第22話 教え子

 嘗て、〈勇者〉と呼ばれた男がいた。

 ユニークスキル『須佐之男スサノオ』をその身に宿し、六人目の規格外Sランクになることを期待されていた〝日本最強〟の探索者。朝陽と比べるとメディアへの露出は少なかったが、探索者の間では知らない者はいないほどの有名人だった。


「そんなに凄い人だったの? その〈勇者〉さん」

「ええ、間違いなく国内〝最強〟の探索者だったと思うわ」


 テレビで流れているニュースを見ながら、朝陽は妹の疑問に答える。

 Sランクに最も近いと言われるだけあって〈勇者〉は強かった。ただ、深層のモンスターが――ベヒモスが規格外すぎただけだ。アメリカのSランク探索者が率いるパーティーですら撤退を余儀なくされたほどの怪物に、少しも臆することなく勇敢に立ち向かったのが〈勇者〉と呼ばれる男だった。

 実際、尊敬のできる探索者だったと朝陽は思っている。

 彼が〈勇者〉と呼ばれるようになったのは、その勇気ある行動を讃えられてのことだ。

 ギルドや警察に協力して街の治安に大きく貢献してきた人物。強いだけでなく正義感に溢れ、犯罪者に身を落とした探索者の検挙にも多大な貢献をしてきた。まさにヒーローのような存在だったと言えるだろう。

 だからこそ攻略パーティーのリーダーに抜擢されたのは、実績を考えれば必然と言える。しかし、そんな彼ですら深層のモンスターの前に敗れ、ダンジョンから帰らぬ人となった。


「そんな凄い人でも命を落とすようなところなんだね。ダンジョンって……」

「ええ、私は運が良かっただけよ。楽園に拾って貰えなかったら同じ末路を辿っていた」


 だからベヒモスから助けてくれたレミルには感謝しているし、自分や妹のために霊薬を譲ってくれた〈楽園の主〉にも、朝陽はどんなに言葉を尽くしても足りないくらい感謝をしている。

 それが、ただの気まぐれだとしても助けられた事実には変わりがないからだ。


「……それなら、もう辞めてもいいんじゃない?」


 夕陽は不安げな表情で、どこか懇願するような目で朝陽に尋ねる。

 夕陽にとって姉はヒーローのような存在だった。

 強くて、格好良くて、どんな時にも前向きで〝太陽〟のように眩しい姉が大好きだった。だけど、朝陽の死亡を告げるニュースを目にした時、目の前が真っ暗になって知ったのだ。

 どんなに強くても、どれほど格好良くても、モンスターの前では人間はあっさりと死ぬ。探索者は決して憧れるようなヒーローではない。ダンジョンが自分たちにとって危険な場所であるという現実を――

 だから朝陽が〈トワイライト〉に所属することになったと聞いて、心配になったのだろう。


「夕陽……」


 朝陽は考える。探索者になった目的は、妹の足を治すことだった。

 目的を果たした以上、探索者を続ける理由はない。

 妹の言うように探索者を辞める選択肢もあるだろう。

 しかし、


「〈トワイライト〉に所属すると決めたのは私の意志よ。探索者を続けると決めたのも私。あなたが責任を感じることではないわ」


 朝陽は〈トワイライト〉に所属する探索者として、再出発を図ることを心に決めていた。

 楽園に恩を返すためと言うのは建て前としてあるが、悔しかった・・・・・のだ。

 ベヒモスに〈勇者〉は最期まで勇敢に立ち向かった。なのに自分は逃げることしか出来なかった。

 勇敢な人が死に、臆病な自分だけが生き残った。

 それが悔しくて、情けなくて――だから強くなりたいと思ったのだ。

 勇者のように正義感に目覚めた訳でも、崇高な志がある訳ではない。

 ただ、逃げたままで終わりたくなかった。


「お姉ちゃんが負けず嫌い・・・・・なのは知ってるでしょ?」


 だから決めたのだ。探索者を続けると――

 世界一の探索者になって、楽園に恩返しをすると――

 それが、八重坂朝陽の誓いだった。


「……なら、私もお姉ちゃんと一緒に〈トワイライト〉へ入る」

「ちょっと、なんでそうなるのよ!?」


 どうしてそうなるのかと予想を超えた妹の言動に戸惑いを覚える朝陽。

 しかし、夕陽は違った。姉が一度決めたことを曲げるとは思っていなかったからだ。

 なら、自分の選ぶべき道は一つしかないと考える。


「レギル様にお願いしてくるね!」


 そう言って走り去る妹の姿を、呆然と見送ることしか出来ないのであった。



  ◆



「ダメだ」


 ガーンと頭に文字が浮かんで見えるようなリアクションで固まるギャルの妹。

 ここは〈トワイライト〉日本支社のビル最上階にあるプライベートフロアだ。レギルが留守にしていることから代わりにギャルの妹の相談に乗ってやったのだが、何を思ったのか〈トワイライト〉で働かせて欲しいと言ってきたのだ。

 まだ十四歳だと聞いているし、中学生を働かせることなど出来るはずもない。

 日本の法律では中学生のアルバイトは禁止されているしな。

 特別な事情がない限りは許可されないことになっているはずだ。


「……どうしてもダメですか?」


 そんな上目遣いでお願いしてきても、ダメなものはダメに決まっている。

 探索者の資格も満十六歳にならなければ取れないと聞いているし、アルバイトがしたいのなら中学を卒業するまでは我慢するほかない。

 そもそも、どうして〈トワイライト〉でアルバイトしたいのかが分からない。

 何か欲しいものでもあるのかと思って尋ねてみると――


「それはお姉ちゃんが、これからも探索者を続けるって言うから……」


 なるほど、姉が構ってくれなくて寂しいのか。やはり、まだまだ子供だな。

 だが、生憎とレギルはいま日本にいない。作戦が近いことから彼女にはアメリカに行ってもらっていた。

 その代わりに以前言っていた〝保険〟として日本はレミルが担当することになったのだが、レミルだけでは不安だから俺も残ることにしたのだ。楽園には防衛システムが完備してあるし、メイドたちもいるので深層のモンスターに後れを取る心配はない。むしろ、戦力的に不安なのは地球の方だった。

 特に日本にはSランクの探索者が一人もいないと言う話だ。深層のモンスターはこちらで受け持つ予定とはいえ、下層のモンスターが相手でも相当に厳しい戦いを強いられることになるだろう。

 ギリギリまで手を出すつもりはないが、備えは必要だと感じていた。


「お願いします! もう守られるだけは嫌なんです。だから――」


 それよりも、これどうしたものか。

 両親は既に他界しているという話を聞いているし、姉以外の身内と言えば祖母だけだ。借金のこともあるだけに、恐らく八重坂家の家計をこれまで支えてきたのはギャルだったのだろう。

 子供が気にするようなことではないが、ギャルの妹なりに思うところがあったに違いない。力になってやりたいとは思う。でも、メイドたちも作戦の準備で忙しそうだしな。

 俺に出来ることと言えば――


「錬金術に興味はあるか?」

「……え?」


 やっぱり、これしかないだろう。



  ◆



 ギャルの妹がアルバイトをしたいと俺のところにやってきて三日。

 目の前に琥珀色に輝く液体の入った小瓶があった。

 ギャルの妹に手順を教えて作らせてみた霊薬モドキ・・・・・だ。

 最初は当然、初級の回復薬から始めたのだが見よう見まねであっさりと成功させ、ならばと中級の回復薬を作らせてみたら、これも数回の調薬で成功させてしまったことから試しに霊薬を作らせてみたのだ。


「……どうですか?」


 出来としては悪くはない。はじめてにしては上出来と言ったところだろう。

 俺が最初に作った物と比べれば、飲めるだけ圧倒的にマシと言えるものだ。

 ただ、回復量は上級回復薬くらいで部位欠損を補えるだけの力はない。


まずまず・・・・だな。だが、はじめてにしては上出来だ」


 一瞬落ち込んだ様子を見せるも評価されたのだと気付くと、ギャルの妹は明るい笑みを浮かべる。実際、俺も初級の回復薬を作るのに半日、中級に至っては一週間も時間を要したのだ。

 調薬に関しては、俺よりも才能があると思う。


(霊薬は少し早いかと思ったんだが、これなら修行の期間も大幅に短縮できるな)


 竜王の血と世界樹の葉が必要と思われている霊薬だが、実はこの二つがなくても作ることは出来る。そのために必要となるのが〈賢者の石〉と呼ばれる錬金術の触媒だ。

 これは特別な方法で抽出した〝星の生命力アストラルエネルギー〟を結晶化させたもので、霊薬などの魔法薬との相性が良い。そのため、俺も回復薬を作る時は決まって〈賢者の石〉を触媒として材料に用いていた。

 製作には高い技術力を必要とするが、量産できないものではないしな。今回はその〈賢者の石〉を使った俺のオリジナルレシピで、ギャルの妹に霊薬を作らせてみたと言う訳だ。

 俺が名前の後ろに『モドキ』と付けたのは、ようするに失敗作だからだ。

 十の素材で一の効果のアイテムを作るくらい効率の悪いことをしているからな。俺も昔はよく素材を無駄にしていたし、一人前の錬金術師になるにはとにかく回数をこなすしかない。錬金術は〝きん〟を生み出す学問と歴史では伝えられているが、実際には金を浪費する学問だと俺は考えている。

 金を生み出せるほどの腕になるには、それ以上に高価な素材を湯水の如く消費する必要があるからだ。

 だから腕を磨く過程で大量の〝失敗作〟が生まれる。しかし、失敗作と言えど高価な素材を使っているから廃棄するのは惜しい。そこで今回はギルドを頼らせてもらおうと考えていた。

 回復薬として使えない訳ではないのでギルドに提供すれば、消費した素材も無駄にならないからだ。スタンピードの対応で回復薬は幾らあっても困らないはずだから喜ばれるだろう。


「まずは、この調子で数を作れ。上達するコツは回数をこなすことだ」

「はい、先生!」


 直接こうして人に物を教えるのは初めてだが、意外と悪くない気分だ。

 それに思っていたとおり、ギャルの妹は筋が良い。やはり例のユニークスキルは戦闘系ではなく生産系に分類されるスキルだったのだろう。

 見た感じだと魔法薬の生成に特化したスキルと言ったところかな?

 魔導具は作らせてみないと何とも言えないが、余り適性は高くないように思える。

 とはいえ、若い内は可能性を狭めるのではなく、いろいろとやってみるに限る。


「これが上手く作れるようになったら〈万能薬〉も試してみるか」


 毒や病気と言ったステータス異常に強い薬だ。

 霊薬よりも製作の難易度は少し上がるが、この様子なら作れなくはないだろう。

 アルバイトは無理でも、自分で稼げる程度には鍛えてやろうと思うのだった。



  ◆



「ギルドに凄い量の回復薬が納品されたって知ってるか?」

「ああ、なんでも〈黄昏の錬金術師〉の弟子が作った薬らしい。とんでもない効果だって話だ」


 スタンピードの対応で準備が進められる中、職人たちの間でそんな噂が囁かれるようになる。

 後に霊薬・・が少量ではあるが市場に流通するようになると、〈黄昏の錬金術師〉の名前にちなんで〈黄昏の薬神〉と呼ばれるようになるのだが、それはまた別の話であった。

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