第12話 恩恵と権能
「主様が見当たらない?」
椎名を出迎えるために先行させたメイドの報告に、困惑した様子を見せるレギル。
現在、日本の鳴神市にあるダンジョンは封鎖されていた。
これはレギルがギルド本部に働き掛け、一時的にダンジョンの封鎖を行ってもらったためだ。表向きはモンスターの氾濫の調査と言うことになっているが、実際には椎名を出迎えるためにダンジョンを封鎖したのだった。
楽園の主が楽園の外へでたと知られれば、間違いなく大きな騒ぎになる。まだそこまでの情報を掴まれてはいないが、既に各国の諜報機関が〈トワイライト〉の動きを察知して行動を開始していた。
だと言うのに――
「ちゃんと入り口で待機していたのでしょうね?」
「当然です! 私たちがご主人様のお姿を見逃すはずがありません!」
椎名の姿はどこにも見当たらなかった。
レミルと朝陽を連れ、楽園を出立したとの報告が上がってきているにも関わらずだ。
何か不測の事態が起きたと考えるのが自然だが、レミルが一緒でモンスターに後れを取るとは考え難い。ましてや椎名に傷一つ付けられるモンスターが深層より上にいるとは思えなかった。
それでも、
「念のため、ダンジョン内の捜索を行います。半分は地上で待機を」
万が一があってはならないとメイドたちに指示をだし――
数人のメイドを引き連れて、レギルはダンジョンの捜索を開始するのだった。
◆
俺は今、感動の再会を目の当たりにしていた。
「お姉ちゃん! よかった……生きててくれて……っ!」
「ごめんね。心配をかけて……」
美しい姉妹愛と言う奴だ。展開が早いって?
今回は実験がてら特殊な方法を使って日本に来たので、深層から上を目指すと言った正規のルートを通っていない。そもそも以前に話したと思うが、深層は七つの領域に分かれていて楽園から日本のダンジョンへと繋がるゲートまでは、かなりの距離があるのだ。
レミルだけならともかくギャルを連れてとなると、領域を移動するだけで片道何日も掛かることになる。乗り物を使うと言った手もあるのだが、今回はそれよりも早く移動できる簡単な方法を取ったと言う訳だ。
一言で説明するなら〝転移〟だ。
瞬間移動、ワープ、転移魔法と言えば、理解しやすいだろう。国民的RPGにもダンジョンから瞬時に脱出する魔法があると思うが、ようはアレと同じスキルを付与した魔導具を今回は使ったと言う訳だ。
魔導具の名前は〈
ただ、この魔導具にも欠点はある。ダンジョン内でしか使えないと言う点だ。
どんな場所にでも転移できると言う訳ではなく、あくまでダンジョンから地上に脱出するためのアイテムでしかない。逆は無理で片道切符。便利なようで融通の利かない魔導具であった。
しかし、実験は一先ず成功したと思っていいだろう。
この魔導具にはもう一つ問題があって、月の領域で使用すると月のダンジョンの入り口に飛ばされるのだ。そう、本来であれば楽園でこの魔導具を使えば、月のダンジョンの入り口に飛ばされるはずなのだ。なのに俺たちは今回、日本のダンジョンの入り口へと転移した。
メイドたちが月と地球を行き来する際、それぞれのダンジョンの領域に移動してから〈
今回その実験が上手くいったと言う訳だ。
まだまだ改良の余地はあるが、これで一先ず〝例の件〟は目処が立った。
「お姉ちゃん、この人たちは……」
派手な見た目をしているギャルとは正反対に、落ち着いた印象の黒髪ストレートの美少女が車椅子に座ったまま不安げな表情で、俺とレミルのことをギャルに尋ねている。
無理もない。いまの俺とレミルは
ちなみにギャルも服の上から同じものを着ていて、二人に着せたのは人目を避けるためだった。
外套に付与された〈認識阻害〉のスキルを最大限発揮すれば、完全に姿を消すことが可能だからだ。視界に入らなくなると言った方が正解なのだが、実際その効果は楽園のメイドたちの目も欺くことが出来るほどで、俺も外套の機能を使って楽園を偶に抜け出している。
「レミル、魔導具の効果はちゃんと発動しているよな?」
「はいです」
なのに、ギャルの妹は俺たちに気が付いた?
どういうことだと疑問に思いながら〈鑑定〉のスキルが付与された
(なるほど、ユニークスキル持ちか)
モノクルには〈
ユニークスキルと見抜いた理由は簡単だ。通常のスキルと違ってユニークスキルには、必ず伝承にある〝神〟の名が記されているからだ。
考えて見て欲しい。楽園を造った錬金術師が生きていた時代には、別の神が崇められていたはずなのだ。しかし、誰も知らない太古の神ではなく現代で伝わっている神の名がスキルには記されている。これはその時代の人々が持つ記憶を元に、ダンジョンが
最初に取り込まれた十万人の人々。ダンジョンに吸収された人たちから記憶を回収し、この時代の知識を取り込むことで現代に適したスキルをダンジョンが生みだしたと言うことだ。
どうして、そんなことが分かるのかと問われれば俺が〝錬金術師〟だからと答えるしかない。スキルへの理解は魔導具の製作において重要な意味を持つ。仕組みを理解できないものを誰だって再現することは出来ないだろう。それと同じでスキルの仕組みを理解しなければ、スキルを魔導具に組み込むことは出来ないからだ。
だから俺でもユニークスキルを付与した魔導具は製作することが出来ない。この世にたった一つだけ。唯一無二であることがユニークスキルの条件で、ダンジョンの定めたルールでもあるからだ。
まあ、例外もあると言えば、あるのだが――
「お父様、どうかしたですか?」
「なんでもない、気にするな。それよりも――」
認識阻害が看破されたのは、ギャルの妹が所持しているスキルが原因と見て間違いない。しかし、〈
ユニークスキルと言えど、逸話にある神の権能を完全に再現できる訳ではない。人の身で扱える力には限界があることから、その人間の性格や適性に合わせた能力に最適化されることが大半だからだ。
余談だが、通常のスキルを〈恩恵〉といいユニークスキルのことを〈権能〉と分けて呼ぶのが一般的だ。これはユニークスキルが神の力を模したものであることが理由であった。
しかし、
「二人揃ってユニークスキル持ちとは珍しいな」
姉妹揃ってユニークスキル持ちとか、やっぱりギャルは良家の生まれなんじゃないかと思う。スキルはランダムに付与される訳ではなく、その人物の歩んできた人生や血筋など、総合的な〝運命力〟によって獲得できる能力が決まるからだ。
例えば手に職を持つ技術者であれば、それに応じた生産系のスキルに目覚める確率が高いと言ったように、戦闘系のスキルに目覚める人が少ないのは現代で戦闘経験のある人間なんて、ほとんどいないからだろう。
だから神の名を持つユニークスキルの所持者は、前世で物凄い偉業を成し遂げていたり、血筋にそうした人間がいる可能性が高いのだ。姉妹揃ってユニークスキルに覚醒すると言うことは、後者の可能性が高いと俺は見ていた。
この家も一見すると古ぼけた木造建築に見えるが、玄関には大きな門扉があって広々とした庭もある。古き良き日本家屋と言った感じで、東京郊外とはいえ、なかなか立派な家だ。
「ど、どうしてそれを……」
「俺は〈鑑定〉を使えるからな。もしかして……秘密だったのか?」
ギャルの様子から見て、何か訳ありなのだと察する。
気にならないと言えば嘘になるが、こちらから問い質すつもりはなかった。
俺にだって隠していることはある。人それぞれ事情があることは分かっているからだ。
そう考えていたのだが、
「お姉ちゃん……」
「大丈夫。この方は私の命の恩人だから」
ギャルを拾ってきたのはレミルなのだが、なんか相談に乗る雰囲気になってない?
ここまで関わってしまえば乗りかかった船とも言えるが――
「……外が騒がしいな」
ガヤガヤと騒々しい声が外から聞こえてくる。
そう言えば、こっそりと入ってきた時、家の周りに怪しい連中が隠れていたな。
一般人のようだし取り敢えず放っておいたのだが――
「夕陽どうしたの?」
ギャルの妹が耳を塞いで震え始めたのを見て、嫌な予感を覚えた俺は耳を澄ませて外の様子を観察する。
「おい、裏の勝手口が開いているぞ。家の中に誰かいるんじゃないか?」
「八重坂さーん! いるんでしょ。少しで良いから出て来て話を聞かせてくださいよ!」
間違いない。家の周りに隠れていた連中は〝借金取り〟だ。
そうなると、ギャルが探索者になったのは妹の足のことだけではなく、金も必要だったのかもしれないな……。
もしかしてギャルが相談しようとしていたのは、このことか?
確かに、これなら相談しにくいのも頷ける。
しかし、知ってしまった以上は放って置けるはずもない。
取り敢えず、外の連中には
「レミル、頼めるか?」
「全員、始末しちゃっていいですか?」
どうせ、まともな連中ではないのだろう。
家にまで押し掛けて、子供を怖がらせる借金取りに慈悲はない。
レミルの言うように始末してしまった方が世のためかもしれないと考えるが、
「いや、命は奪うな」
ここは日本だ。郷に入っては郷に従うとも言うし、人目を避けて行動している以上は可能な限り面倒事は避けるべきだろう。
なら、取るべき方法は一つしかない。
「だが、それ以外なら
俺の頼みに無邪気な笑みを浮かべると、レミルは景色に溶け込むように部屋から姿を消すのだった。
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