〈至高の錬金術師〉と呼ばれるレギルたちの創造主だ。
だからこそ、国を崩壊させるに至った〝敵〟の正体をレギルは知っていた。
会ったことがある訳ではない。だが、知ってはいるのだ。
自分の中にその敵から奪った〝
「〈
人の姿をしたモンスター。それが〈
世界を混沌に陥れた災厄のモンスターであった。
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