第23話 スタンピード

 総理との会談から一ヶ月近くが経った。

 スタンピードだが、もういつ起きても不思議ではない状況らしい。既に結界の一部に崩壊が見られ、モンスターの一部が上層に移動するなどの異変がダンジョン内で起きていることから立ち入りが制限されている。

 いま俺はギルドのビル屋上からダンジョンの様子を眺めているのだが、確かに異様な雰囲気を感じる。いつも以上にダンジョンから魔力が漏れているというか、まるで地上にいながらダンジョンの中にいるかのような空気を肌で感じていた。

 これはダンジョンの異常だけが原因ではなく、探索者たちの緊張も伝わってきているのだろう。

 これからモンスターと生存をかけた戦いが始まろうとしているのだ。緊張するのも頷ける。


「お父様、退屈なのです」


 ここに一人、緊張感の欠片もない奴がいるが……。

 とはいえ、こんなのでも一応は〝最高戦力〟だから、いてもらわないと困る。

 探索者たちの手に負えないようなモンスターが現れた時は、レミルに頑張ってもらうしかないからだ。

 一応、街の周りに自衛隊が配置されているらしいが、モンスターに近代兵器は効果が薄い。下層のモンスターともなれば、仮に核ミサイルを投入しても殲滅することは難しいだろう。

 これはモンスターがダンジョンによって生み出された魔法生命体であることに要因がある。魔力を使った攻撃でなければ、モンスターに効果的なダメージを与えることは難しい。だからスキルによる攻撃が最も効果的で、探索者に頼るしかないと言うことでもあった。


「退屈だからって手をだすなよ。可能な限り俺たちのことは伏せておきたいし、探索者たちがどの程度やれるのかを見たい」


 実のところ俺が日本に残ることにしたのは、これが理由にある。大入道と戦って思ったのだが、ユミルが思っている以上に探索者たちの実力は高い可能性があると感じたからだ。

 あの大入道がどの程度の位置にいる探索者なのかは分からないが、仮にCやBランクだとすれば、それ以上に強いAランクはユミルたちを除いた楽園のメイドたちと同じか、それ以上に強い可能性がある。それなら装備次第で深層のモンスターにも対処可能なのではないかと考えていた。

 彼等が深層で活動できるようになれば、楽園のメイドたちの負担も減る。今回のようなスタンピードも未然に防ぐことが出来るかもしれない。俺の平穏な暮らしのためにも彼等には頑張って欲しいと言うのが、本音にあると言うことだ。


「暇なら、これでも遊んでおけ」


 携帯ゲーム機を一台、ユミルに貸してやる。東京観光をしていた時に秋葉原の量販店で購入したものだ。楽園のメイドたちへのお土産も含め、〈蔵〉には戦利品が山のように入っていた。

 お、動きがあったみたいだな。取り敢えずは〝お手並み拝見〟といくか。



  ◆



 同じ頃、アメリカのダンジョンでも異変が起きていた。

 先程まで青く澄んでいた空が一転して暗く染まり、ダンジョンの周りの空間がひび割れるかのように大きな音を立てて崩壊したのだ。これこそ各階層を隔てる結界が崩壊した証。戦いの始まりを告げる狼煙・・だった。


「気を抜くな――来るぞ!」


 目にしたこともない超常的な現象に目を奪われ、放心する探索者たちに檄を飛ばし、巨大な戦斧を肩にアレックはダンジョンへと向かって駆け出す。その視線の先には、無数のモンスター・・・・・の姿があった。

 ゴブリンやオークを始めとした上層でよく見かけるモンスターたち。脅威度は低いが、そんなモンスターが次々と湧いて出るようにダンジョンへと通じる穴から這い出してきていた。

 モンスターの群れに単身飛び込み、アレックスは力任せに戦斧を振るう。

 巻き上がる暴風と土煙。一瞬にして十を超えるモンスターが弾き飛ばされ、光の粒子となって消滅する。まるでゲームを見ているかのような光景だが、これがダンジョンのモンスターだった。

 モンスターは魔石や身体の一部が素材として残ることはあるが、死骸を残すことはない。それはモンスターがダンジョンによって生み出され、魔力・・によって肉体が構成された魔法生命体であるからだ。

 不思議な光景だが、これがこの世界の現実。ダンジョンを生業とする探索者たちの常識であった。


「俺に力を貸せ――〈軍神マルス〉!」


 呼び掛けに応えるかのように、アレックスの身体から暴風のような魔力が吹き荒れる。

 その直後、探索者たちの身体が光輝き、瞳に闘志が宿る。

 味方を鼓舞し、その能力を引き上げると同時に味方の数によって自身の能力も強化するユニークスキル。オリュンポス十二神の一柱、軍神アレスと同一視されるローマの神。勇敢なる軍神にして戦場の守護神。それそこがアレックスの持つ権能ユニークスキルであった。


「俺たちの英雄に――軍神に続け!」

「モンスターなんかに俺たちの街を蹂躙されてたまるか!」


 圧倒的な力でモンスターを蹂躙するアレックスの姿に鼓舞され、他の探索者たちも続く。ダンジョンから無限に湧き出る数千、数万に及ぶモンスターを、国中から集められた探索者たちが迎え撃つ。

 自分たちの街を、大切な人たちを守るため――

 各々の信念を胸に秘め、モンスターとの生存をかけた戦いが幕を開けるのだった。



  ◆



 上層のモンスターにまじって徐々に中層のモンスターの姿も確認され始めた頃、既に戦闘開始から一時間が経過しようとしていた。

 いまのところ大きな犠牲もなくモンスターの侵攻を抑えられているが、決して楽観できる状況ではない。中層までのモンスターであれば、Cランク以下の探索者でもどうにか相手は出来る。しかし、下層のモンスターは別だ。

 Bランク以上の高ランクの探索者でもなければ、下層のモンスターを相手にするのは難しい。しかし高ランクの探索者は数が少なく、Aランクともなると国内に十数人しかいない。これはユニークスキルを持つ者の数が圧倒的に少ないことが理由だ。

 ユニークスキルがなければAランクになれないと言う訳ではないが、一般的にはBランクが才能の壁だと言われている。努力だけでは埋められない差が、恩恵スキル権能ユニークスキルにはあると言うことだ。


「中層に続き下層を隔てる結界が崩壊しました」


 地上で探索者たちがモンスターとの戦いを繰り広げている中、深層へと繋がる下層のゲートの前には楽園のメイドたちの姿があった。主より託された作戦を実行に移すためだ。

 下層までのモンスターであれば、探索者でも相手にすることは不可能ではない。しかし、深層のモンスターとなれば話は別だ。Aランク以上の探索者でなければ相手にもならない上、ベヒモスなどの上位のモンスターともなれば規格外Sランクの探索者ですら撤退を余儀なくされるほど。

 レミルはあっさりとベヒモスを倒していたが、本来は楽園のメイドたちでも苦戦を免れない怪物であった。


「〈帰還の水晶リターンクリスタル〉の準備は?」

「設置、完了しています。念のため、中層へと向かう通路にも人員を配置済みです」


 それだけに一体でも逃がしてしまえば、地上は壊滅的な被害を受けることになる。

 地上の人間たちがどうなろうと何も思わないが、主の望みを叶えることが彼女たちの使命だった。

 だから失敗は許されない。なんとしても、ここで深層のモンスターを食い止める必要があるとメイドたちは気合いを入れる。


「崩壊がはじまりました。――来ます」


 遂に下層と深層を隔てるゲートの結界が崩壊を始める。

 地獄の蓋が開き、一体で都市を壊滅させるほどの力を持った怪物が溢れ出す。

 スタンピードの発生から二時間。最後の幕が上がろうとしていた。



  ◆



「くそ、なんて数だ。一向に減る気配がない……」


 呼吸を整えながら月宮冬也は愚痴を溢す。

 既に戦闘開始から二時間が過ぎようとしている。倒したモンスターは数え切れないほどだ。倒せば消滅するというモンスターの特性がなければ、ダンジョンの周りは足の踏み場もないほどの死骸で溢れていたことだろう。

 そうなっていないだけマシだと思いつつも、疲労は隠し切れていなかった。


「うおおおおおおおッ!」


 雄叫びを上げることで弱音を漏らしそうになる心を鼓舞し、冬也は武器を振るい続ける。

 そんななか――


「あれは……オーガ!? それにトロールまで――」

「無理だ! あんなのに勝てる訳がない!」

「お、俺はまだ死にたくない! 死にたくないんだ!」


 遂に下層のモンスターが現れたことで、探索者たちに動揺が走る。

 一対一でどうにかなるのはAランクだけで、Bランクでも複数で相手をしないといけないような怪物。Cランク以下ではダメージを通すことすら難しく、戦いを避けるしかない。

 そんな怪物が確認できるだけでも数百体、ダンジョンから現れたのだ。敵わない敵を前にして、低ランクの探索者たちが逃げ惑うのも無理はない。普段から下層で活動しているAランクの冬也でさえ、滅多に見ない数との遭遇に冷や汗を滲ませていた。


「東大寺や他のみんなは……」


 周りを確認するも自分以外にAランクの探索者の姿は確認できない。

 恐らくは別の場所で戦っているのだと察し、混乱する戦場を見渡すと冬也は決断する。


「ここで逃げれば戦線が崩壊する。なら――」


 後先を考えず、残った力のすべてを解放する冬也。

 ユニークスキル〈月夜見ツクヨミ〉は氷結系最強のスキルと言われているが、氷を操る能力はおまけに過ぎない。

 その真価は〝夜〟にあった。


「〝夜〟を司る月の神よ、その権能を我に示せ――凍りつきし時の神殿アブソリュート・サンクチュアリ!」


 冬也の足下を中心に〝夜〟が広がり、その範囲内の時が凍り付く。

 月夜見とは夜を統べる神・・・・・・だ。その力は時を司るとも死を象徴するとも言われている。そして、この技は範囲内の時間を凍結・・・・・させる。下層のモンスターと言えど例外はなく、凍り付いた時の中で身動きが取れなくなると言うことだ。

 しかし、この力にも欠点があった。

 官邸でユミルに使わなかったのは、あの場で使っていれば総理や閣僚たちを巻き込んでいた可能性が高かったことと、この技を使っている間は冬也自身も身動きが取れなくなることに理由があった。

 一見すると強力な技に思えるが、足止め以外に使い道がないのだ。それは、この技が未完成・・・であることを意味していた。

 ユニークスキルがどれほど強力でも、それを扱うのは人間だ。人の身で神の権能を宿すというだけでも身に余ると言うのに、十全に使いこなすことが出来るはずもない。

 それが、AランクとSランクの差。Sランクが規格外とされる所以でもあった。


(どのくらい保つかは分からないが、少しでも時間を稼げればそれで十分だ)


 しかし、最初から足止めをすることが冬也の狙いであった。

 時間を稼ぐことで、少しでも他の探索者たちが戦いやすいように有利な状況へと持っていく。

 自分一人で勝てないなら、全員で負けない戦い方をする。

 それが、探索者の戦い方。ダンジョンで学んだ人間の知恵だからだ。


(でも、長くは保ちそうにないな……早く誰か気付いてきてくれよ)


 問題があるとすれば、既に戦闘開始から二時間以上が経過していて体力も魔力も余裕がないと言うことだ。気力でどうにか保たせてはいるが、冬也も既に限界が近い状態にあった。

 他の探索者たちはどうにか逃げることができたようだが、もう何分も保ちそうにない。最悪の場合は玉砕を覚悟してモンスターに挑むしかないと、冬也が覚悟を決めようとした、その時だった。


「……は?」


 爆風が巻き起こる中、状況を理解できずに放心した様子を見せる冬也。

 空が明るく染まったかと思うと、炎を纏った雷・・・・・・がモンスターごと〝夜〟を消し去ったのだ。

 上級の火炎魔法でも再現不可能な破壊力。

 ましてやユニークスキルの結界を破るなど、同じユニークスキルでもなければ不可能なことだ。


「随分と苦戦しているみたいね」

「お、お前は……」


 ありえないと言った表情で驚き、戸惑いを見せる冬也。

 無理もない。死んだと思っていた人物が、爆風の中から姿を見せたのだから――

 それも、下層のモンスターを一撃で薙ぎ払うほどの攻撃を放ったのが、よく見知った相手だったのだから冬也が驚くのも無理はない。理解が追い付かず、放心する冬也には――


「地獄から舞い戻ってきたわ。いえ、どっちかというと天国かしら?」


 Aランク探索者、八重坂朝陽の帰還を告げるのだった。

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