第6話 炎雷
「へえ、妹がいるんだ。レミルはお姉ちゃんしかいないから、ちょっと羨ましいです」
「お姉さんって、ユミル様のこと?」
「ユミ姉もだけど、レミルのお姉ちゃんはたくさんいるですよ」
いつの間に仲良くなったのか?
お茶をしながら親しげな様子で談話をするレミルと朝陽の姿があった。
ホムンクルスは構造的には人間と同じ機能を有しているため、魔力さえあれば活動できると言っても食事を取れない訳ではない。二人がいる場所は商業区画にあるカフェで、楽園で働くメイドたちの憩いの場となっているスポットだ。
なかでも人気が高いのが――
「お待たせしました。当店自慢のザッハトルテです」
運ばれてきたホールサイズのケーキに目を輝かせる二人。
店員が切り分けてくれたケーキを、待ちきれないと言った様子で口に運ぶレミルと朝陽。最高級のチョコレートをふんだんに使ったケーキは見た目にも美しく、バランスの取れた程よい甘さで特製のジャムが風味豊かなアクセントを加えてくれる。
街のカフェで出て来るような一品ではない。
しかもそれが〝無料〟で食べられると言うのだから驚きしかなかった。
「まさに楽園ね……」
通貨が流通していないため、楽園での飲食は基本的にすべて無料。
いま朝陽が身に付けている洋服や下着も、レミルに案内された店で選んだものだ。
勿論、代金を払っていない。この国では、すべてが無償で提供されていた。
まさに楽園だ。しかし、完全な平等など存在しないと言うことは地球の歴史が証明している。
いま二人が口にしているケーキも、料理をする者がいなければ食べることが出来ない。配膳を担当している店員だって、本来であれば労働に対する対価が必要なはずだ。
しかし何もかも無料では、仕事をせずに生きていくことだって出来る。そのあたりをどう解決しているのかと朝陽は疑問に思い、レミルに尋ねてみるが――
「仕事? お姉ちゃんたちは自分のやりたいことをしているだけですよ?」
「……どういうこと?」
「うーん。なんて言えばいいですか? ご奉仕?」
要領を得ないレミルの説明に、益々困惑した様子を見せる朝陽。
理解できないのも無理はないが、そもそも前提を朝陽は間違えていた。
人間のように見えるが、彼女たちは人ではない。偉大な錬金術師によって創造されたホムンクルスなのだ。
その行動原理は〝
主に尽くすことを至上の喜びとし、主の喜ぶことを考え、主のために研鑽を重ねる。
この街すら主に不自由な生活をさせないために造られたものだと言うことを理解しなければならない。すべてが無償で提供されているのは、そもそも奉仕することが目的で対価を必要としていないからだった。
いつ主に求められてもいいように、各々が研鑽に努めた結果の一つが朝陽の口にしたケーキと言う訳だ。
「みんな、お父様に喜んで欲しくてやっているだけです」
「……お父様?」
混乱しているところに追い討ちを仕掛けるかのように、燃料を投下するレミル。
これまでの会話の流れから、なんとなく察したのだろう。
嫌な予感がしながらも、朝陽は答え合わせをするかのようにレミルに尋ねる。
「……もしかして、王様のこと?」
「レミルは、お父様の娘なのです」
今日一番の衝撃に、朝陽の口から悲鳴のような声が漏れるのだった。
◆
「これ、お父様から預かってきたです」
レミルから手渡されたのはベヒモスとの戦いで破損したはずの装備だった。
ミスリル製の長槍にオーガの皮で作った胸当て。同じくオーガの皮で作られたブーツに、キングスパイダーの糸を編み込んだ魔導服。アーティファクトには性能で及ばないが、どれも探索者で得た報酬から朝陽が揃えた一級品の魔導具だ。
Aランクの探索者と言えど、気軽に買い揃えられるものではない。
修復にだすとなると、都心に家が一軒建つほどの金額を請求されるはずだ。
それが新品同然で返ってきたことに驚きながらも、
「……本当にやるの?」
朝陽は本気なのかとレミルに尋ねる。
二人は今、楽園から百キロほど離れた場所にある平原にいた。
空が見えることから、ここがダンジョンの深層であることは察しが付く。
しかし、それなら尚更、朝陽の常識では二人で深層を探索するなど自殺行為でしかなかった。
「はい、です。
一応A級探索者なんだけどと言葉にでそうになって、朝陽はグッと呑み込む。
目の前の少女が見た目通りの存在ではなく、自分よりも圧倒的な強者だと理解しているからだ。
二人が仲良くなった切っ掛け。それは、レミルの謝罪からはじまった。
朝陽が怪我を負ったのは、自分の逃がしたベヒモスが原因だと説明されたのだ。
とはいえ、そんなことを言われても最初は理解できなかった朝陽だが、
「もう、大人しくて!」
いまなら理解できる。
レッドオーガと呼ばれる危険なモンスターが、自分より遥かに小さな少女に捕まって地面に押さえつけられているのだから……。
ベヒモスには劣るが、それでも深層のモンスターだ。A級と言えど単独での撃破は難しく、パーティーでどうにか相手になるかと言った怪物。そんな怪物を素手で抑え込むなど、S級にすら出来るか怪しい。
ベヒモスが逃げだすなんて話は普通であれば信じられないが、この光景を見ればレミルの話が真実だったのだと信じさせられる。とはいえ、そのことでレミルを責めるつもりは朝陽にはなかった。
ダンジョンで起きたことは自己責任が探索者の原則だからだ。
運が良かったから朝陽は生き残った。運が悪かったからパーティーは壊滅した。
ただそれだけのことで、死にたくなければダンジョンに潜らなければ良いだけの話だ。
それでもダンジョンに挑み続けるのであれば、強くなるしかない。
「それじゃあ、放すから頑張るですよ」
レッドオーガの拘束を解き、その場から距離を取るレミル。
すると三メートルを優に超える巨漢が起き上がり、怒りの咆哮を上げる。
近くにいた朝陽に気付くと、レミルにやられた鬱憤を晴らすかのようにレッドオーガは朝陽に狙いを定める。
しかし、
(普通なら迷わず逃げ出すようなモンスターなのに不思議と怖くない)
自分よりも格上だと分かるモンスターを前に、不思議と朝陽の心は落ち着いていた。レッドオーガの発する威圧感など、玉座の間で目にした神の如き王の姿と比べれば、まったく脅威に感じなかったからだ。
しかし、そう感じるだけであって深層のモンスターであることに変わりは無い。
油断をすれば一瞬で命を落とす危険なモンスターだと言うことは理解していた。
それでも――
「大丈夫、私ならやれる」
妹の顔を頭に浮かべ、朝陽は心を奮い立たせる。
準備が整い次第、日本に帰してくれるとユミルは約束してくれたが、せめて恩人に迷惑を掛けずに済む程度には強くなりたいと朝陽は考えていた。
だから、そんな自分の想いにレミルがチャンスをくれたのだと考える。
強くなりたい。
「――ガアアァァァァ!」
「こんなところで死ねない。妹が待ってるのよ!」
生きて夕陽のもとへ帰る。あの子を二度と悲しませないために――
そんな想いを胸に抱きながら、咆哮を上げて掴みかかるように襲い掛かってくるオーガに対して、朝陽はスキルを発動する。
朝陽の身体から発せられた熱が大地を焦がし、穂先に纏った〝炎雷〟がレッドオーガに向けて放たれる。
「――
――迸る閃光。
その直後、空気が爆ぜた。
「え?」
一瞬の出来事だった。
自分でも何が起きたのか理解できない様子で呆ける朝陽。
しかし、土の焼けるにおいと地平線まで続く一本の道。
それが自身の放った攻撃によるものだと気付くのに時間は掛からなかった。
「え、え?」
胸に大きな穴のあいたレッドオーガが仰向けに倒れているのを見て、現実を受け止めきれずに戸惑う朝陽。彼女のスキルは『
しかし炎に雷を纏わせるような真似は出来ないし、これほどの威力を発揮したことはこれまでになかった。
「何がどうなって……」
「この調子で次々いくですよ!」
状況を呑み込めず困惑する朝陽を、次のモンスターのもとへ引っ張っていくレミル。自分の装備が国宝級のアーティファクトに生まれ変わっていることに朝陽が気付くのに、それほど時間は掛からないのであった。
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