第10話 政治とギルド

 Aランクパーティー壊滅のニュースが連日報道される中、日本の閣僚たちはギルドからの要望書に頭を悩ませていた。

 探索者の不足による深刻なダンジョン攻略の停滞。このまま放置すればダンジョン資源の流通にも影響が及ぶことから、特例措置を設けてでも海外から積極的に探索者を集うべきだと要望が記されていたのだ。

 実際、先のダンジョン攻略でAランクのパーティーが壊滅的な被害を受け、ユニークスキル持ちを二人も失ったことは政権の運営にも大きな影響を与えていた。支持率は先週から低下の一途を辿り、いまのままでは来年の春に予定している選挙にも影響を及ぼしかねない状況だ。

 しかし、まるで事前に用意していたかのようなタイミングで提出された要望書に、閣僚からは疑問の声が上がる。


「総理。やはり連日報道されているAランクパーティー壊滅のニュースですが、ギルドの対応を見るに最初から失敗することを見越して計画されたとしか……」


 ギルドは国際的な機関と思われているが、実際の運営は国が担っている組織だ。

 表向きはアメリカに本部を構え、その傘下に各国の支部があることになってはいるが、国ごとに特色は違っている。日本ではギルドの職員は準公務員扱いで、内閣府に新たに起ち上げられた〈探索支援庁〉の直轄組織という扱いを受けていた。

 組織の起ち上げ当初は上手く機能していたのだ。しかし。それが現在は天下りの温床となっており、最近では政府のコントロールを離れて好き勝手やるなど頭の痛い存在となりつつあった。

 こうなってしまったのは、ダンジョンがもたらす利益が設立当初に考えられていた想定よりも遥かに大きなものだったことが要因として大きい。バブル崩壊によって低迷していた日本経済はダンジョンのお陰で息を吹き返すことが出来たが、その大きすぎる利権が組織の腐敗を早めてしまったのだろう。


「十年前に可決されたアーティファクトの規制に関する法案も、ギルドからの要望で進められたものだったと記憶しています。あの時点から計画されていたことなのでは?」

「確かに……あれから我が国のダンジョン攻略は遅々として進まなくなった。正直、当時の政権には恨み辛みしかないよ」


 ギルドが設立された当初は、日本もアメリカに次ぐ勢いでダンジョン攻略が進んでいた。それが大きく変わるようになったのは十年前。アーティファクトの取り扱いに関する規制が強化され、個人だけでなくクランでの所有も原則認めないとする法案が可決されてからだった。

 当然、探索者からの反発はあったが、テレビやネットでアーティファクトの危険性を訴える報道が連日流され、タイミングの悪いことに探索者による傷害事件が発生し、世論を味方につけた当時の政権によって立案から一年というスピードで法案が可決されたのだ。

 あれもギルドが裏で動いていた可能性は高いと、現政権の閣僚たちは考えていた。

 当時は野党が歴史的な勝利を収め、政権交代を果たした年でもあったからだ。

 しかし、その結果ダンジョン資源の流通が減り、これまで右肩上がりだった経済成長が低迷したことで支持を落とし、再び野党へと転落したのだから自業自得と言うほかない。

 とはいえ、幾ら政権を取り返しても素直に喜べる状況ではなかった。

 これまで日本の好景気を支えてきたダンジョンの利権が、海外に奪われようとしているのだから――


 現状でもギルドに登録をすれば外国人でもダンジョンに潜ることは出来る。しかし、アーティファクトの国外への持ち出しは禁止されているし、魔石を始めとしたダンジョン産の資源も税金を課すことで、自分たちで集めるよりも日本から直接輸入する方が安くなるように調整されていた。

 そのため、現状では外国人がダンジョンに潜るのはスキルの取得以外に旨味がない状態だ。

 ギルドからの要望を受け入れた場合、このダンジョン産の資源に課されている税金が見直されることになる。ダンジョンの資源が安くで海外に持ちだされる危険があると言うことだ。

 まだそれだけであれば良いが、外国からの探索者にダンジョン攻略を依存するようになれば、アーティファクトの所有権や最悪ダンジョンそのものの権利を主張してくる可能性がある。日本政府としても、それだけは絶対に避けたいという思惑があった。


「どう見る?」

「中国やロシア。下手をすると、欧米の国々も一枚噛んでいるかもしれません。特定するのは難しいですね」


 日本の政治家とてバカではない。これだけのことをギルドの――それも一支部が行えるとは思っていなかった。

 ダンジョンを持つ国と持たない国。その差はこの三十年で大きなものとなりつつある。だからこそ、人はダンジョンを求める。状況から言って、日本の味方はほとんどいないと考えた方が良いだろう。

 どの国も自国の利益を優先して動くのは当然のことだからだ。


「……この際、アメリカを頼ってみては?」


 そのため、他の国にダンジョンの利権を奪われるくらいであれば、同盟国であるアメリカを頼った方がマシではないかと言った考えに至るのも自然な流れであった。

 アメリカには各国のギルドをまとめるギルド本部がある。各国の支部はその国が運営が担っているため、あくまで表向きの立場に過ぎないが、それでも相応の権限は有しているのだ。

 上から圧力を掛けて、けん制する程度のことは十分に可能だろう。

 しかしアメリカを頼れば、相応の対価を要求されることは間違いない。支持率が低下していてる今の状況でそんな真似をすれば、政権にトドメを刺すことになりかねない。アメリカとの取り引きがマスコミの耳に入れば、いま以上に面倒な状況に陥るのは明らかであった。


「打つ手なしか……。せめてギルドの要望をはね除ける材料があれば良いのだが……」


 総理の言葉に閣僚たちは苦しげな表情で肩を落とす。

 せめて〝Sランク〟の探索者が日本にいてくれれば――

 そんなありえない希望を抱かずにはいられないほど、日本は追い詰められていた。



  ◆



 Aランクパーティー壊滅のニュースが報じられるようになってから八重坂朝陽が妹と一緒に暮らす祖母の家には、連日マスコミが押し寄せる騒ぎとなっていた。

 最年少のAランク探索者として脚光を浴びていただけに、世間に注目されるのは仕方がない。しかし、その所為で妹の夕陽ゆうひは学校にも行けず、家に引き込まざるを得ない状況に置かれていた。


「……もう、やめてよ!」


 祖母は大丈夫だからと励ましてくれるが、十四歳の少女が受け止めるには厳しすぎる現実だ。耳を塞ぎ、部屋に閉じ籠もってしまうのも仕方の無い状況と言えるだろう。

 A級パーティー壊滅のニュースに乗じて探索者の制度に疑問を投げ掛ける報道がされるようになり、その渦中にいるのが夕陽の姉の朝陽であった。

 夕陽が四年前のモノレール事故で大きな怪我を負ったことや、その怪我を治すために姉の朝陽が探索者となったことまで報道され、同情する声はあるものの未成年の若い命が奪われたのは探索者制度の在り方に問題があったのではないかと疑問の声が上がるようになっていったのだ。

 同じような犠牲者をださないためにと探索者の資格について言及されるようになり、ダンジョンを独占したいがために日本政府が若者の命を軽視していると言った極端な論調まで吹聴されるようになっていた。そんな状況だからこそ、マスコミは夕陽のコメントを欲したのだろう。


「お姉ちゃんは死んでない。絶対に生きて帰ってくる」


 しかし、そんなテレビの都合や政治の思惑など夕陽には関係のないことだ。

 世間は姉が死んだものだと思っているが、夕陽は信じていなかった。


「お姉ちゃんは帰ってくる。そう、約束したんだから……」


 姉は――八重坂朝陽は生きている。

 約束を破るような姉でないことは、夕陽が一番よく知っていた。

 だから周りが何と言おうと、姉の無事を夕陽は信じ続ける。


「お姉ちゃん、早く会いたいよ……」


 薄暗い部屋の中で、姉の名を呼ぶ夕陽。

 孤独に耐えながら、ただひたすらに少女は姉の帰りを待ち続けるのであった。

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