第16話 怪力無双

 また、ユニークスキル持ちか……。

 稀少な能力のはずなのだが、なんか最近は遭遇率が高い気がする。

 自分で『怪力無双』と名乗っているし、ブラフでなければ身体強化系の戦闘スキルなのだろう。

 手の内を晒すのは余程の自信があるからなのか、ただのバカなのか。


「ガハハハ! 俺の二つ名を聞いて恐れをなしたか!」


 うん、間違いなく後者だな。脳みそまで筋肉で出来ているに違いない。

 第一、二つ名を名乗ることが許されるのは中学生までだ。

 大人になって自分で二つ名を名乗るのは、センスどうこう以前に痛すぎる。


「だが、この俺から逃げるのは不可能だ。観念しろ!」

「……なんのことだ?」

「そんな怪しい格好をしていて何もないとは言わせんぞ! 大方、犯罪者クランの人間だろうが、ここで俺と出会ったのが運の尽きだ。力尽くでもギルドに連行させてもらう!」


 俺の格好が怪しいというのは自分でもそう思っているから納得できる。

 しかし、犯罪者のクランとかあるの? 初耳なんだけど、完全に誤解だ。

 とはいえ、この様子では誤解だと説明したところで納得はしてくれないだろう。

 先程の連中への対応を見るに悪い奴ではなさそうなのだが、人の話を聞きそうにないタイプだしな。


「はあああああッ!」 


 雄叫びを上げながら宙に跳び上がると上半身を大きく後ろに反らし、腕を振りかぶる大入道。魔力が拳に集中していくのが確認できる。

 ただの筋肉バカかと思いきや、なかなか魔力の練り方が上手い。

 中層のモンスターでも倒せそうな一撃だが、


「覇王流奥義――超剛力破砕拳ッ!」


 俺に届く前に弾かれる・・・・

 しかし、覇王流ってなんだ?

 そもそも技の名前を叫ぶ必要があるのか?


「ぬわにぃ!?」


 後ろに弾き飛ばされながら、驚きの声を上げる大入道。

 驚くほどのことではない。ただ〈反響の指輪リフレクションリング〉が自動発動しただけだ。その名の通り攻撃を反射する魔導具で、ある程度の攻撃であれば物理・魔法を問わずノーリスクで弾き返してくれる。

 中層のモンスターを一撃で倒せる攻撃であっても、深層のモンスターの攻撃を弾く障壁は突破できない。簡単な話だ。

 大層な名前の割に普通の魔力パンチだったしな……。


「お前、結界師だったのか!?」


 結界師? なにそれ?

 障壁を警戒しているのか仕掛けて来ないようだし、次は俺のターンと言うことで良いだろう。

 格闘技が得意な相手に接近戦を仕掛けるほど、俺はバカではない。

 魔導具の強味は、相手に合わせて戦い方を変えられることだ。

 別の指に填めた魔導具に魔力を込め、スキルの効果を発動する。


「結界の次は氷の矢・・・だと!?」


 俺の放った氷の矢を、驚きつつも魔力を纏った拳で迎撃する大入道。

 さすがに〝この程度〟では通用しないか。

 ならばと、更に俺は同時に三つの指輪を起動する。


「雷に土! 炎もだと!? ちょ――」


 折角だからおまけして、光と闇属性の矢も追加してやろう。

 とはいえ、こんなものは子供騙しに過ぎない。深層のモンスターが相手なら、けん制にもならない程度の威力だ。よくて中層のモンスターに傷を負わせる程度と言ったところだろう。

 実際、大入道も対処しきれずに何発かは食らっているが、大きなダメージを負っている様子はない。しかし、思った以上に凄い奴だ。もう百発近くは撃ち込んでいるのに八割以上は迎撃されている。

 このまま距離を取って攻撃し続けていれば、そのうち体力が尽きるだろうが――


「はあはあ……お前、幾つスキルを持っているんだ……」


 幾つ? 考えたこともなかったな。

 黄金の蔵には、三千種を超える魔導具や魔法薬が収納されている。

 そのなかでも戦闘に使える魔導具は限られているので、種類で言うのなら――


「六百くらいか?」

「ろ、六百だと!?」


 こっちは三十年以上も錬金術の研究や魔導具の開発を続けてきたのだ。

 驚くような数字ではないと思うのだが、確かに贅沢な使い方ではある。

 これだけの数の魔導具を持っている探索者なんていないだろうしな。

 そこは錬金術師の強味だ。魔導具なしで戦えない弱点はあるけど。


「ここらが引き時か」


 派手にやり過ぎた所為か周囲が騒がしくなってきた。面倒なことになる前に退散するのが無難だろう。

 それにユニークスキルにしては弱すぎる・・・・。恐らくは、まだ隠している力があるはずだ。ダンジョンでなく街中と言うのもあるし、力をセーブして戦っている可能性は十分に考えられる。

 深追いは危険。有利な内に戦いを切り上げて、撤退すべきだと判断する。

 ああ、でもその前に――

 

「〈金剛力士ヴァジュラパーニ〉というのは戦闘系のユニークスキルだな? どうやって俺が隠れていることに気付いた?」 

「〈鑑定〉スキルまで……!?」

「そういうのは良いから、さっさと答えろ」


 魔法の矢を上空に待機させて、もう一度質問する。

 俺の意図を理解したみたいで、両手を上げて勢いよく首を横にふる大入道。


「……け、気配だ。俺は幼い頃から武術を学んでいて、少しくらいなら周囲の気配を読むことが出来る。いまはスキルのお陰で五感が強化されているから、半径三百メートル程度であれば生き物の気配を感じ取ることが出来るんだ」


 なるほど、気配か。それは盲点だった。

 俺は魔導具頼りの戦闘スタイルなので、その辺りの技術に疎い。スキルの使い方次第で、戦闘スキルでも〈認識阻害〉を突破できると言うことか。高ランクの探索者ほど、思いもしない戦い方をしてきそうだ。

 ユミルは現代の探索者は脆弱だと嘆いていたが、これは認識を少し改める必要があるかもしれない。


「なるほど、参考になった」


 自分の知らないスキルの使い道が、まだまだあることに感心しながら――

 呆然と立ち尽くす大入道を残して、俺はその場を後にするのだった。



  ◆



 鳴神市の中心部に建つ一際大きなビルの最上階フロアで――


「くッ! 本部の連中は何を考えている!」


 怒声を発しながら机に拳を打ち付ける初老の男性がいた。

 世界探索者協会の日本支部を統括するギルド長だ。

 財務省に二十三年、探索支援庁で十年勤め上げ、二年前にギルド長に就任した元エリート官僚。そんな出世街道を歩んできたはずの男が、感情を抑えきれず怒りを顕わにしているのは理由があった。


「モンスターの氾濫など過去に一度も起きていないというのにダンジョンを封鎖するなど……ッ! 政府も政府だ! アメリカの要請だからと、こういう時だけ強気にでおって!」


 ダンジョンの外にモンスターが出現するなど、過去に一度として確認されていない。それを突然、スタンピードの恐れがあるから調査のためにダンジョンを一時封鎖すると言った要請をアメリカにあるギルド本部が送り付けてきたのだ。

 しかし、要請とは言っても日本とアメリカの関係を考えれば拒否するのは難しい。案の定、アメリカからの頼みを断り切れなかった日本政府がギルドに圧力をかけてきたのが昨日のことであった。その結果、ダンジョンは三日間封鎖されることになり、日本支部のギルド職員は探索者への説明や関係各所への対応に追われていると言う訳だ。

 ただでさえ探索者不足でダンジョン資源の流通が減っていて、関連企業からは毎月のように催促されている状況だと言うのに、事前の告知が一切ないままダンジョンの封鎖が強硬されたのだ。

 怒りに我を忘れ、愚痴の一つも溢したくなるのは仕方がない。

 とはいえ、


「いまの政治家どもは官僚の苦労など何も分かっておらん。この地位に就くのに、どれだけの苦労をしたと思っておるのだ。そもそも何故、儂だけがこんな……これまでのギルド長は散々甘い汁だけを吸ってきたと言うのに……」


 この状況を招いたのは、歴代のギルド長と言えなくもなかった。

 命懸けでダンジョンに潜っている探索者たちを、これまでのギルド長は幾らでも替えのきく日雇い労働者くらいにしか思っておらず、ここ十年ほど探索者への締め付けを強めてきた結果が探索者不足という現在の状況を生みだしているからだ。

 そもそも今の日本はダンジョンのお陰で低迷していた景気が回復し、ここ二十年ほどは高い経済成長を記録してきた。そのため国民の平均所得も上がり、敢えて危険な仕事を選ぶ人が少なくなっていることも探索者不足に拍車を掛ける要因となっていた。

 同情する点があるとすれば、いまのギルド長が就任した時には既に組織の状態は末期・・とも呼べる状態にあったことだ。支援庁のOBでもある歴代のギルド長の負債を押しつけられ、貧乏くじ・・・・を引かされたと言ってもいい。

 

「ギルド長、大変です!」


 机の上の物をぶちまけ書類が散乱するギルド長室に、職員と思しき男性が駆け込んでくる。「今度はなんだ!?」と思わず叫びそうになるも、職員の様子が只事ではないのを感じ取ってギルド長は興奮を抑える。


「……突然どうした。何があったのかね?」

「Aランク探索者の東大寺さんが全身傷だらけの状態で、ギルドに駆け込んできました」

「な、なんだと……」


 職員の報告を聞き、ギルド長の脳裏に本部から通達のあったスタンピードの文字が浮かぶ。

 Aランクの探索者と言えば、国内で最高峰の探索者だ。それも東大寺と言えば、ギルドに協力して街の治安活動に一役買っている人物。探索者は探索者でなくては取り締まることが難しいため、高ランクの探索者の協力はギルドや警察としても欠かせない。

 その東大寺が怪我を負わされるほどの相手ともなると限られる。

 犯人は高ランクの探索者、もしくは――


「誰にやられたんだ! まさか、モンスターが……!」


 興奮した様子で職員の肩を掴み、詰め寄るギルド長。

 ダンジョンの封鎖が一時的なものであればいい。三日待てば封鎖は解けるのだ。

 しかし、仮にスタンピードが本当であった場合、街にモンスターが溢れるようなことになれば、ギルド長である自分の責任問題になりかねい。もはやギルド長の椅子に未練はないが、簡単に辞められるのであれば苦労はない。

 このままでは組織と共倒れだと、ギルド長が焦るのも無理からぬ話だった。


「い、いえ、違います。相手は黒いローブを纏った男だったそうで」

「黒いローブ? 人なのか? そうか、モンスターでないのなら――」

「複数のスキルを使っていたそうです。それも同時に幾つものスキルを……」


 探索者の常識では絶対にありえない・・・・・報告に、ギルド長の思考は停止するのだった。

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