第15話 墓参り

 さすがはレギルだ。まさか俺がギャル姉妹のことを頼む前から、既に対応を考えていたとは感心させられる。先走って余計なことをしてしまったのではないかと不安になるが、何も言わなかったと言うことはレギルにとってそれも想定範囲内のことなのだろう。

 恐らくはギャルの家の借金についても、彼女は最初から気付いていたのだ。

 メイドたちが優秀すぎて嬉しいような寂しいような、そんな気分だ。

 まあ、元から分かっていたことだ。それを承知の上で〝楽園の主〟になることを決めた訳だしな。

 先代から楽園を継承する選択を迫られた時、ユミルはちゃんと元の生活へ戻る選択肢も用意してくれていたのだ。しかし俺は、彼女たちと共に歩む道を選んだ。なら、そのことに不満を言うのは筋違いだろう。

 彼女たちが必要としてくれる限りは、俺は彼女たちの〝主〟を演じ続ける。

 それが、先代から楽園を継承した俺に出来る責任の取り方だと考えていた。


「まあ、俺も楽しんでいるしな」


 いろいろと言ってはいても、これが本音だ。

 美女に甲斐甲斐しく世話をされて嫌な男なんていないだろう。

 しかし、これからどうしたものか。ギャル姉妹のことはレギルに任せたので、俺の方から特に何かすることはない。このまま楽園に帰ってもいいのだが、久し振りの里帰りだしな。

 ただ、里帰りと言っても両親は他界しているし、帰るべき家もない。

 これと言って親しい友人がいた訳でもないし、会いたい誰かがいる訳でもない。

 こうして考えると、日本に帰ってくる理由はほとんどないんだよな。

 ただまあ、それでも――


「たまには顔をだしておくか」



  ◆



 鳴神市の外れ。街を一望できる丘の上に両親の墓がある。

 ここは〈トワイライト〉が管理する土地だ。

 墓の管理もレギルたちがやってくれていた。


「親父、お袋。薄情な息子だと思うか?」 


 もう何年ぶりか自分でも思い出せないくらい久し振りの墓参りだ。世間には親不孝者と言われそうだが、うちの両親は気にしないだろう。俺の勝手な思い込みではなく、そういう両親だったのだ。

 夫婦揃って考古学者をしていて、子供をほったらかして世界中を飛び回っているような両親だった。

 だからと言って恨んでいるとか、悪い親だったとか、そう言う話ではない。きちんと大学までだしてくれたし、生活に不自由したこともないからな。ここまで育ててくれたことに感謝しているし、そんな自由奔放な両親が俺も嫌いではなかった。

 ただまあ、俺も人のことを言えた義理じゃないが、夫婦揃って海外の発掘現場でダンジョンに取り込まれて帰らぬ人になるとか、レギルから調査報告を受けた時にはびっくりしたものだ。

 だから、この墓には両親の遺体は入っていない。

 あくまで形式的なものに過ぎず、俺が滅多に足を運ばない理由にもなっていた。

 それに――


「あれから三十二年も経つけど、実感が湧かないんだよな」 


 両親が死んだという実感が、いまでも持てずにいた。

 俺が生き残って、あの両親がダンジョンで死ぬとは信じられなかったからだ。

 普通に考えれば俺が奇跡的に運がよかっただけで、何の準備もなしにダンジョンに取り込まれて生きて帰る方が難しい。それは帰還者の人数から考えても察しが付くことだ。


「ユミルたちが捜索して手掛かり一つ掴めなかった時点で、結論はでているようなものだが……」


 しかし、それでも両親の死を受け止めきれずにいた。

 願望なのかもしれないが、まだどこかで生きている気がしてならないのだ。

 ひょっこりと顔を見せても、驚かない自信があるくらいだ。

 そんな日は来ないと分かっていても――


「また、気が向いたら顔をだすよ」


 最後に両親の好きだった〝向日葵〟の花を供え、俺は墓を後にするのだった。



  ◆



「さてと」


 墓参りを終えた俺は人目の付かない場所で外套を脱ぎ、カジュアルな装いに着替えて駅前を散策していた。

 この格好をしていれば、俺が〈楽園の主〉だと気付かれることはない。不細工でもないが容姿が特別整っていると言う訳でもないし、身体は引き締まっているが筋骨隆々と言った風でもない。身長も平均より少し高いくらいで、どこにでもいる日本の大学生って感じの装いだしな。

 折角、日本に来たのだから日本の雰囲気を堪能しようと思った訳だ。


「お、こんなところに商店街がある」


 墓参りに行くと言って、メイドたちには同行を遠慮してもらってよかった。そうでなければこんな風にのんびりと散策など、まず出来ないからだ。

 自分に置き換えて考えて見て欲しい。銀髪のメイドを大勢引き連れて街をブラブラとする光景を――

 いまのような格好で出歩くことなど出来ないし、それこそ注目の的で写真や動画などをSNSに上げられて、明日のニュースのトップを飾ることになるだろう。


「この辺りも随分と変わったな」


 こうして歩いていると随分と街並みも変わったと思う。

 前回、墓参りに訪れた時はメイドたちが傍にいたので、ゆっくりと散策することも出来なかったしな。俺の中にある記憶は三十年以上も前のものなので、まったくあてにならない。

 もう、二十一世紀も半ばだしな。知っている店がなくなって、新しい店が増えるのも仕方がない。特にこの鳴神市はダンジョンの出現で再開発が進み、大きく街並みが変わった都市の一つだ。

 AR技術の普及が進み、いろいろな場所で空間投影型のスクリーンを見ることが出来る。科学だけでなく魔導具の技術も使われているみたいだが、ダンジョン都市ならではってところだな。


「おばさん、揚げたてのコロッケ一つ貰える?」

「はいよ。この辺りで見ない顔だけど、学生さんかい?」

「まあ、そんなところ」


 肉屋で揚げたてのコロッケを購入する。ちょいちょい制服姿の若者が買い食いしている光景を見るに、時代は移り変わっても商店街のこの手の店はなくならないようだ。

 俺もよく帰り道に買い食いしたしな。気持ちはよく分かる。

 ちなみに今の時代、支払いはカードや電子マネーが主流で現金は余り使われていない。俺はレギルから受け取った〝黒いカード〟があるので、買い食いし放題と言う訳だ。

 さすがにネタと思うけど、戦闘機くらいなら余裕で買えますとか言ってたからな。

 ご主人様特権と言うことで、遠慮無く有効活用させてもらおう。


「――大人しく付いてこい!」

「嫌って言ってるでしょ! もう、私に構わないで!」


 コロッケに唐揚げ。肉まんにアイスと買い食いを満喫していたら、路地裏から男女の争う声が聞こえてきた。

 耳を澄ませて話を聞いている感じだと、男の方が嫌がる女に絡んでいるって感じだな。肉屋のコロッケがなくならないように、こういった輩も時代に陶太されずに生き残っているようだ。

 人間そう簡単に変わるものじゃないって言うのが、よく分かる悪い例だ。


「見つけてしまった以上、放っても置けないか。一応、正体は隠してと……」


 周囲に人の目がないことを確認すると路地裏に足を進め、俺は〈蔵〉からだした〝漆黒の外套〟を纏うのだった。



  ◆



「俺たちのパーティーに入れてやるって言ってるんだよ!」

「だから必要ないって言ってるでしょ! いい加減、しつこいわよ!」


 路地裏の開けた場所で、探索者と思しき装備を身に付けた男女が言い争っていた。

 前衛職らしい鎧や胸当てのような装備を身に付けた男が三人。

 男たちに絡まれている白いローブを纏った女は後衛職だろうか?

 杖を持っているし、恐らくは魔法系のスキルを持っているのだと察せられる。


(探索者同士の諍いなら放って置いても良いんだが……)


 思っていたのと状況が違うようなので、どうしたものかと逡巡する。

 一般人が不良に絡まれているくらいのシチュエーションを想像していたからだ。

 しかし、探索者同士の諍いとなると話が違ってくる。


(こういうイベントって、異世界ものでは定番なんだけどな)


 だが生憎と俺は〈異世界の勇者〉でもなければ〈探索者〉でもない。

 本音を言うとギャル姉妹の件もあるので、余りギルドに関わりたくないとも考えていた。


「おい、そこで何をしてる」


 介入するか迷っていると、都合良く誰かが割って入ってきた。

 勇者の登場かと観察していたら、大入道のようなハゲ頭の大男が現れる。

 うん……あれが勇者はないな。

 ほら、男たちだけでなく女の方もビビってるし……。


「おい、あれってまさか……!」

「ああ、あのハゲ頭は間違いない」

『し、失礼しました!』


 大入道の迫力にビビって一目散に逃げ出す男たち。

 女の方もペコペコと頭を下げて御礼を言っているが、大入道の迫力に畏縮している様子が見て取れる。この様子では残念ながら、ここから何か発展することもなさそうだ。

 結局のところ出番はなかったが現実はこんなものだろうと踵を返し、買い食いツアーに戻ろうとした、その時だった。


「おい、そこに隠れているお前――何者だ?」

 

 認識阻害の外套で姿を隠している俺に、大入道が声を掛けてきたのだ。

 ギャルの妹に見破られたばかりだと言うのに、最近〈認識阻害〉を看破してくる奴が多過ぎじゃない?

 そもそも、おっさんこそ何者よ。


「――名を尋ねる前に、名乗るのが礼儀ではないか?」


 口調が大仰なのは、決して大入道にビビっている訳ではない。

 この姿の時は『暁月椎名』という日本人ではなく『楽園の主』を演じている時だからだ。

 まあ、緊張すると、自然とこんな口調になると言った方が正しいのだが……。

 ギャルに限らず、そもそも人と話すのが苦手だしな。


「この威圧感プレッシャー……なるほど、只者ではないようだな」


 睨みつけるような視線を俺に向けてくる大入道。

 その所為か、さっきまで近くいた女も逃げてしまった。

 颯爽と悪漢からヒロインを助けるイベントかと思いきや、路地裏でハゲのおっさんと二人きりとか、これどんなシチュエーションよとクレームの一つも言いたくなる展開だ。

 先程の男たちのように、俺もさっさと逃げ出したくなる。


「俺こそ〈怪力無双〉の名で知られる東大寺とうだいじじんだ!」


 いや、知らないけど……と思いながらモノクルの〈鑑定〉で確認する。

 すると、大入道のステータスには〈金剛力士ヴァジュラパーニ〉と記されているのだった。

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