第7話 黄昏

 アメリカのフロリダ州に本社を構える〈トワイライト〉と呼ばれる企業がある。

 魔法の薬や魔導具を製造・販売している会社で、世界で最初の魔導具メーカーとして知られている大企業だ。

 実はこの企業、楽園のメイドたちが運営に携わっていた。

 月では手に入らない地球の物資を、楽園へと輸出する役目を担っているからだ。


 ――すべては主の願いを叶えるため


 それが、この会社が誕生した理由であった。

 とはいえ、幾ら楽園のメイドたちが優秀だと言っても見知らぬ土地で一から信用を築き、事業を展開するのは簡単なことではない。だから今から二十年ほど前、楽園は〝協力者〟を求めて地球の国との接触を試みた。

 その相手に選ばれたのが、世界一の経済大国アメリカであったと言う訳だ。

 アメリカのダンジョン攻略が世界で最も進んでいるのは、楽園との関係を築けているのが理由として大きい。なかでも攻略に大きく貢献したのが、回復薬を始めとした魔法のアイテムの流通であった。


 いまでこそ魔法のアイテムを販売する会社は増えたが、二十年前は一番等級の低い回復薬すら入手が困難だったのだ。

 それもそのはずで、ゲームと違ってモンスターを倒しても装備や回復薬のドロップ品が落ちる訳ではない。モンスターを倒して手に入るのはあくまで魔石や素材の一部だけで、稀にダンジョン内の遺跡から〝古代遺物アーティファクト〟が見つかることはあるが、そのほとんどが魔導具に分類されるものであった。

 ゼロとは言わないが、回復薬がダンジョンで発見されることは少ない。十五年前に一度だけ霊薬エリクサーがオークションに出品されたことがあるが、最新鋭の戦闘機が数機買えるほどの価格がついたほどだ。

 高ランクの探索者と言えど気軽に手をだせる金額ではないし、需要を満たすほどの数は到底確保できない。だから回復薬などのアイテムは生産スキルに目覚めた人たちに頼るしかないのだが、生産系のスキルではダンジョンに潜ることが難しく自力で素材を集めることが出来ない。金で素材を集めようにも、まだまだ当時はダンジョンの素材が稀少だったこともあり高額で、気軽に試せるほど十分な量の素材が市場に供給されていなかったのだ。


 国や企業が素材を集め、回復薬を作らせようとする動きもあったが需要に対して供給が追い付くことはなく、粗悪な品物が高価な金額で流通すると言った状況を招いていた。

 そこに〈トワイライト〉が登場することで、状況が一変する。大量の回復薬が市場に供給されるようになったのだ。商品の効果が知れ渡ると〈トワイライト〉の名は瞬く間に広まり、回復薬を始めとした魔法のアイテムを求める者たちが急増した。

 現在では〈トワイライト〉で魔導具開発の技術を学んだ者たちが独り立ちし、様々な企業で魔法のアイテムが開発・生産される状況にまで至っている。少々値は張るものの中級までの回復薬であれば、探索者でなくとも購入できる程度に供給は落ち着いていた。


 アメリカもやり方が賢かったのだろう。

 自分たちだけで利益を独占するのではなく敢えて〈トワイライト〉を自由にさせることで探索者の支持を集め、そうして少しずつ技術を広めていくことで、諸外国の不満を抑え込んだのだ。

 これは大統領の手腕によるところが大きかった。

 三十二年前、自宅ごとダンジョンに飲まれながらも生還を果たしたフロリダ州の男性。世界に五人しかいないSランク探索者の一人にして、国民の圧倒的な支持を得て四十八歳という若さで大統領に選ばれたアメリカの英雄。

 それが、


「ミズ・レギル、ようこそ。協会こちらにお越しになるのは一年振りですか?」 


 ――アレックス・テイラー。現在は世界探索協会の理事を務める白人の男だった。

 プラチナブロンドの髪に百九十センチを超える身長。既に七十近い年齢だと言うのにスーツ越しにも分かる引き締まった身体は、二十歳以上は若く見える。それもそのはずで彼はいまでもダンジョンに潜り続けており、現役の探索者として活躍していた。

   

「ええ、こちらこそ時間を作って頂き、感謝します」


 挨拶を交わすとレギルと呼ばれた女性は、アレックスの向かいの席に腰掛ける。

 人形のように均整の取れた顔立ちに、波打つセミロングの髪。ドレス越しにも分かる大きな胸の膨らみと妖艶な笑みは、妻子を持つアレックスでさえドキリとさせられるほど艶めかしいものがある。

 ホムンクルスの特徴である〝銀の髪〟からも分かるように、彼女も楽園のメイドの一人だ。

 そして、世界最大の魔導具メーカー〈トワイライト〉の代表でもあった。


「今日こちらへ伺った用件ですが――」


 レギルはユミルの指示を受けて、フロリダ州にあるギルドの本部を訪れていた。

 フロリダ南東のオーランドにギルドが本部を構えている理由は、ここにアメリカ国内に一つしかないダンジョンがあるからだ。

 いまはダンジョンのゲートが出来たことで関係者以外は立ち入りを禁止されている場所だが、嘗てアレックスの住んでいた家もオーランドのレイクノーナという地区にあった。

 

「……モンスターの氾濫スタンピードですか」 


 レギルの話を聞き、険しい表情を見せるアレックス。

 彼女の話を疑っていると言う訳ではない。楽園からもたらされた情報であれば、信憑性が高いことは理解していた。

 しかし、それでも確証なしに動くことは出来ない。

 モンスターの氾濫が事実であった場合、社会に大きな混乱をもたらす可能性があるからだ。

 深層のモンスターが地上に溢れれば、国家の存亡すら危ぶまれる非常事態だ。

 都市は壊滅。犠牲者の数も万を軽く超えることになるだろう。

 それに信じてもらえるのかと言った問題もある。

 これまでモンスターが自分の意志でダンジョンの外にでたことは一度もない。

 だから、誰もダンジョンの外にモンスターが現れるなど想像もしていない。

 実際アレックスも話を聞くまでは、考えもしなかったことだ。


「この件に関して、楽園の対応をお聞きしても?」

「主様の指示で、モンスターの駆除は継続しております。ただ、氾濫となれば楽園にも影響が及ぶ可能性がある」


 自分たちのことが優先だと話すレギルの説明に、当然だとアレックスも納得する。

 彼女たちの力を借りたいのは山々だが、だからと言って無茶な要求は出来ない。

 無理を言って、これまで築き上げてきた楽園との関係を壊すことは出来ないからだ。

 しかし、希望はあるとアレックスはレギルの話を解釈する。

 優先順位の問題であって、助力をしないと彼女は断言していないからだ。


(いまは各国と情報を共有するのが先か)


 ギルドだけで判断できる話ではない。

 この件は国の判断を仰ぐ必要があるとアレックスは考える。

 まずは大統領と面会して、とアレックスが対応を模索していると、


「そうそう、大事な話を忘れていました」

(――まだ、あるのか!?)


 レギルの言葉に驚きと戸惑いを覚えながら、楽園から接触してくる時は厄介事ばかりであったことをアレックスは思い出す。

 いまから凡そ二十年前。彼が大統領であった頃、楽園からの要望に幾度となく振り回された記憶があるからだ。

 アメリカの国益に反するようなことではなく、むしろメリットの方が多い話ばかりだったが、それでも任期を終えるまでの数年間は胃に穴があくような日々を過ごすことになった。

 惜しむ声がある中で政治家を引退したのは、それが最大の理由と言っていい。


「貴国の同盟国である日本について、調べて欲しいことがあります。お願い出来ますよね?」


 笑顔の後ろに隠された有無を言わせぬ迫力に、ただ頷くしかないアレックス。

 日本は一体なにをしたんだと内心で愚痴を溢しながら、緊迫した会談は続くのだった。

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