第8話 ダンジョン利権
アメリカ、中国、ロシア、日本、エジプト。
そして、十八年前にデンマークから独立したグリーンランド自治州。
ここに月を加えた七つのダンジョンが世界には存在する。そんなダンジョンのある国々だが、探索者を管理する協会が各国にあることから『ギルド加盟国』と呼ばれていた。
そして、魔石やミスリルと言ったダンジョンでしか取れない資源や鉱物は、この六カ国が独占する主要産業となっている。しかし、それでは当然ダンジョンのない国々からは不平不満がでる。
ダンジョンの資源は現代では人々の生活に欠かせないものとなっているし、何よりモンスターを倒すことで得られるスキルは各国の軍事バランスにも影響を与えることが懸念されているからだ。
そこで設けられたのが『
税金などを考慮すると魔石などは輸入した方が安いこともあるのだが、諸外国が問題視しているのは主に〝スキル〟の方なので、ある程度の不公平感はこれで抑えることが出来ていた。
ただ、それでも不満は募るものだ。
アーティファクトはどの国も厳しく持ち出しを制限しているし、攻略の最前線に立つのはダンジョンのある国の探索者で、そこに外国人が割って入ることは簡単なことではない。
だからこそ、画策する者が現れる。
「どうやら背景にはダンジョン利権を求めるギルド非加盟国と、そんな国々を支援する大国の構図があるようです」
日本が国際的な誹謗中傷に晒されているのは、こうした背景によるものだった。
アレックスも日本の状況はある程度把握していたらしく、より詳しい情報を集めるために政府やギルドの情報網を駆使し、裏付ける証拠を集めてレギルに報告してきたのが半日前のことだった。
ギルド本部での会談から僅か三日の出来事だ。
アメリカがどれだけ楽園との関係を重視しているかが、このことからも窺える。
「いつの時代も人間は愚かなものね」
レギルからの報告を受けて、ユミルは心底呆れた様子で溜め息を漏らす。
楽園の創造主が生きていた時代でも、似たようなことは起きていた。
ダンジョンは危険だが、同時に大きな利益をもたらしてくれる福音でもある。
そのため他者を羨み、自国の利益を追求する余り、足を引っ張る者が出て来るのだ。
これは愚かで浅ましい人間の業のようなものだと、ユミルは考えていた。
もっとも――
「楽園にいながら地上の動きを掌握する主様の慧眼には感服いたします」
自分たちの主に隠し通すことは不可能だと微笑むレギルに、ユミルも笑みを返す。
「マスターなら当然ね。あの方は叡智を司る至高の存在ですから」
楽園を造った至高の錬金術師とは、万物を解き明かし、人の身で神へと至った全知の存在だ。
その叡智を継承者した椎名に見通せないものはない。
それは楽園のメイドたちの共通認識だった。
しかし、それだけに人間たちの愚かさが際立つ。
「いまであれば、主様が懸念なされていたことが理解できます」
地球が月のダンジョンに気付いた時、メイドたちが楽園の名と主の偉大さを世に知らしめるべきだと主張する中で待ったをかけ、楽園が表にでることに難色を示したのが椎名だった。
そこでユミルが代表してアメリカとの接触を図り、交渉の結果、幾つかの条件と引き換えに月への接触を禁じたのだ。〈トワイライト〉が起業したのもその時だ。
それが、二十年前の真相であった。
楽園が自分たちに利益をもたらし続ける限りは、アメリカが防波堤となってくる。人間たちの欲深さを誰よりも理解しているからこそ、あのとき椎名は楽園が表にでることを禁じたのだとレギルは考えていた。
だから、いまがある。地球からの干渉を最小限に抑えながらも、二十年で楽園の力は地球の政治や経済に大きな影響を及ぼすようになった。あの時、表立って動いていれば、いまのように上手く物事を進めるのは難しかっただろう。
「それで、どうなさいますか? 正直、こちらが介入する必要性を感じませんが……」
とはいえ、だからと言って日本を助ける義理は楽園にはない。
朝陽の妹のことも、こっそりと治療すれば良いだけの話だ。霊薬の存在が明るみになるのを懸念するのであれば楽園に匿うことも出来るし、アメリカに移住させる手もある。
いまの楽園は二十年前と違い、地球に幾つもの根を張っている。
この程度の隠蔽と情報操作など、難しいことではなかった。
しかし、
「既に計画は動き始めています。これは決定事項です」
ユミルの考えは違っていた。
この状況で介入することを決めたユミルの考えに疑問を抱き、レギルは尋ねる。
「……主様のためですか?」
真っ先に思い至ったのは、椎名のことだ。
ユミルが思い切った決断をする時は、主のためであることが多い。レギルやメイドたちとて主のためであれば、どんなことでも不満の一つも口にせず実行に移す覚悟がある。楽園のホムンクルスにとって最大の喜びとは、主の望みを叶え、役に立つことにあるからだ。
それに椎名は日本人だ。戸籍上は既に死亡したことになっているが、彼が日本人であったことは変えようがない事実だ。生まれ育った国が厳しい立場に追い込まれようとしている状況を知れば、望郷の念に駆られても不思議ではないとレギルは考えていた。
しかし、
「マスターはお優しい方ですが、聡明な方でもあります。それはあなたも理解しているでしょう?」
生まれ育った国と言うだけで、日本を優遇することはないとユミルは答える。
そうであるなら、二十年前にアメリカではなく日本を選んでいるはずだ。
しかし、椎名は日本ではなくアメリカを選んだ。他国の干渉を抑え込むには日本では力不足であったことや、最初にロケットを月に送り込んできたのがアメリカだったからだ。
それは日本人である前に、楽園の主という立場を優先したからだとユミルは考えていた。為政者としての覚悟と心構えを、生まれながらにして椎名は身につけているのだと――
しかし、それでは今回の件に介入する理由が分からないとレギルは首を傾げる。
椎名の意志でないのだとすれば、楽園が動く理由が益々見当たらないからだ。
「先日、マスターからモンスターの氾濫の件で相談を受けました」
ユミルの一言で、レギルは何かに気付いた様子でハッと目を瞠る。
先代の錬金術師が存命だった時代と違い、この時代の探索者たちのレベルは低い。下層までのモンスターならともかく深層のモンスターが溢れれば、彼等では抑えることが出来ないだろう。
そのことからもモンスターの氾濫が発生すれば、深刻な被害を受けることは避けられない。
「各国に警鐘を促す。その上で、ある程度の被害がでることは仕方がない」
それが椎名の考えだと、ユミルはレギルに伝える。
楽園が介入しなければ、国が滅ぶほどの災害となるだろう。
しかし、椎名は〝ある程度〟の被害がでることは仕方がないとユミルに伝えた。
それは逆に捉えれば、介入する意志があると言うことだ。
「ダンジョンがもたらすのは福音だけではない。
ダンジョンの出現から三十二年。十万人近くが命を落とすことになった〝あの日〟の恐怖を人々は忘れてしまっている。日本では今、A級パーティー壊滅のニュースが報道されているが、ダンジョンの中で起きていることを探索者でない人々が実感するのは難しい。
だからこそ、知らしめようとしているのだと――
ダンジョンの恐怖を、危険性を、攻略を進めることの重要性を――
「レミルの拾ってきた人間に、マスターが自ら改良した魔導具をお与えになりました。その行動の意味するところは理解できますね?」
「彼女を〝英雄〟に仕立てると言うことですね。世界で六人目のSランク探索者に――」
そのお披露目にモンスターの氾濫を利用するつもりなのだとレギルは察する。
日本に介入を決めたユミルの考えは、これで理解できた。
すべて察したレギルは考えをまとめ、
「主様の御心のままに――」
ユミルの指示を待つことなく行動を開始するのだった。
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