第11話 主様の一日
俺の朝はメイドたちに起こしてもらうことから始まる。
「ご主人様、おはようございます」
「ああ……おはよう」
毎朝、担当するメイドは違っていて交代で起こしに来る。
ベッドから起き上がると今度は三人のメイドが寝間着を脱がせ、着替えさせてくれる。最初の方は人に着替えさせてもらうことに抵抗があったのだが、いまでは慣れたものだ。
というか、自分で着替えようとすると凄く悲しそうな顔で見てくるんだよ……。俺が自分で何かしようとすると彼女たちの仕事を奪ってしまうことに気付いてからは、為すがままに世話をされることに慣れざるを得なかったと言う訳だ。
こんなことで王侯貴族の苦労を知るようになるとは思ってもいなかった。
「本日のご予定ですが――」
そして、いつも朝食の前に今日の予定を聞かせてくれるのだが、俺のしていることと言えば錬金術の研究くらいで楽園に来客などあるはずもなく、仕事は全部メイドたちがやってくれることから予定らしい予定がない。だから、この時間は基本的にメイドたちの報告を受ける時間となっていた。
報告と言ってもレギルが代表を務めている会社に関する内容や、楽園の運営についての話が大半だ。しかし、メイドたちの好きにやらせているため、俺が直接関与したことはほとんどない。経営学や帝王学と言った組織のトップに必要とされる知識を学んだことのない素人の俺に、国の運営や会社経営が務まるはずもないからだ。
「次に〝例の計画〟についてレギル様からの中間報告が――」
またよく分からないことを言っているが、取り敢えず頷いておけばいいだろう。正直メイドたちが優秀すぎて、俺は完全にお飾りと化している状況だしな。いざと言う時、責任を取るのが仕事だと割り切るしかない。
ただ、別にそれが嫌と言う訳ではない。甲斐甲斐しく世話をされて嫌な気分にはならないし、こういうのは適材適所という言葉があるように出来る人間に任せておいた方が上手く回る。
それに俺は自分が社会不適合者だという自覚がある。働かなくていいなら働きたくないし、のんびりと好きなことをして自由に暮らせる今の環境は俺の生活スタイルにあっていた。
地球に帰りたいと思わないのは、そのためだ。
特に日本のサラリーマンのような生活は俺には合っていないと断言できる。
「本日の前菜は〝世界樹の葉〟を使ったサラダと――」
朝の報告を終えると食堂に案内され、百人くらい一緒に食事ができるのではないかと言った大きなテーブルで、これまた豪華な食事を頂く。ちなみに世界樹は楽園の中心に生えている大きな樹で、その樹の周りで採れる草が霊薬の材料になる。年に数回、樹の実をつけることがあるのだが、それもまた絶品だった。
そのまま食べても美味いし、お菓子の材料や酒の原料にもなる。
特別な加工をすることで、錬金術の素材になるしな。まさに万能食材だ。
そうこうしている内に朝食を終え、今日は何をしようかと考えていると――
「お父様!」
いつもの調子でレミルがやってくれるのだった。
◆
レミルの相手をするのは全然構わないのだが、
「お、王様におかれましては、ご、ご機嫌麗しく……」
向かいの席に座り、子鹿のように震えるギャルがいた。
最初は床に正座をしようとしたのだが、周りにメイドたちしかいないとはいえ、さすがに外聞が悪いので椅子に座らせたのだ。
ちなみに今の俺の格好だが、以前ギャルを紹介された時と同じ
別にギャルが苦手だからと言う理由で、こんな格好をしている訳ではない。基本的に外の人間と会う時は、こうして〈認識阻害〉のスキルが付与された外套を纏っていると言うだけだ。
理由は簡単。『楽園の主』という肩書きに問題があるからだった。
俺の正体を知れば、楽園を取り込もうと画策するバカが必ず出て来る。実際二十年前、地球にはじめて接触を図った時も、その手のバカが湧いてでたのだ。結局、正体がバレるような事態にはならなかったのだが、ユミルと相談して外の人間と会う時はこの格好をすると決めていた。
日本語でバレないのかという疑問が浮かぶと思うが、アーティファクトの中に〈言語理解〉のスキルが付与されたものがある。そのため、俺も現地人と遜色のないレベルで外国語を話すことが出来るし、メイドたちもありとあらゆる国の言葉を網羅している。
だから、それだけで俺の正体が〝日本人〟だと特定するのは難しいと言う訳だ。
「そう言えば、名前をまだ聞いてなかったな」
しかし、このギャル。見た目に反して言葉遣いは丁寧だし、椅子があるのに床に正座しようとするしで、天然というか浮世離れしたところがある。最初に会った時から感じていたことだが、良いところのお嬢様ではないのかと思う。
背筋がピンと伸びて姿勢が良いし、何気ない仕草が綺麗で様になっている。
幼い頃から厳しく躾けられて来なければ、こうはならないはずだ。
「や、八重坂朝陽と申します」
「八重坂……?」
聞いたことのない名字だが、なんとなく気品を感じる。
やっぱり、名家の生まれなのではないかとギャルを観察する。見た目はとてもそうは見えないが、外見だけで判断するのは良くないしな。実際こう見えて家族想いの良い奴だと言うのは分かっていた。
「あの私の名字が何か……」
「いや……確か妹がいるのだったな。薬は役に立ったのか?」
「すみません。それはまだ……」
答えにくそうにするギャルを見て、察する。
楽園にまだいると言うことは、日本にまだ帰っていないと言うことだものな。
メイドたちは普通に地球と行き来しているから忘れそうになるが、ここはダンジョンの深層だった。
あの程度の装備しか身に付けていなかったと言うことは、ギャルの探索者ランクは恐らく低いのだろう。なら自力でダンジョンを突破して日本に帰るのは難しいと考えるべきだ。
早く気付いていれば、メイドたちに頼んでおいたのだが……これは俺の落ち度でもあるな。
「レミル――」
「なんですか?」
レミルに頼もうとして、不安が過る。
まだ幼い所為か、他のメイドたちと違って常識に欠けるところがあるからだ。
戦闘力だけならユミルに匹敵すると言うのに、まったく誰に似たのやら……。
一番無難なのはレギルに頼むことだが、会社経営が忙しいみたいで最近は余り楽園に顔をだしていない。ユミルもメイド長という立場から、いつも忙しそうにしているしな。
ここは俺が一肌脱ぐところか。近場で素材を採取するくらいで、もう何年も楽園の外にでていないしな。幾ら引き籠もり体質だと言っても限度がある。錬金術の研究に没頭していた頃は、本当に何もかもメイドたちに丸投げだった。幾ら甲斐甲斐しく世話をしてくれると言っても、これではヒモだ。
御輿であることに納得しているし、いざと言う時は責任を取るつもりでいるが、それでも少しは自分で動くべきだろう。
それにモンスターの氾濫のこともある。
対策は思いついているのだが、そのために実験しておきたいことがあった。
よし。思い立ったが吉日とも言うしな。
「いまから出掛ける。すぐに準備しろ」
◆
「主様がこちらに!?」
魔導具を使った通信で、楽園からの連絡を受けたレギルは驚きの声を上げる。
椎名が楽園を離れることなど滅多にない。実に八年振りのことだからだ。
「わたくしに何か落ち度が……いえ、主様のことですから何かお考えがあってのことに違いありません」
自分の計画に落ち度があったのではないかと考えるが、その程度のことで主が楽園を離れるはずがないとレギルは考えを改める。以前、椎名が楽園の外にでた時はアメリカの〈トワイライト〉本社に企業スパイが忍び込み、重要な機密文書を持ち出そうと画策した時だった。
アメリカ政府から派遣された研究員が内部犯だったのだが、アメリカ政府も自分たちの派遣した研究員が某国の息が掛かった工作員だとは気付かなかったらしく、アメリカとの長い信頼関係から油断をしていたレギルも危うく対処が遅れるところだったのだ。
それを事前に察知し、解決に導いたのが楽園の主――椎名だったと言う訳だ。
「主様が動かれたと言うことは、わたくしたちが見落としている何かがあるということ……」
自分たちの不甲斐なさをレギルは恥じる。
忠誠を捧げ、全身全霊で尽くすべき御方に心配を掛け、手を煩わせるなどあってはならない。
そのために〝
しかし、自分たち一人一人を気に掛けてくれるほど、椎名が優しい主であることもレギルは知っていた。
(あの方は、わたくしたちを必要とされないのかもしれない)
楽園にいながら地上のことを掌握する智謀。
万物を解き明かし、人の身で神へと至った叡智。
本来は自分たちの助力など、主には不要なのかもしれないとレギルは思う。
今回のことも朝の定時報告から何かを感じ取って動かれたのだと推察が出来る。
しかし、それでも――
「……まずは主様を出迎える準備をしないと」
あの方の役に立ちたい。
至高の錬金術師と呼ばれた嘗ての主のように〝孤独な王〟としないために――
それが、レギルの――楽園のメイドたちの共通の想いだった。
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