第2話 予兆

 肩に掛かる程度の長さのレミルに対して、膝下まで届く長い銀白色の髪。

 吸い込まれるような深い黄金の瞳。モデルのような高身長に丈の長いクラシカルなメイド服が様になる女性。楽園のメイドたちを束ねるメイド長にして、ダンジョンで目覚めた俺が最初に出会ったホムンクルス。

 それが彼女、ユミルであった。


「レミルは?」

「反省が足りないようなので、ダンジョンの〝掃除〟を命じました」


 ダンジョンの掃除と聞いて、心の中でレミルに合掌する。

 この場合の掃除というのは、モンスターの駆除を意味すると分かっているからだ。

 ホムンクルスたちは強い。それこそ人間の探索者どころか、モンスターと比較しても圧倒的に強い。なかでもレミルは別格の強さを持ち、戦闘力だけならユミルに匹敵するほどの実力を備えていた。

 ダンジョンのモンスター程度、レミルにとっては害虫を駆除する程度の容易い作業だろう。

 とはいえ、出来ることとやりたいことは別だ。

 レミルは俺の娘だけあって、面倒な仕事を率先して引き受ける性格ではない。

 それが分かっているから、ユミルも罰としてダンジョンの掃除を命じたのだろう。


「最近は毎日ダンジョンに誰か潜っているみたいだけど、そんなにモンスターが多いのか?」

「モンスターが〝楽園〟の領域内にまで入り込んできているようです」

「なんでまた……確か、魔物除けの魔導具を仕掛けてあったと思うんだが?」


 楽園にモンスターが近寄れないように、魔物除けの魔導具を仕掛けてあった。

 高さ十メートルほどの電信柱のような見た目の魔導具でダンジョンから取り込んだ魔力を常に放出しており、モンスターを寄せ付けない効果がある。これは自分よりも強い魔力を持った相手を警戒し、戦闘を避けようとするモンスターの習性を利用したものだった。

 それを三キロメートル置きに都市を取り囲むように設置していると言う訳だ。


「ダンジョンの活性化に伴い、モンスターが加速度的に増えているようです。まだ対応は可能な状況ですが、じきに楽園のメイドたちだけでは処理が追い付かなくなるかと」


 ダンジョンの活性化によるモンスターの過剰増殖。確かにそれなら魔導具の効果が薄いのも頷ける。モンスターはダンジョンの放つ魔力によって生み出される魔法生命体だ。だから死骸が残らない。ようするに魔石と言うのはモンスターの核となるもので、魔力が結晶化したものと言うことだ。

 だからモンスターを倒せば魔石が残る。ドロップ品と呼ばれる素材も同様で、魔力の強いモンスターは実体を構成する魔力の一部が変質することがある。角のあるモンスターであれば角に魔力を蓄積していることが多く、それが素材として残ると言う訳だ。

 話を戻すがダンジョンが活性化すれば、ダンジョン内の魔力濃度が上昇する。これがモンスターを大量に発生させる鍵となるのだが、同時に空間内に溢れた魔力は魔導具の正常な動作に影響を及ぼす。今回のように魔力で誤認させてモンスターを遠ざける魔導具の場合、効果範囲内の魔力濃度が一定値を超えると十分な性能を発揮できなくなる。


「それでレミルに命じたのか」

「はい。戦闘力だけなら、あの子は私に匹敵しますから。とはいえ、根本的な解決には至らないと思います。レギルの報告によると、地球のダンジョン攻略が進んでいないようです。これほど〝この時代〟の人間が脆弱だとは……」


 想定外だったという風に呆れ、溜め息を溢すユミル。 

 地球には六つのダンジョンが確認されているが、一番攻略が進んでいるアメリカでも深層に到達したばかりで、パーティーが半壊して逃げ帰ったために攻略が停滞しているという状況だった。

 三十年以上が経過した今も、ダンジョンの深層は人類にとって未知の領域となっている。

 ユミル曰く、下層まではチュートリアルで深層からが本番と言うのにだ。

 とはいえ、元々魔法のなかった世界だしな。

 十分な猶予があったかと言うと微妙なところだと俺は思っている。


「ダンジョン内のモンスターは討伐しなければ、その数は増え続ける一方ですから」

「ダンジョンは広いしな……。ここだけならともかく他所の面倒まで見きれないか」


 定期的に楽園のメイドたちが掃除という名の駆除を行っているとはいえ、それはあくまで〝月のダンジョン〟に近い場所に限られる。ダンジョンは広い。深層の下には奈落アビスと呼ばれる領域が更に存在し、無限に続くのではないかと思うほど広大な大地が広がっていた。深層と呼ばれる領域ですら、ユーラシア大陸に匹敵するほどの世界が広がっているのだ。

 すべてを管理するのは楽園のメイドだけでは手が足りないと言うのも頷ける話だった。


 実際これはユミルから聞いた話だが、楽園のメイドたちを創造した錬金術師が生きていた頃は、七つの国がそれぞれのダンジョンを管理していたそうだ。

 いまは痕跡すら見つけることは叶わないが、月の上に緑豊かな王国があったって話だしな。その王国のトップがユミルや楽園のメイドたちを創造した先代のマスター。俺と同じスキルを持つ錬金術師だったそうだ。

 結局、先史文明は滅びてしまったそうなのだが、その時のことをメイドたちは覚えていないと言うし、当時の資料もほとんど残っていないんだよな。だからどうして滅びたのか、これまで活動を停止していたダンジョンが現世に現れたのか、何も分かっていなかった。

 一つだけ『大災厄』と呼ばれる災害が起きたと言うことだけは分かっている。

 それが何を意味するのかは分からないが、文明を滅ぼすほどの災害だ。

 ダンジョンに関係したものである可能性が高いと、俺は考えていた。

 

 ここまで話を聞けば察しの良い人は気付くかと思うが、月を含めた七つのダンジョンは入り口が別なだけで巨大な一つのダンジョンを形成している。深層はそれぞれのダンジョンに対応した七つの領域エリアに分かれているが他の領域に入れないと言う訳ではないので、ここから別の国にあるダンジョンの入り口を目指すと言うのも不可能ではない。実際このダンジョンの構造を利用して、メイドたちは月と地球を行き来していた。

 だから他のダンジョンの管理が上手くいっていなければ、ここ月のダンジョンも同じように影響を受けることになる。

 ようするに――


アレ・・が起きる前兆か?」

「はい。まだ、もう少し余裕はありそうですが」


 ――モンスターの氾濫スタンピード

 ダンジョンの登場する作品では、お馴染みのイベント。

 とはいえ、ダンジョンからモンスターが実際に溢れれば大惨事まちがいなしだ。

 これまで一度も発生していないから、そもそも注意している国も少ないだろう。

 正直どれほどの被害がでるのか想像も付かない。

 ユミルの話では、もう少し猶予はありそうだが――


「いまはメイドたちにモンスターの駆除を頑張ってもらうしかないか」


 その上で各国に警鐘を鳴らすことも含め、ユミルに対応を相談するのだった。

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