第14話 事故の真相

 ギャルの両親が命を落とし、妹も両足を失う怪我を負ったモノレール事故。この事故には不可解が点が多く、当時から様々な憶測が飛び交っていたそうだ。そのなかでも特に注目を集め、ネットで話題になったのがモノレール事故を引き起こしたのが〝モンスター〟だという噂であった。

 目撃者が撮影したという黒い影の映った写真が噂の出所だったそうなのだが、ダンジョンの外にモンスターがでたと言う話はこれまでに前例がない。はっきりとモンスターの姿が映っている訳ではないことから、猿などの野生動物が写真に映り込んだだけではないかと反論されたことで、結局は原因不明のまま事故調査は終了したそうだ。

 しかし、


「妹が……スキルに目覚めていたんです」


 事故から一ヶ月後。意識不明の重体にあった妹が目を覚ますと、不思議な力に目覚めていたとギャルは説明する。すぐにその力がスキルによるものだと理解したギャルは妹と相談し、二人だけの秘密にすると誓ったそうだ。


「夕陽の能力が普通じゃない・・・・・・ことは、すぐに分かりました。だからユニークスキルなんじゃないかって……」 


 ユニークスキルの所持者は一人の例外もなく国の監視下に置かれるそうだ。

 稀少な能力なので理解できなくもないが、ギャルの妹は事故で足を失っている。探索者として活動できるはずもなく、だからと言って貴重なユニークスキル持ちを国が放置してくれるとも思えない。探索者として活動が出来ないなら、最悪の場合は研究対象にされる可能性もあると考えたそうだ。

 ありえない話ではないだろう。実際、スキルの研究を行っている国は多い。なかにはスキルを解明するために、犯罪者にモンスターを殺させて人体実験を行っていた国もあるって話だしな。

 日本でそこまでのことが行われるとは思わないが、ギャルが警戒するのも頷ける。


「だから黙っていれば分からない。探索者の資格を取らなければ、秘密がばれることはないと思ったんです……」


 スキルは〈鑑定〉を使わなければ他人に知られることはない。そして〈鑑定〉のスキル持ちは数が少ないこともあって、そのほとんどがギルドの職員として雇用されている。人間を相手に使う場合、スキルを使う対象も個人情報の観点から探索者に限定されているそうだ。

 だから探索者にならなければ、スキルを知られることはない。そもそもダンジョンに潜ってモンスターを倒さなければスキルに目覚めることはないので、それで十分という判断なのだろう。ダンジョンの外でスキルに目覚める者が現れるなんて想定していないと言うことだ。

 ありえない可能性に備えるよりは、現実的な対応策と言ったところなのだろう。

 とはいえ、


「モンスターがダンジョンの外にか……」

「あの……やっぱり信じてもらえませんか?」

「いや、ありえない話ではない」


 ギャルは信じて貰えるか不安だったのだろうが、実際にモンスターの氾濫が起きようとしている。四年前というのが気になるが、氾濫の前兆が密かに起きていたと考えれば、ありえない話ではない。それに実際スキルに目覚めている以上、モンスターを倒したことは間違いないのだ。

 ギャルの妹はどうやってモンスターを倒したのか覚えていないそうだが、俺もダンジョンに取り込まれた時、まったく無自覚のままにモンスターを殺してスキルを手に入れている。

 いや、だって落とされたところにモンスターがいて、偶々一緒に落ちてきた鉄骨がモンスターにクリーンヒットするなんて思わないだろう?

 しかも、倒したのがメタルタートルと呼ばれるカメのようなモンスターで、頭が弱点だったことも幸運だったらしい。自分でもよく生きていたなと思わなくもない。

 あとから聞いた話だが深層でも滅多に見かけない珍しいモンスターで、本体の耐久はたいしたことはないが物理も魔法も通さない硬い甲羅で覆われていて、メイドたちの攻撃ですら通らない厄介なモンスターと言う話だった。

 倒し方は、どうにかして頭を潰すしかないらしい。うん、本当に俺……よく生きていたな。恐らくはギャルの妹も何かしらの幸運が重なって、モンスターを無自覚に倒してしまったのだろう。


「……それで、どうするつもりだ?」


 それよりも問題は、これからどうするのかと言ったことだ。

 探索者にならなければスキルがバレることはないと考えていたようだが、今回のように〈鑑定〉のスキルを使われれば簡単に発覚することが分かった。可能性は低くとも絶対にないと言い切れる訳ではないのだ。

 それはギャル姉妹も理解しているのだろう。反省している様子を見れば分かる。

 それに足が完治している今なら、探索者として活動することも不可能ではない。

 姉妹で探索者をするのも一つの手だと考えていたのだが――


「妹が探索者の資格を取るのは難しいと思います。足のことを追及されても、霊薬のことは話せませんから……」


 そう言えば、そうだ。この国はアーティファクトの規制が厳しいって話だった。

 厳密には霊薬って回復薬に分類されるアイテムなので、アーティファクトではないんだけどな。

 そもそもダンジョンで見つけた物は発見者に権利があると俺は思っているので、この制度にも納得していない。ましてやギャルに霊薬を渡したのは俺だ。国に霊薬の所有権を主張する権利はないと言うのが俺の考えだった。

 とはいえ、それがこの国のルールだと言うのなら従うしかないのだが――


「最悪、私が罪に問われるだけなら良いのですが……」

「良くない! お姉ちゃんは何も悪いことしてないでしょ!?」


 ギャルの妹の言うとおりなのだが、そう単純な話ではないんだよな。

 同情してくれる人もいるだろうが、ルールを破った者を罰しなければ社会が成り立たない。法律で決まっているのであれば、それを自分の意志で破ったギャルは本来であれば罪に問われるのが筋と言う訳だ。

 とはいえ、俺も理不尽だとは思っている。

 それにこうなることが分かっていて、ギャルに霊薬を渡した責任は俺にもある。

 しかし、俺に思いつくことと言えば楽園に匿うことくらいだ。


(……レギルに相談してみるか)


 こういう時、最も頼りになりそうな人物に相談することを決めるのだった。



  ◆



「主様が日本支社にいらしている!?」


 レギルは鳴神市にある〈トワイライト〉の日本支社へと向かっていた。

 昨日から行方が掴めなかった椎名が突然、日本支社に現れたと連絡があったためだ。

 会社のビルに到着すると周囲の目も気にすることなく、レギルは急ぎ足で応接室へと向かう。心配していたと言うのもあるが、主を待たせるなど会ってはならないことだと理解しているからだ。

 可能な限りの持て成しをするようにとメイドたちに命じたが、それでも一分一秒でも早く主のもとへと駆けつける。それが、すべてに勝る優先事項だとレギルは考えていた。


「主様――」


 応接室の扉を開けたところで窓の傍に立つ椎名の姿を見つけたレギルは、同行したメイドたちと共に直ぐ様、床に片膝をつき頭を垂れる。


(あれは〈隠者の外套〉……やはり、主様は密かに行動をされていた)  


 そして、椎名の身に付けている装備を見て、すべてを察する。

 メイドたちが気付かなかったのではない。

 敢えて、気付かれないように主は行動されていたのだと――


「急に押し掛けて悪かったな」

「いえ、主様がお越しになるのに悪いことなど少しもあるはずがありません!」

「お、おおう……そ、そうか」


 レギルの言葉に同調するかのように一斉に頷くメイドたちを見て、ちょっと引いた様子を見せる椎名。とはいえ、そのことにメイドたちは少しも気付いている様子はない。

 そんなメイドたちを見て、いつものことかと達観した様子で椎名は本題へと入る。


「ギャ……レミルが保護した冒険者を知っているな? 彼女の妹を昨日治療した」

「それは……主様が自ら?」

「霊薬の使用を見届けただけだ」


 自分たちに行動を秘してまで椎名が動いた理由をレギルは考え、息を呑む。 

 朝陽の妹の治療だけであれば、椎名が自ら動く理由はないからだ。

 なら、この話は続きがあるとレギルは考える。

 恐らく、それは――


「ついては、あの姉妹の扱いについて相談しておきたいことがある」


 やはり、とレギルは椎名の考えを察する。

 八重坂朝陽を世界で六人目のSランク――英雄に仕立てる計画が頭を過る。

 妹のことまでは聞いていないが、主が目を付けたのであれば何かあるに違いない。

 

「承知しております。そのための〝準備〟は滞りなく……」

「そうか。さすがはレギルだな」


 主の労いの言葉に歓喜し、心を震わせるレギル。

 目の前に椎名がいなければ、喜び叫んで小躍りするくらい感激していた。

 それほど楽園のメイドたちにとって、主から賞賛を賜るというのは最上の喜びなのだ。

 正しく自分たちの働きが評価されている。それに喜ばないメイドはいない。


「では、任せても問題はないな?」

「承りました。必ずや主様のご期待に応えてみせます」


 だからこそ、絶対に主の期待を裏切ることは出来ない。

 それに楽園の主が直接動くと言うことは、絶対に失敗が許されない計画であることを示している。これは自分たちに課せられた使命なのだと、レギルは主の言葉を深く胸に刻むのであった。

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