第17話 魔力操作
日本とアメリカにある〈トワイライト〉のビル地下には、体育館ほどの広い空間が設けられている。魔導具の実験を行うために用意された空間で壁や床にはメタルタートルの素材を使ったコーティングが施されており、核シェルターとして利用することも想定された実験場だ。
そんな関係者以外は立ち入りが制限された場所に――
「よ、よろしくお願いします」
探索者用の装備を身に付けた八重坂朝陽の姿があった。
彼女が〈トワイライト〉のビルにいるのは、事情があってのことだ。
いま日本では連日Aランクパーティー壊滅のニュースがテレビで取り上げられているが、そのなかで朝陽はダンジョンで死亡したことになっており、人前に姿を見せるのが難しい状況にあった。
本来であればギルドに生存報告して、死亡届けを取り下げてもらうのが一番早い。しかし、連日のように家には記者が押し寄せ、妹が学校に行けなくなるほどの騒ぎになっていることを知った朝陽は自分の生存を公表するべきか迷っていた。
仮に生存を公表した場合、いま以上に世間の注目を集めることは想像に難しくなかったからだ。
更にもう一つ問題があった。妹の――夕陽の足のことだ。
現在、販売されている一番高価な回復薬を使ったとしても、欠損した部位を元に戻すことは出来ない。そんな真似が可能なのは、ダンジョンで過去に二度発見されたことがある〝
だからこそ朝陽は霊薬を求めて探索者になった訳だが、妹の足が完治していることが知れれば間違いなく霊薬の使用を疑われる。それで罪に問われるのが自分だけであればいいが、いまの状況で朝陽の生存や夕陽の足のことを公表した場合、家族にまで累が及ぶ可能性が高いことをレギルに忠告されたのだ。
事情を知れば、同情してくれる人も勿論いるだろう。しかし、霊薬の出所を探られることになるし、どうしてあの子だけと夕陽に対しても勝手な思い込みで非難の矛先を向ける人々が必ず現れる。
だから、レギルは朝陽に取引を持ち掛けた。
――楽園の庇護下に入らないか、と。
家族にはアメリカの国籍を用意してもいいし、必要とあれば楽園で保護することを検討してもいい。ただし、朝陽には〈トワイライト〉に所属し、楽園のために働いてもらうと――
この提案に朝陽は迷うことなく飛びついた。元より椎名に一生を掛けても恩を返すつもりでいたし、楽園が家族を守ってくれるのであれば、何があったとしても安心できると思ったからだ。
しかし、いまのままでは実力が足りていない。Aランクの探索者とはいえ、楽園のメイドたちと比べると朝陽の実力は数段劣る。恩を返すどころか、このままでは足を引っ張るだけだと朝陽自身も理解していた。
だから、メイドたちが普段しているという訓練を朝陽も受けることにしたのだ。
初日と言うことで、レギルに教わることになったのだが――
「複数のスキルを並行して使うことが出来れば、戦術の幅は広がります。そのために必要とされるのがスキルの付与された魔導具――あなた方が言うところのアーティファクトです。しかし、複数のアーティファクトを起動し、維持するには繊細な
「理屈は理解できます。でも……」
「ようはスキルを使うのと同じ感覚です。魔力を注がなければアーティファクトは起動しない。必要とされる量の魔力を必要なだけアーティファクトに注ぎ、それを維持するだけの話です。口にするほど簡単なことではありませんが……」
レギルの言うように上手くいくなら苦労はなかった。
スキルは一人に一つと言うのが、探索者の常識だ。複数のアーティファクトを身に付けるような状況も普通はない。だから幾つものスキルを同時に発動すると言う感覚が、朝陽には上手く掴めなかった。
スキルを並行して発動し続けるのは、例えるなら両手両足で別々の楽器を演奏するような感覚だ。普通の人間はそんな真似できないし、試してみようとも考えない。すぐに感覚を掴めないのも当然であった。
「あの……ちなみに皆さんは、幾つくらい同時に」
「いま私が身に付けている魔導具は全部で八個ですね。メイドたちの平均は五個くらいでしょうか?」
ミスリルの槍に付与された〈雷撃〉。オーガの皮で作った防具に付与された〈身体強化〉と〈全耐性〉。その三つのスキルを並行して発動するだけでも苦戦している朝陽からすれば、最低でも五個のスキルを同時に使いこなす必要があると言うのは気の遠くなるような話だった。
とはいえ、ホムンクルスと人間という種族の差はあるだろう。
ホムンクルスは生まれながらにして魔力の扱いに長けていて、人間が息を吸うように彼女たちは魔力を手足のように扱うことが出来る。同じことを朝陽がするには、メイドたちに匹敵する魔力操作を身に付ける必要があると言うことだ。
並大抵の努力で届く領域ではない。
それこそ、
しかし、
「もっとも、わたくしたちなどまだまだです。主様は常に十を超える魔導具を常時発動されておりますから」
「じゅ、十!?」
規格外すぎる〈楽園の主〉の能力を聞いて、朝陽は驚きの声を上げる。
神の如き存在だとは思っていたが、軽くその想像を超えてきたからだ。
しかし、自分の認識がまだ甘いことを朝陽は知ることになる。
「
「え……」
「主様の魔力操作は、わたくしたちから見ても〝規格外〟ですから」
言葉をなくして放心する朝陽を見て、仕方のないことかとレギルは思う。
更に付け加えるのであれば、そういうスキルを持っていると言う訳ではない。あくまで魔力操作の技術によるもので、スキルは一切使わずに椎名は魔導具の並列起動を実現していた。
努力の一言では到達しえない領域。だからこそ〈楽園の主〉は神の如き至高の存在と崇められ、楽園のメイドたちから尊敬を集めているのだという事実を、魔力操作の訓練を通して朝陽は思い知ることになるのであった。
◆
ギルドでは今、国内に七人しかいないユニークスキル持ちの探索者が集められ、対策会議が開かれていた。
七人と言っても先のダンジョン攻略で二人が死亡しているため、現在は五人しかいない。議題はギルド本部から通達のあったスタンピードに関することと〈怪力無双〉が敗れたという謎の男についてだ。
「スキルを複数同時に使う謎の男ね。そんなことが可能なのかい?」
「無理だな。仮にアーティファクトを使っているのだとしても、そんなに幾つものスキルを同時にコントロールするなんて誰にも不可能だ」
黒いドレスに身を包んだ長い黒髪の女性の疑問に、眼鏡に白いスーツ姿のインテリ風の男が答える。
ユニークスキルの所持者にしてAランクに名を連ねる高ランク探索者だからこそ、仮にアーティファクトを使用していたとしてもスキルを複数同時に使用するのは困難だと言い切れる。魔力の扱いに長けた高ランク探索者でも、よくて二つか三つが限界と言ったところだからだ。
しかし、〈怪力無双〉の話では最低でも六つ以上のスキルを同時に使用していたことになる。
「見間違いとか、話を盛ってるとかじゃなく、本当にいたのか? そんな奴」
「俺が嘘を言っているとでも言うつもりか! 雷帝!」
「そこまで言ってないじゃん。勿論、キミが嘘を言ってないって僕は信じてるよ。でも、そんなの実在するとしたら
東大寺に『雷帝』と呼ばれた派手な装いの男の言葉に、場は静まり返る。
そんな真似ができる存在がいるとすれば、それは人間ではない。だとすれば、人の言葉を話すモンスターがダンジョンの外に現れたと言うことになるからだ。
ありえないと誰もが頭の中で否定しつつも、もう一つの議題が脳裏を過る。
「……〝
インテリ風の探索者の言葉に、誰もがその可能性に思い至る。
普段ならこれもありえないと一蹴するところだが、このタイミングで本部からの通達があったことが問題の信憑性を高めていた。
実際にダンジョンは封鎖されているからだ。
なら、少なくともダンジョンで何かが起きていることだけは間違いないと探索者たちは考える。
「……これは話すべきか迷っていたんだが〈黄昏の錬金術師〉から接触があった」
『――ッ!!!?』
思いもしなかった名前を耳にしたことで、一文字に視線が集まる。
魔導具技師だけでなく高ランクの探索者であれば、誰もが一度は耳にしたことがある名前。すべてが謎のベールに包まれた世界最高の錬金術師から接触があったと話せば、驚きと関心が自身に向けられることは分かっていた。
しかし、それでも一文字は伝えておくべきだと考えたのだ。
「正確には使いの人間が、儂の元に〈黄昏の錬金術師〉からの〝贈り物〟を届けてくれただけじゃがな」
「……その贈り物とは?」
「御主等には直接関係のないものじゃよ。ただ、魔導具開発の歴史に革新をもたらすものではある。それこそ、これまで不可能とされてきたアーティファクトの再現が可能となるほどのな」
一文字の説明に、贈り物の内容を尋ねたインテリ風の探索者は目を瞠る。
アーティファクトの再現。それはスキルを付与した魔導具の製作が可能になると言うことを意味しているからだ。
それが実現すれば、探索者の生存率が大幅に向上するだけでなく、深層の攻略も現実味を帯びてくる。各国の軍事バランスにも影響を及ぼすほどの技術革新となるだろう。
しかし、それだけに疑問が浮かぶ。
〈黄昏の錬金術師〉が何を望んでいるのかが――
全員の疑問に答えるように、一文字はレギルから伝えられた言葉を口にする。
「〈黄昏の錬金術師〉が我々に求めていること。それは――」
――ダンジョンの攻略。
その言葉が持つ意味を探索者たちは考えさせられることになるのだった。
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