第20話 駆け引き
いま俺はユミルやレミルと共に首相官邸の貴賓室にいた。
日本の総理大臣と会談することになり、準備が調うまでの間ここで待つようにと案内されたためだ。
なにを言ってるのか分からないだろう。俺も状況をよく分かっていない。
レミルに拉致られてユミルと合流したら、何故かそういう展開になっていた。
だからユミルに説明を求めた訳だ。
「アメリカと日本はレギルが担当する予定でしたが、マスターが日本へ出向かれたので計画を修正する必要があると判断致しました」
会話を聞かれないように、念のため〈防音〉の魔導具を起動しておく。
俺が日本に来たことで予定を変更せざるを得なかったと話すユミルに、なんとなく申し訳ない気持ちになる。よかれと思ってしたことでも、結果的にメイドたちの仕事を増やしてしまったのでは意味がない。
考えてみると、ギャル姉妹のことも結局レギルに後始末を丸投げしてるしな。
「レギルが日本とアメリカを担当と言うことは
「はい。各国との
他の四人と言うのはユミルやレギルと同じ〈
取り敢えず、ユミルが日本にいる理由は分かった。俺が余計なことをしてギャル姉妹のことをレギルに丸投げしてしまったから手が足りなくなって、ユミルが日本政府との交渉を担当することになったと言うことだな。
やっぱり全部、俺が悪いな。
「すまなかった。余計な手間を掛けたみたいだ」
「いえ、マスターの意図を察することができなかった我々に落ち度があります」
察するも何も行き当たりばったりで行動した俺が全面的に悪い。
俺を庇ってくれているのだろうが、今回ばかりは反省すべき点が多いと思う。
「……これからも迷惑を掛けると思うが、力を貸してくれるか?」
「当然です。私たちの最上の喜びは、マスターのお役に立てることですから」
失敗しても温かく見守り支えてくれるメイドたちには頭が上がらない。
なら、その期待には応えるべきだろう。
そうでなければ、彼女たちの主だと胸を張れない。
差し当たっては――
「準備が調いました。こちらへどうぞ、
自分の
◆
とは言ったものの……根が一般庶民なので場違いというか、緊張する。
一国のトップとの会談なんて、普通は一生体験しないようなことだしな。
これまではずっと楽園に引き籠もって錬金術の研究に没頭していたので、この手の交渉事はすべてメイドたちに丸投げしていた。だから〈楽園の主〉として国のトップと会談するのはこれが始めてだ。
「失礼ですが、なんとお呼びすれば……」
「〈楽園の主〉でも〈錬金術師〉でも好きなように呼ぶといい。呼び名など些細な問題でしかない」
黄昏の錬金術師みたいな中二病ネームでなければ、正直なんだっていい。
まさか、本名を名乗る訳にもいかないしな。
この人の良さそうな見た目のおじさんが内閣総理大臣だ。
そして国のトップだけあって、かなり器の大きい人だ。レミルが壊した会議室は〈
まあ、なんか顔が引き攣っていたような気がしなくもないけど。
あれは内心、怒りを我慢していたのだろうか?
それはそれで忍耐力の強い人だと思う。
「まずは非礼を詫びよう」
しかし許してもらえたと言っても、それはそれ、これはこれ。
しっかりと謝罪はしておくべきだと考え、もう一度ちゃんと謝罪する。
あとで詫びの品も贈っておくべきだろう。世界樹の実で作った酒とかどうだろうか?
余り数は作れないので身内で楽しむ用の酒なのだが、甘口ですっきりとしていて飲みやすく過去に何本か知り合いに贈ったことがあるのだが、かなり評判の良かった酒だ。
友好の証とでも言って、帰る時にでも置いていけば良いだろう。
「早速だが、
謝罪を終えたところで本題に入る。
細かい交渉はユミルに任せる予定だが、こちらに日本と事を構える意図はないことを理解して貰わないと話が進まない。その上で
俺が準備を進めている方法を使えば、深層のモンスターについてはどうにかなると思うが、本来は自分たちで対処できるようになって欲しいと言うのが俺の考えだ。だからアーティファクトの件に関しても、あとで相談するつもりでいた。
「アメリカ政府から連絡のあった件か……聞いてはいる。しかし、ギルドは懐疑的だったが……」
「事実だ。恐らくは、もう一ヶ月の猶予もない」
「なっ……」
やはり心配していたとおりの状況だったようだ。
信じられないのは無理もないが、リスクを考えるのであれば何も対応を取らないのは間違いだ。それにダンジョンの調査を行い、ギルドにはスタンピードに関する情報を提供済みだとレギルから報告を受けている。
そのことを政府が知らないはずがないのだが――
「調査記録はギルドに提出済みのはずだ。ギルドから何も聞いていないのか?」
「お恥ずかしい話ですが――」
ギルドとの関係が余りよくないらしい。総理が話し難そうに日本の状況を説明してくれる。探索支援庁と言うのがあるそうなのだが、そこがギルドに仕事を丸投げしてきたことでダンジョンの管理や運営のノウハウが不足しているとの話だった。
支援庁の改革に踏み込む予定だと力説しているが、これまでギルドに丸投げしてきたツケは大きいのだろう。その改革に関連してか分からないが、ギルドも現在まともに機能していないらしい。これではモンスターの氾濫に備えてくれと言ったところで難しいのは理解できる。
いや、待てよ?
「そういうことならダンジョンの管理はこちらに任せてはどうだ? ギルドの建て直しにも協力しよう。〈トワイライト〉に依頼というカタチを取れば、体裁は整うはずだ」
「〈トワイライト〉に業務委託を? いや、しかしそれは……」
楽園のメイドたちであれば、ダンジョンの管理はお手の物だ。ギルドの建て直しも彼女たちに任せておけば、つつがなくやってくれるだろう。
ただ、総理が渋るのも理解できなくはない。これまでギルドに丸投げしていたことが〈トワイライト〉に置き換わるだけで何も変わらないからな。
しかし、
「不安なら契約期間を区切ってもいい。自分たちでダンジョンを管理できるようになったら契約を更新しなければ良いだけの話だ」
自分たちでダンジョンを管理できないのであれば、いまは目先の利益に囚われるのではなく時間を掛けてノウハウを積み重ねていくしかない。人が育てば、それも自然と可能になっていくからだ。
「……分かりました。国民の命と財産には代えられません」
そこまで大袈裟な話ではないと思うが、氾濫が起きたら少なからず犠牲者がでるのは避けられない。こちらでも手を打ってはいるが、最悪の場合は都市の壊滅もありえるからな。
そうしないために、いまのうちに手を打つべきだと総理は決断したのだろう。
しかし、意外だったのは回答を保留するのではなく、この場で決断したことだ。
警鐘を促すのが目的だったので、思わぬ成果と言える。
今回の件で俺の中の日本のイメージが大きく見直されることになるのだった。
◆
「総理、お疲れ様です。やはり〈楽園〉の狙いはダンジョンにあったようですね」
「ああ……だが、どうにか我が国の権益は守られた。あちらの目的はあくまでダンジョンの管理が目的で、ダンジョンで得られる資源には興味がないのだろうな……」
最低限の利益は確保できた。いや、思っていた以上に譲歩を引き出せたと言っていい。〈トワイライト〉に対価を払う必要はあるがダンジョンで採れる資源については、これまでどおりにギルドから国が買い上げることで同意できたからだ。
魔石にかけていた税金については諦めるしかないが、これでダンジョン資源の流通は維持することができる。むしろ、ギルドと支援庁が懐に入れていたであろう
ただアーティファクトに関しては、これまでのようには行かなくなるだろう。
楽園の主に釘を刺されてしまったからだ。
「しかし、モンスターの氾濫など……本当なのでしょうか?」
「信じがたい話だが、真実なのだろう。アーティファクトの件。あれはダンジョン攻略の邪魔をするなという警告だと私は思う。次はないと、釘を刺されたように感じたよ……」
スタンピードの発生は、恐らくダンジョンの攻略と無関係ではないと総理は考えていた。ダンジョンの攻略を進めなければ、二度、三度と同じことが繰り返されると言うことだ。
だからこそ、〈楽園の主〉はアーティファクトの規制に言及した。ダンジョンの攻略を邪魔するなら、次は助けないと〈楽園の主〉に釘を刺されたのだと総理は感じていた。
この国を危険に晒さないためにも、今後は探索者を全力で支援してダンジョンの攻略を進める必要がある。これまではダンジョンから資源を得ることを優先してきたが、モンスターの氾濫が事実だと分かれば、どの国も攻略を優先せざるを得なくなるだろう。
国が滅びてしまえば、何も残らないからだ。
「それに長い目で見れば、我が国にとって悪い話ではない」
知己を得ようと思っても得られない相手と知り合うことが出来たのだ。
楽園の主と直接交渉をしたことがある政治家は、世界でも僅かしかいないだろう。
その中に日本が加わったと考えれば、国益に
その代わりダンジョンの管理とギルドの再建は楽園に委ねることになるが、どのみちそのノウハウは政府にはないし、だからと言って支援庁に任せることなど出来るはずもなかった。
「アーティファクトの件は法律の改正を推し進める必要があるが、その前に支援庁の解体に動く」
「マスコミへの対応は、どう致しましょうか?」
「この際、膿をだしきった方がいい。天下りの事実を認め、ギルドと支援庁の癒着を公にする。政府も非難は避けられないだろうが、一定の理解は得られるはずだ。その上で選挙に打って出る」
総理の覚悟を感じ取った閣僚たちは一斉に頷く。
賽は投げられた。この改革が成功するか否かで、日本の行く末が決まる。
あと残された問題は――
「総理、これどうしましょうか?」
「アメリカの大統領やイギリス女王に献上されたと噂の〈
世界中の権力者や富豪が欲しても手に入らない神酒が、閣僚たちの目の前にあった。
一瓶で数百万ドルの値が付くとも言われている酒が〝樽〟でだ。
国としてもどう扱っていいか分からない贈り物に、総理と閣僚たちが頭を悩ませることになるのは語るまでもないのであった。
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