第18話 急転直下

「ご主人様、帰っていらっしゃいませんね。やはり誰か同行した方が良かったのでは?」


 テキパキと山積みの書類を片付けるメイドAに、仕事の手を休めて同意を求めるかのように尋ねるメイドB。彼女たちはレギル直属の配下で〈トワイライト〉の経営を補佐しているメイドだ。

 墓参りに行くと言って椎名が出掛けてから、そろそろ三日が経とうとしていた。

 幾らなんでも帰りが遅すぎると、メイドたちが心配するのも無理はない。

 しかし、


「レギル様の指示よ。ご主人様には何かお考えがあってのことだと」

「そんなこと言って、あなたも気になってるんでしょ? それにレギル様だって……」


 心ここにあらずと言った様子で窓の外を眺めては、何度も溜め息を吐いているレギルの姿をメイドたちは目撃していた。

 平静を装ってはいても、言葉とは裏腹に椎名のことが気になっているのだろう。

 その気持ちは痛いほどよく分かる。メイドたちもそうだからだ。

 しかし、


「私たちのするべきことは、ご主人様を心配することではない。ご主人様の役に立つことよ」


 メイドAは納得していない様子のメイドBを嗜める。

 楽園のメイドが最も優先すべきことは、楽園の主の望みを叶えることだ。

 椎名はレギルに計画の確実な遂行を命じた。そして、その補佐をメイドたちは任されている。主の身を案じるのは仕方のないことだが、それで為すべきことを見失っては本末転倒だ。


「バカなことを言ってないで手を動かしなさい。今朝、こちらへユミル様もいらっしゃると連絡があったのだから」

「え? ユミル様が地球に? それって……」

「そういうことよ。あの方が動かれると言うことは、ご主人様が動かれたと言うこと――」


 メイドたちを統括する立場にして、楽園の運営と管理を任されているユミルが楽園を離れることは滅多に無い。その彼女が楽園を離れるのは、決まって〈楽園の主〉が関係している時だけだ。

 恐らく状況は大きく動くことになる。

 計画が最終段階へと近付きつつあることをメイドたちは予感するのであった。



  ◆



 日本支部の自身のデスクで、ギルド長は頭を抱えていた。

 ダンジョンの封鎖が解け、ようやく攻略が再開されると思った矢先に探索者から一斉にギルドを抗議する声が上がったのだ。

 原因は〈モンスターの氾濫スタンピード〉に関する情報が漏れたことにあった。しかもAランクの〈怪力無双〉が怪我を負ったのは、ダンジョンの外でモンスターに襲われたからだという噂まで探索者の間で広まっていたのだ。

 実際〈怪力無双〉こと東大寺仁が怪我を負ったことは事実であるため、ギルドもただの噂だと否定し辛い。そのため、噂を信じた探索者たちがギルドに説明を求め、押し寄せる騒ぎとなっていた。


 ギルドがどう考えていようと、探索者たちからすればダンジョンの攻略が命懸けの仕事であることに変わりは無い。自分たちの命を脅かす危険に対して過敏になるのは当然のことだ。そのため、なかには命あっての物種だと引退を仄めかす探索者まで出始めていた。

 このままでは他国に魔石を輸出するどころか、国内の需要すら満たすことが出来なくなる。依頼が滞り、企業からの催促が日に日に増すなかで今回の騒ぎはギルドの運営に大きな打撃を与えるものとなりかねかった。


「どうして、こんなことに……」


 そんなものは分かりきっている。

 モンスターの氾濫スタンピードの情報を知る者はギルド長と、先日集められた五人のユニークスキル持ちしかいない。自分たちだけでは、もしもの時に対処できないからと彼等を呼んだのだが、まさか裏切られるとは思ってもいなかったのだろう。

 しかし、それを非難する権利はギルド長にはなかった。

 結局のところはギルドのやり方に問題があったから、探索者の反感をこれほど買うことになった。いままでのツケが回ってきたと言うだけの話だ。

 そして今朝、ギルド長の元にクラン〈迦具土〉から届けられた手紙には――


『我等は〈黄昏の錬金術師〉と共に歩む』


 とだけ書かれていたのであった。



  ◆



「お姉ちゃん。なんだか凄いことになってるね」

「う、うん……どうして、こんなことに……」


 トワイライトのビル最上階に設けられたプライベートフロアで、八重坂姉妹は戸惑いを隠せない様子でテレビを眺めていた。

 彼女たちが戸惑うのも無理はない。昨日まで『Aランクパーティー壊滅』のニュースが連日のように流れ、探索者制度の在り方を巡って政府を非難する報道がされていたのだ。なのに今朝から一転して、非難の矛先はギルドと〈探索支援庁〉に向いていた。

 状況が一変した理由。それは、ある記者たちの告白にあった。

 上からの指示でダンジョンで亡くなった探索者の家族に強引な取材を行ってきた事実を認め、謝罪したのだ。

 それだけであれば、マスコミに非難が集まるだけで問題は片付いただろう。しかし、その動きと呼応するかのようにギルドとマスコミの密接な関係がネットやテレビで取り上げられ、探索支援庁の天下り問題にまで事態は発展したと言う訳だ。

 まるでジェットコースターのような一連の流れに理解が追い付かず、八重坂姉妹が戸惑うのも無理はない状況であった。


「これで少しは風通しがよくなるでしょう」

「もしかして……これもレギル様が?」

「わたくしだけの力ではありません。主様が手を打ってくださったお陰です」


 朝陽の疑問に対して、自分の手柄ではなく主のお陰だと答えるレギル。

 謙遜などではなく実際にレギルはそう考えていた。

 テレビで謝罪を行った記者たちは、レミルのスキルで悪夢を見せられた者たちだ。更にギルドの方でも混乱が起きたことが、ここまで順調に事が進んだ大きな要因となっていた。

 レギルが行ったことと言えば、以前アレックスに調査を依頼した際に受け取った情報の一部を〈トワイライト〉がスポンサーを務めるテレビ局やウェブサイトのニュースに流しただけだ。これだけなら握り潰されていた可能性は高いが、そうはならなかったのは一連の騒動でギルドが機能不全に陥っていることが大きな要因としてあった。

 いま思えば、すべて主の計画だったのではないかとレギルは考えていた。

 それほどに一連の流れが上手く噛み合い過ぎていたからだ。

 タイミングが一つでも違っていれば、これほどスムーズに問題は解決しなかっただろう。


「やっぱり王様って凄い人なんですね」

「当然です。わたくしたちの主様なのですから」


 しかし、そんなはずもなくただの〝偶然〟なのだが――

 本人の知らないところで評価は上がり、更なる尊敬を集めることになるのだった。



  ◆



 あれから買い食いツアーを再開した俺はメイドたちがいないのを良いことに調子に乗って都心にまで足を運び、レギルから受け取ったカードで都内有数の高級ホテルに宿泊し、浅草へ行ったりスカイツリーに登ったりと東京観光を一人で満喫していたのだが――


「お父様、次はどこにいくですか?」


 三日目にしてレミルに捕まっていた。

 レギルには大人しくしているようにと止められたそうなのだが、どうしても我慢できなくなって俺を追ってきたらしい。

 しかし、俺は『墓参りに行く』としか伝えてなかったのだ。どうやって俺の居場所が分かったのかと尋ねてみたら――


『こっちからお父様の〝におい〟がしたです!』


 と言われて困惑したね。お前は犬かと、さすがに本気で耳を疑ったよ……。

 東京郊外にある鳴神市から都心まで、どれだけ距離があると思ってるんだ。

 犬の鼻でも、そこまで高性能じゃないと思うぞ?

 しかし、どうしたものかな。レミルを連れてだと、暁月椎名の姿で行動するのは難しい。メイド姿の銀髪美少女を連れて観光とか目立って仕方がないし、下手をすると正体がバレかねないからな。

 そのため、いまの俺はいつもの外套を羽織り〈楽園の主〉に姿を変えていた。

 しかし、レミルの接近に一早く気付いてよかった。そうでないと秋葉原のど真ん中に銀髪メイドが降臨して大変な騒ぎになっていたところだ。


「お父様、ユミ姉の〝魔力におい〟がするです」


 え? ユミルもこっちに来てるの?

 さすがにレミルのように俺を追ってきたと言う訳じゃないと思うが、俺ほどではないにしてもユミルが楽園を離れるのは珍しい。彼女には『メイド長』という仕事があるため、滅多に楽園から離れることがないためだ。

 レギルが会社の経営を任されているように、ユミルは楽園の管理と運営を担当しているからな。レギルを除けば、メイドたちの中で一番多忙なのはユミルだと俺は思っている。


「……どこだ?」


 しかし、高層ビルの上から〈鷹の目〉で周りを見渡してみても、ユミルの姿を発見することは出来ない。ちなみに〈鷹の目〉は視界を飛ばすことのできる偵察用スカウトのスキルで、いつも身に付けている左眼のモノクルに搭載している機能の一つだ。

 便利なスキルなのだが、こうも人が多いと特定の人物を捜すのは難しいな。

 ユミルなら目立つから一目で分かると思ったのだが、さすがは日本の大都市だ。


「お父様、こっちです!」

「あ、おい――」


 俺の腕を引っ張って、ビルの屋上から屋上へと軽快に飛び移るレミル。

 そのまま俺は為すがままに身を委ね、東京の空を観光するハメになるのであった。

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