第9話 特級技師

 レミルが迷惑を掛けたようなので、霊薬におまけしてギャルの装備を修復してやることにしたのだが、質の悪い魔導具だったことから一式ほぼ作り直しみたいになってしまった。

 恐らくは粗悪な品を掴まされたのだろう。アーティファクトの件は聞いているが、それでもよくあんな装備でダンジョンに潜っていたものだと逆に感心するほどだった。

 ――そんな装備で大丈夫か?

 いまギャルに一番送りたい言葉は、まさにこれだ。

 出来る限りのことはしたので、あれで少しはマシにモンスターと戦えるはずだ。

 顔も知らない赤の他人がダンジョンで死のうが気にしないが、袖すり合うも多生の縁だ。

 それに妹の話を聞いてしまった後では、ギャルに死なれると寝覚めが悪い。


「やっぱり、どう考えてもメイドたちだけじゃ厳しいか」


 ギャルの件はこれで良いとして、問題はモンスターの氾濫スタンピードの件だ。

 早ければ一ヶ月以内にも氾濫は起きる。モンスターが地上に溢れだせば、多くの人が命を落とすだろう。最悪の場合、都市が崩壊する可能性すらあると俺は考えていた。

 ダンジョンに潜って死ぬのは自己責任だと思っているが、探索者でない平穏に暮らしている人たちが理不尽に命を落とすのは、俺としても気分の良いものではない。だからメイドたちに可能な限りモンスターの駆除をするようにと頼んだのだが、結局これも氾濫の発生を遅らせることしか出来ていなかった。


「ダンジョンの入り口が七つもあるのが、そもそもの問題なんだよな」


 ダンジョンの入り口が一つなら、そこに戦力を集中させて叩くと言う手が使える。

 しかし、実際にはそう上手くはいかない。

 地球に六箇所。月に一つ。ダンジョンの出入り口は合計七つあるからだ。

 メイドたちがどれだけ強くとも、七つのダンジョンをすべて対処するのは不可能だ。

 せめてモンスターを一箇所に集めることが出来れば、打つ手もあるんだが――


「ん? モンスターを一箇所に集める?」


 もしかしたら〝アレ〟が使えるかもと、二十年ほど前にレギルに頼まれて製作した魔導具が頭を過る。

 多少手を加える必要はあるが、


「ちょっと試してみるか」


 以前から試行錯誤していた案があるので、上手く行くかもしれない。

 そう思い立った俺は魔導具製作の準備に取り掛かるのだった。



  ◆


 

「まさか、こんなことになるなんて……」


 ミスリルの槍をじっと見詰めながら、深い溜め息を漏らす朝陽。

 無理もない。ミスリルの槍は魔力の通りがよくスキルの威力を高めてくれる効果はあるが、それでもレッドオーガを一撃で倒すなんて真似は出来ない。ましてや〝雷〟のスキルなんて、元々この槍には付与されていなかったのだ。

 ダンジョンの素材で作られた武器や防具、魔法のアイテムを総称して世間では『魔導具』と呼んでいる。厳密にはアーティファクトも魔導具の一種なのだが、人の手で製作された魔導具とアーティファクトには明確な差が存在する。それが、スキルの有無だ。

 武器であれば魔力の通りをよくして切れ味を増したり、防具であれば防刃や衝撃に強くするなど、職人の腕や素材次第で装備の性能を向上させることは出来るが、スキルを付与することは出来ない。それが魔導具の製作に携わる職人たちの限界で、探索者の知る常識だった。

 だから誰でもスキルを使うことの出来るアーティファクトは特別視される。国家が管理し、稀にオークションに出品されることはあるが、最低でも億単位の値が付くのはそのためであった。 


「槍には〈雷撃〉のスキルが付与してあって、防具にも〈身体強化〉と〈全耐性〉のスキルが付与してあるなんて……」


 ありえないと朝陽は頭を抱える。

 雷撃と身体強化は珍しいスキルではないが、それでも戦闘に適したスキルとあって評価が高い。その上、全耐性は効果だけならユニークスキルに匹敵するとまで言われているスキルで、ありとあるゆる攻撃や状態異常に耐性を持つという最上位に位置するスキルだ。そんなものが付与されたアーティファクトなど聞いたこともないし、実在するならBランクに留まらない。

 アーティファクトのランクも探索者と同様に下からE、D、C、B、Aと続くが、全耐性が付与された魔導具など下手をするとSランクの評価を受けてもおかしくない国宝級のアーティファクトだ。

 価格に換算すると、小国の国家予算に匹敵するほどの額がついても不思議ではない。そんなものを自分が所持していると言う状況に、朝陽の理解が追い付かないのは当然だ。

  

「で、でも見た目は普通の魔導具だし……報告しなければ、バレないよね?」


 普通と言っても、朝陽の装備は国内最高峰の魔導具技師が手掛けた魔導具だ。

 探索者で言うところのS級に相当する〝特級〟の称号をギルドから与えられた世界有数の魔導具技師で、朝陽の祖母が学生時代の友人だったと言うことで特別に作ってもらえた物だ。

 そんな装備がただ修復されるだけでなく、国宝級のアーティファクトに生まれ変わって手元に返ってくれば、朝陽が困惑するのも無理はない。不幸中の幸いは一目でアーティファクト級の装備だと気付かないくらい、以前と姿カタチが変わっていないことくらいだった。

 これなら大丈夫かと朝陽は一瞬考えるが――


「ダメ。こんなの使ってるところを見られたら絶対にバレる」


 探索者は基本的にパーティーでダンジョンに潜る。これはギルドが推奨していることで、朝陽も普段からパーティーを組んで活動していた。

 そんななかでソロで潜るような真似をすれば、当然ではあるが悪目立ちする。危険な行為なので間違いなくギルドから咎められるし、パーティーを組まない理由を追及されるだろう。

 とてもではないが、隠し通せる自信が朝陽にはなかった。

 だからと言って、一度受け取ったものを返すなんて真似……出来るはずもない。

 元に戻してくださいと頼むのも、椎名の善意に泥を塗ることになる。

 どうしたら……と、朝陽が対処に悩むのも仕方のないことと言える。

 そんな朝陽を見て、レミルは何かを思いだしたかのようにポンと手を叩き、


「言い忘れてたけど、その装備は朝陽にしか使えないですよ」

「……え?」


 レミルが何を言っているのか分からないと言った表情を見せる朝陽。

 混乱して理解が追い付かないと言った様子の朝陽に、レミルは更に話を補足する。


「盗んだり奪われたりされないように所有者を限定するスキルを付与したって、お父様が仰ってたです。装備を持ち去ろうとすると犯人を雷撃で気絶させて、自動的に手元に戻ってくる仕様らしいですよ」

「あ、あははははは……」


 そんなレミルの説明に、朝陽は遂に考えることを放棄するのであった。



  ◆



「な、なんじゃこれは!?」


 魔導具技師が多く在籍する日本国内最大の生産クラン〈迦具土カグツチ〉が拠点を構える十階建てのビルの応接室で、困惑と驚きから奇声を上げる老人がいた。

 クラン〈迦具土〉の代表にして〈特級〉技師の称号を持つ国内最高峰の魔導具技師、一文字鉄雄いちもんじてつおだ。髪はないがドワーフのような髭を生やしており、老人らしからぬ筋骨隆々の逞しい身体をしていて、旧友の頼みで朝陽の装備を製作した人物でもあった。

 そして、


「ぐぬぬ……何がどうなって、こんな……」


 椎名が以前、学生のものと勘違いして送り返したレポート。あれを書いたのが、この老人であった。

 訂正されて返ってきた論文を食い入るように見詰め、唸る一文字。

 彼の書いた論文は、魔導具の技術において世界でも最先端を行くものだ。それが赤ペンで修正されて返ってきたのだから普通は憤るところだ。しかし、職人としてだけでなく研究者としても優れているため、適当に書かれたものではないと分かってしまう。

 だからこそ、顔を真っ赤にして唸っていると言う訳だった。


 一文字家は代々鍛冶士を輩出してきた家系で、三十二年前までは彼も刀鍛冶を営んでいた。それが魔導具技師へと転身することになったのは〝帰還者〟となったことが切っ掛けだった。

 ダンジョンに取り込まれながらも生還した帰還者の一人。目覚めたスキルが〈火之迦具土ヒノカグツチ〉という名のユニークスキルで、装備の製作に特化した生産系スキルの中でも最上位に位置する恩恵であったことが彼の人生を大きく変えたのだ。

 いまでは後進の育成に尽力するため、魔法工学で有名な大学に名誉教授として在籍し、魔導具の発展に寄与する国内でも随一の魔導具技師となっていた。

 そんな彼でも書かれている内容は半分も理解できないが、これまでの常識が覆るほどの発見だと興奮を隠せない様子を見せる。だが、それだけに分からないことがあった。


「これを書いたのは〈黄昏の錬金術師〉じゃな。どういうつもりじゃ、トワイライトの代表殿」


 向かいのソファーに座る女性、レギルを睨み付けながら一文字は尋ねる。

 黄昏の錬金術師――それは生産系のスキルを持つ職人たちの間で噂されている〝世界一〟の腕と知識を持つ錬金術師の二つ名であった。

 分かっているのは〈トワイライト〉の創設に関わった人物で、魔導具開発の礎を築いた人物であると言うことだけ。人種も、国も、男か女かさえも何一つ分かっていない謎多き人物。しかし、誰もが彼こそが世界一の錬金術師だと認めていた。

 世界に八人しかない〈特級〉の魔導具技師。その全員が二十年前に〈トワイライト〉で技術を学んだ魔導具技師で、『まだまだ自分たちは彼の足下にも及ばない』と口を揃えて言っているのだから〈黄昏の錬金術師〉の二つ名が職人たちの間で一人歩きするのも無理はない。

 一文字も二十年前に〈トワイライト〉で学んだ一人だった。

 だからこそ、分かるのだ。こんな真似が出来るのは〈黄昏の錬金術師〉しかいないと――


「わたくしはただ、従っただけです。そのレポートをあなたに渡すようにと命じられたのは〈黄昏の錬金術師〉様ですから」

「なんじゃと……」


 現代の何十年も先を行く技術がレポートには記されていた。

 これを紐解き追い付くには、並大抵の努力では不可能だ。内容を理解し、技術を真似るだけでも何年もの歳月が掛かるだろう。

 ただ、それでも魔導具の研究開発に革新をもたらすことは間違いない。

 それだけに一文字は戸惑いを隠せずにいた。

 職人にとって技術や知識とは、金で買えないほど貴重なものだと理解しているからだ。


「ダンジョンの攻略が遅々として進んでいない現状を憂慮されているようです。もう、余り時間が残されていないと……」

「なに、それはどう言う意味じゃ?」

「これ以上は、わたくしの口からは言えません。あなたがそれを託された意味は、あなた自身でお考えください」


 呆然とする一文字をその場に残し、レギルは部屋を退出する。

 黄昏の錬金術師の真意は分からない。しかし、


「ダンジョンの攻略……」


 その言葉が持つ意味を、一文字は深く考えさせられるのであった。

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