第3話 A級探索者
ギルドが認定する探索者の階級は、能力や実績に応じて六段階のランクが設けられている。
最低のEランクでも一般人とは隔絶した力を持ち、高位の探索者ともなれば戦闘機や戦車と言った近代兵器を生身で凌駕する
そのなかでも特に強力とされるのが『ユニークスキル』と呼ばれる能力だ。
ユニークスキルを持つ探索者の数が、国家間の軍事バランスにも影響を及ぼすと評価されるほど稀少な能力。特徴としてその名が示す通り、
そして、日本で確認されているユニークスキルの数は七つ。
その内の一つを所持しているのが――
「みんな無事に逃げられたかな……」
彼女、
サイドテールに結われた明るい髪。大きく胸元の開いた大胆な衣装。見た目はギャルぽく遊んでいそうな風貌に見えるが、世界に五人しかいない〝
十六歳の誕生日を迎えてすぐに探索者の資格を取ってから毎日のようにダンジョンに潜っていて、僅か三年でAランクにまで登り詰めた将来を有望視される探索者の一人であった。
それが出来たのは、彼女が日本に七人しかいないユニークスキルの所持者であったと言うのが理由として大きい。炎を操るスキルの中では唯一無二にして最上位とされるスキル〈
しかし、いま彼女は〝死の淵〟にあった。
右手は肘から先を失い、見た目にも重傷と分かるほど無数の裂傷と打撲の痕が確認できる。土と血に塗れながらフラフラとした足取りで立ち上がるも、絶望的な状況に朝陽の口からは思わず乾いた笑みが漏れる。
「イレギュラーに遭遇したとはいえ、やっぱり無謀だったみたい……」
現在、最もダンジョンの攻略が進んでいるのはアメリカで、その次に中国が名を連ねる中、日本のダンジョン攻略は遅れていた。
他の国から『ダンジョン後進国』と揶揄されるほどで、陰口を叩かれるだけであれば良いが日本のダンジョンを取り上げようとする動きも国際社会では起きていた。攻略が進まないのであれば日本のダンジョンをギルドの管理下に置き、海外から優秀な探索者を募って攻略させると言うものだ。
地球上に六つしか存在しないダンジョン。その価値は計り知れない。
ダンジョンで採取できる資源は今や人々の生活に欠かせないものとなっており、バブル崩壊後、低迷していた日本経済が息を吹き返したのはダンジョンのお陰だと誰もが理解している。
だからこそ、焦りもあったのだろう。
東京郊外の〝鳴神市〟にあるダンジョンの大規模攻略計画が浮上したのは――
国内でもトップクラスの探索者が集められ、実行に移された作戦。総勢三十二名の高ランクパーティーがアメリカに続けとばかりに深層を目指して攻略を進め、そして遂に
世界に五人しかいないSランクがリーダーを務めるアメリカ最強のパーティーが、撤退を余儀なくされたと噂になっていた深層のモンスター――〝ベヒモス〟との遭遇によって、部隊が壊滅するという結果を招いたのだ。
真っ先に命を落としたのは、攻略部隊のリーダーにして『日本最強』と呼ばれていたユニークスキル持ちの探索者であった。
鋭い爪で引き裂かれ、宙を舞う身体。
ベヒモスが口から放つ炎に焼かれ、魔法によって作られた石柱に身体を貫かれ――
モンスターの放つ攻撃で仲間が次々に殺されていく中で、
朝陽は逃げた。
逃げて、逃げて、逃げて――
いま自分がどこにいるのかも分からないほど必死に走って、
逃げ惑う探索者たちの頭上に、巨大な隕石が出現したのだ。
恐らくは火と土の混合魔法だと思うが、ユニークスキルを持った探索者でもこんな魔法は使えない。上級の域を超えた最上位魔法。深層のモンスターの力は、人類の想像を大きく超えていたのだ。
隕石の落下の衝撃で、舞い上がる土砂と土煙。
全身がバラバラになるような痛みと共に吹き飛ばされながらも、辛うじて朝陽は生きていた。
右腕を失い、全身に深い傷を負いながらも立ち上がる。
「脚光を浴びて周りから期待されて、その結果がこれか……自業自得だよね」
探索者になってから最速でA級まで駆け上がった。
最年少のA級探索者として世間の注目を集め、どこかで自分ならやれると調子に乗っていた部分があるのだろう。
理解しているつもりでいて、ダンジョンを甘く見ていた。
その結果がこれだ。
こんなことなら参加しなければ良かったと後悔するが、ダンジョンで命を落とすのは探索者の自己責任だ。誰かの所為にするのなんて間違っているし、今更悔やんでも遅いことは朝陽も分かっていた。
それでも――
「……ダメだ。やっぱり、私はまだ死ねない……夕陽のためにも!」
家族の顔が頭に浮かび、朝陽は決死の覚悟で最後の力をふり絞る。それが例え悪足掻きに過ぎないのだとしても、目的を果たす前に死ねない。最後まで希望を捨てることは出来なかった。
その一週間後、日本では『A級パーティー壊滅』のニュースが大きく報じられるのであった。
◆
「帰りが遅いから何処まで行っているのかと思えば……」
ユミルがベッドの方を一瞥すると、明るい髪の若い女性が横たわっていた。
八重坂朝陽。今年の春、高校を卒業したばかりの日本のAランク探索者だ。
手当は済んでいる様子だが、右腕は欠損したままで痛々しい傷痕が目立つ。
「夢中になってモンスターを狩ってたら、ベヒモスが逃げちゃって」
「それで追い掛けているうちに、この〝人間〟を拾ったと……」
ジロリとユミルに睨まれ、シュンと落ち込んだ様子を見せるレミル。
半死半生と言った状態で運ばれてきた朝陽の傷は、上級の回復薬でも完全に癒やせないほど酷いものだった。
状況から言ってレミルの逃がしたベヒモスが彼女を傷つけたと考えるのが自然だ。
そのことはレミルも自覚しているのだろう。だから、彼女を連れて帰ってきた。
「ベヒモスはちゃんと処分したのですか?」
「それは勿論なのです!」
ベヒモスは巨大な牛のような姿をしていてパワーだけなら竜種を凌ぎ、炎と土の〝最上位魔法〟を操るモンスターだ。
深層領域に出現するモンスターのなかでも上位に位置するモンスターで、下層のモンスターとは比較にならない強さを持つ。レミルがいなければ、朝陽は間違いなく命を落としていただろう。
「経緯は分かりました。マスターに報告してきますから、あなたはここで彼女が目を覚ますまで看ていなさい」
「……はいです」
神妙な態度を見せるレミルを見て溜め息を一つ吐くと、ユミルは部屋を後にするのだった。
◆
「さすがはマスターですね」
レミルが人間の少女を連れて帰ってきた時には驚いたが、椎名の予見した通りに物事は進んでいるとユミルは笑みを漏らす。
その証拠に椎名は僅かな兆候を見逃すことなく〝
ダンジョンが出現して三十二年。まだ一度も〝この時代〟では氾濫が起きていないのにだ。
起きていない現象を想定することは難しい。
仮に警鐘を鳴らしたとしても、ほとんどの国は耳を貸そうとしないだろう。
「我等の造物主の生まれ変わりにして、敬愛と忠誠を捧げるに相応しい御方」
スキルとは魂に宿る力だ。相応しい魂の器がなければ、スキルに開花することはない。
創造主と同じ〝
それは即ち、はじまりにして『至高の錬金術』に等しい魂を持つと言うこと。
暁月椎名はユミルが絶対の忠誠を誓うに足る存在であることを示していた。
「月は満ちた」
神の領域へと到達した錬金術師によって創造された究極のホムンクルス。
彼女の名は――
「これから〝はじまる〟のですね――」
原初の名を持つ〝月の魔女〟は喜びに打ち震えながら、新たな神話の始まりを予感するのであった。
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