第13話 黄昏の錬金術師

 毎日のように家へ押し掛け、チャイムを鳴らし、大きな声を上げ――

 夕陽が心を閉ざし、部屋に引き籠もる原因となった記者たちの声が、


(声が止んだ……)


 ピタリと止んだ。

 いままでに一度もなかったことに戸惑いながらも、ゆっくりと夕陽は顔を上げる。


「もう、大丈夫だ」


 すると、そこには黒い外套を羽織った男がいた。

 姉が連れて帰ってきた知らない人。命の恩人だと紹介してくれた人。

 不思議と安心する優しい声が、暗く沈んだ心を明るく照らしてくれる。


(不思議な人だな。でも……)


 頭に置かれた大きな手は家族との思い出を――

 強くて優しい人たちだった父と母の姿を、夕陽に彷彿とさせるのであった。 



  ◆



 実際に俺も体験・・したことがあるので霊薬の効果は知っているとはいえ、やはり人間の手足が生えてくる光景は慣れない。ちょっとしたホラーとも言える光景なのだが、妹を抱きしめて自分のことのように喜ぶギャルの姿を見ると、余計なことを口にしないのが懸命だろう。

 俺だって空気くらい読めると言うことだ。


「ありがとうございました。このご恩は絶対に忘れません」

「あ、ありがとうございました」


 そう言って何度も何度も頭を下げる姉妹に「気にするな」と素っ気ない態度で応える。ギャルに渡した霊薬をギャルがどう使おうが自由だ。感謝は受け取るが、助けたのは俺の自己満足に過ぎない。そのことで恩に着せるつもりがなければ、二人に対価を求めるつもりもなかった。

 ただの気まぐれと受け取ってもらった方が、俺としても気持ちが楽だ。

 しかし、レミルの奴どこまでいったんだ?


「お父様、ただいまです」


 噂をすればなんとやら、タイミングを図っていたかのようにレミルが帰ってきた。

 何やらやりきった表情を浮かべていることから、どうだったと尋ねてみる。


「お父様に言われたとおり、死なない・・・・程度に〝加減〟しました」


 若干心配になる答えだが、今回は納得しておく。

 借金の取り立てに家まで押し掛けてくるような連中だ。殺していなければ別に構わないだろう。

 とはいえ、根本的な解決にはならないので、今後の対応を考える必要はある。

 最悪、レギルに丸投げすれば全部片付けてくれるとは思うけど。

 レミルにそこも任せると、物理的に借金取りの事務所が消えそうだしな。


「あの……何をしたのか、お聞きしても?」

「心配するな、殺してはいない」

「ただ〝悪い夢〟を見て貰っただけだから死んではいないと思うよ?」


 ギャルの質問に首を傾げながら答えるレミル。おい、そこは断定しろよ。ギャルがドン引きした表情で、後退っているじゃないか。

 とは言っても、レミルのスキルは説明したところで分かりづらい。ユニークスキルは神の名を持つと話したが、それは人間の話でホムンクルスたちは事情が異なる。普通のホムンクルスは人間と違ってスキルを使えない。その代わりに強大な魔力と強靱な肉体を持っている訳だが、ユミルやレギルを始めとした〈原初はじまり〉の名を持つ六人のホムンクルスたちは違っていた。

 彼女たちは実在した〝魔王〟のスキルを有しているのだ。

 そして、レミルもどう言う訳か六人と同じ〈魔王の権能ディアボロススキル〉を所持していた。

 そのスキルを使って、借金取りたちに〝悪夢〟を見せたと言う訳だ。

 それも心にトラウマを植え付け、精神だけでなく肉体にも大きな影響を及ぼすほど強烈な悪夢を――

 身体の傷は回復薬で治せるが、心の傷は簡単には治すことができない。そう言う意味でレミルのスキルは汎用性が高く、最も凶悪な能力だと俺は思っている。だからスキルの使用は、俺かユミルの許可なく行わないようにと厳命してあるのだ。

 だから久し振りにスキルを使って、すっきりとしたのだろう。やりきったかのような表情を見れば分かる。


「それより……」


 まだ上手く立てないのだと思うが、ギャルの妹が俺の腰に抱きついていた。

 顔を埋めてマーキングされているような気分になるのだが……。


「夕陽、離れなさい! 王様に迷惑でしょ!?」 

「え……王様は嫌じゃないですよね?」


 上目遣いで尋ねてくるギャルの妹を見て、思う。

 見た目は清楚なお嬢様だが、中身はやっぱりギャルの妹だと――



  ◆



 なんだかんだあって八重坂家で一晩を明かすことになった。

 レミルはと言うと、ギャル姉妹と一緒の部屋で眠っている。

 いまから寝床を探すのも面倒なので助かると言えば助かったのだが、いざと言う時はレギルを頼る手もあるしな。ここ鳴神市には〈トワイライト〉の日本支社があるからだ。

 ちなみに、どうしてこんなことになったのかと言うと――


「すまない。レミルが迷惑をかけたようだ」


 視線の先には、着物姿の老人がいた。

 どことなくギャル姉妹に似た面影があることからも察せられるように二人の祖母だ。

 全身黒ずくめの家の中でもフードを取らない怪しい人間を、何も言わずに持て成してくれたのが目の前の老人だった。それどころか孫から説明を受けて、御礼をさせて欲しいと頭を下げられたのだ。

 だから一晩泊めてもらうことにしたのだが、俺ならこんな怪しい人間を家に泊めようとは思わない。自分で言うのなんだが、相当怪しいと思うんだよな。人前でフードを取る訳にもいかないし、いまも外套を着たまま用意してもらった客室の縁側で月を眺めていた。


「いえ、御礼を言うのはこちらの方です。〈黄昏の錬金術師〉様」


 しかし、それはあくまで俺の考えで、老人にとっては違ったのだろう。

 畳の上に手を揃え、俺に向かって深々と頭を下げる。

 人を見た目で判断しないのは好感が持てるし、俺も感謝されて悪い気はしない。

 だが、


(黄昏の錬金術師だと!?)


 いま俺は物凄く動揺していた。

 ――黄昏の錬金術師。久し振りに耳にした黒歴史。

 その中二病ネームを、ギャルの祖母が知っている理由が分からなかったからだ。


「旧い友人に〈特級〉の称号を持つ魔導具技師がいます。二十年ほど前に〈トワイライト〉で魔導具の技術を学んだ一文字鉄雄という人物です。覚えてはいらっしゃいませんか?」 


 悪いが、まったく記憶にない。そもそも俺が直接なにかを教えた訳じゃないしな。

 レギルに頼まれて教材は用意したが、実際に指導を担当したのはメイドたちだ。

 それに二十年前と言えば、俺もまだまだ錬金術師として駆け出しの頃だ。人に教えられるほど錬金術をマスターしていた訳ではなかったし、自分のことで手一杯だった時期だしな。

 あの頃のことを尋ねられても、何も答えられなかった。

 それよりも――


「……どうして、俺が〈黄昏の錬金術師〉だと分かった」


 問題はそこだ。

 俺は人前に姿を見せたことがないし、自分で〈黄昏の錬金術師〉なんて恥ずかしい名前を名乗ったことはない。いつの間にか職人たちの間で広まっていた〝黒歴史〟とも呼べる二つ名――それが〈黄昏の錬金術師〉だった。

 それにギャルの祖母とは面識がないはずだ。

 なのに、どうして〈黄昏の錬金術師〉が俺だと分かったのか疑問に思う。


「夕陽のことで友人のところに相談へ行っていたのですが、そこで〈黄昏の錬金術師〉様の名前を耳にしまして――」


 え? なに? そんなに俺の中二病ネームって広まってるの?

 過去の黒歴史を暴かれているみたいで、背中がムズムズするのだが……。


「夕陽の足を治した薬の話を聞いて、友人のところで耳にした話がふと頭を過ったのです」


 まあ、人間の足を生やす薬とか、何も知らない人からすると驚くよね。

 だからと言って、たったそれだけで察するなんて鋭すぎるだろう……。

 霊薬は確かに珍しい物かもしれないが、まったく手に入らない訳じゃない。

 地球でも過去に取り引きされたことがあると聞いているしな。


「本当にありがとうございました。深く、深く御礼申し上げます」 


 とはいえ、ここは素直に感謝を受け取っておくべきだろう。

 俺でも身内が助けられたら、その人に頭を下げて感謝する。

 この老人は家族を救ってもらった恩を俺に感じてくれている訳だ。

 なら、その気持ちを否定するべきじゃない。

 それよりも――

 

「感謝は受け取っておく。だが、それよりも……」

「分かっております。恩人を売るような真似は出来ませんから」


 理解が早くて助かる。

 これ以上、あの恥ずかしい名前が広がるのだけは避けなくてはならない。

 黒歴史は忘れた頃にやってくる。そんな言葉が俺の頭を過るのだった。

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