第4話 奇跡の霊薬
――ギャルがいた。
なかなかレミルが帰って来ないので素材の採取がてら様子を見に行くかとダンジョン用の装備に着替えていたらユミルがやってきて、「やはりお気付きでしたか」と意味不明なこと言われて〈玉座の間〉に連れて来られたのだ。
すると、小動物にように縮こまって震えるギャルがいたと言う訳だ。
話を聞くと、レミルが拾ってきたらしい。いや、犬や猫じゃないんだから……。
「……おい」
「は、はい!」
緊張を隠せない様子で震えながら、俺の呼び掛けに答えるギャル。
こんなところに連れて来られたら緊張するのも頷ける。それが分かっているのなら、もう少し優しい口調で話し掛けられないのかと思われるだろうが、俺はコミュ障だ。そうでなければ楽園に引き籠もっていないし、学生の頃は基本いつも一人で行動していた。
そんな陰キャの俺からすれば、ギャルなんて人生においてまったくと言って良いほど縁の無い生き物だ。
こちらから関わろうとも思わなかったし、あっちから話し掛けてくるようなこともなかった。
そんな相手に気を遣いながら優しく接するなんて俺には無理だ。難易度が高すぎる。
口調が厳しくなってしまうのは仕方のないことと割り切ってもらうしかない。
「お前は日本人だな。その傷はモンスターにやられたものか?」
「はい……」
レミルがやったのではないかと心配していたのだが、モンスターから受けた怪我だと分かって安堵する。
いや、信じていたよ? レミルはそんなことする子じゃないって。
でも、親として一応は気にしないといけないところだろう。
それに全員がそうだとは言わないが、楽園のメイドたちは人間に興味がない。
嫌っていると言う訳ではないが、そもそも関心がないのだ。
だからダンジョンで人間が死にかけているからと言って、助けて連れて帰るなんて真似はしない。
その点から言うと、やはりレミルは例外だ。
人間味があると言うか、俺は嫌いじゃないけど。
「これを飲ませてやれ」
「……畏まりました」
見ていて余りに痛々しい傷なので〈蔵〉から取り出した〝霊薬〟をユミルに手渡し、ギャルに飲ませるように指示する。ちなみに〈蔵〉というのは〈黄金の蔵〉のことだ。
メイドたちを造った錬金術師が遺した腕輪型のアーティファクトで、俺がユミルから譲り受けた。〈無限収納〉というスキルが付与されていて、亜空間に大きさや量の制限なく様々なものを収納しておける便利な代物だ。
過去に製作した魔法薬や魔導具の多くを、俺はこの〈蔵〉に保管していた。
ちなみにアーティファクトと言うのは、ダンジョン内の遺跡で稀に発見されることのある魔法のアイテムのことだ。先代の錬金術師が生きていた時代――先史文明の遺産で、スキルを付与された魔導具のことを主に言う。
「マスターのご慈悲です。感謝して受け取りなさい」
そう言って震えるギャルに霊薬を手渡し、飲むように促すユミル。
半ば脅しになっているように見えるが、身体に悪い物ではないので許してもらおう。
「傷が治って……え? 嘘、失った腕まで……まさか、
ギャルに飲ませたのは、徹夜で作業する時なんかに栄養ドリンク代わりに飲んでいるものだ。体力や魔力を完全回復するだけでなく、大怪我や古傷もなかったかのように快復してくれる魔法の治療薬だった。
病気には効かないので医者いらずと言う訳にはいかないのだが、便利な薬なので結構な量をストックしている。
「こんな貴重な薬を私に……」
「気にするな。この程度の薬なら腐るほどあるしな」
「……え?」
地球では貴重なのかもしれないが、楽園では余りまくっている薬なので与えても問題ない。
霊薬の材料になる草なんかは深層にたくさん生えているしな。
しかもダンジョン内の素材はモンスターと一緒で、しばらくすると復活するから取り尽くすと言った心配がない。いまは無理でも、そのうち地球でも生産できるようになるだろう。
とはいえ、
「このご恩は必ず返します。私に出来ることなら何でもします。だから――」
それでも恩を感じてくれると言うのなら恩を売っておく。
俺は別に人間嫌いと言う訳ではない。
ただ相手に合わせるのが苦手で、一人でいる方が気楽と言うだけの話だ。
しかし、
「この薬を分けてください。〝妹〟を助けたいんです。お願いします!」
やっぱりギャルは苦手だ。
◆
目を覚ました朝陽が最初に目にしたのは、いままでの人生で目にしたことがないほど絢爛豪華な部屋だった。
天蓋付きのベッドに三十畳はあろうかという広い部屋。目に付く調度品の数々も一目に高級なものだと分かる。
何より目を覚ますと傍にいたメイド服の少女に朝陽は目を奪われた。
歳は妹と同じくらいだと思うがこの世のものとは思えないほど美しく、その人間離れした容姿は同じ女性の目から見ても溜め息が溢れるほどであったからだ。
そんな少女に案内されて向かった場所も、朝陽の常識を崩壊させるような光景が広がっていた。
踏みしめる赤い絨毯。教会の大聖堂のように高い天井。柱や扉に施された装飾は細かく素人目にも見事なものだと分かる。
更に天使と悪魔が描かれた重厚な扉を開くと、そこにはメイドの少女と並び立っても遜色のない美貌を持つ銀髪のメイドたちが横一列に並んで立っていた。
生きた人間ではなく人形なのではないかと思うほど美しく、眉一つ動かさずに静止した様は不気味さすら覚える。
緊張から逃げ出したい気持ちを抑えながら進んだ先で朝陽が目にしたのは――〝王〟であった。
(こんなの〝S〟級でも……)
一目で彼こそが、この異様なメイドたちが忠誠を捧げる〝王〟なのだと分かった。
フードで隠れていて顔はよく見えないが、全身をアーティファクトと思しき装備で固め、神と見紛うほどの威圧感を放つ存在。世界に〝五人〟しかいないとされるS級の探索者でも、ここまで非常識ではないと断言できる。
モンスターに追い詰められ、死を待つだけだった自分がどうして生きているのか?
すべてを理解して、朝陽は考えることをやめた。
(目の前の存在がダンジョンのラスボスだと言われても驚かないわよ……)
これだけの力を持つ存在だ。周りのメイドたちも尋常ではない実力者だと想像が付く。目的は分からないが、恐らく自分は死にかけていたところを彼等に助けられたのだろう。
彼等ならダンジョンのモンスターなど相手にならないと言うことが分かるからだ。
そんな抵抗する気力を失い判決を待つ囚人のように震える朝陽に、目の前の〝王〟は想像もしなかった慈悲を施す。
「傷が治って……え? 嘘、失った腕まで……まさか、
中学三年生の秋。朝陽が修学旅行で家を空けている時に〝事故〟は起きた。
東京の郊外と都内を結ぶモノレールの鉄橋が崩れ、乗客八十七名が死亡する大事故が起きたのだ。事故の原因は未だに分かっていないが、その事故で朝陽の両親は帰らぬ人となった。
妹を連れて東京郊外にある祖母の家へ向かう途中だったらしい。
不幸中の幸いは妹だけでも助かったことだろう。
しかし一命を取り留めた朝陽の妹も、両足を切断するという大怪我を負った。
妹の夕陽は運動が好きな子だった。
小学生の頃からジュニアのサッカークラブで頑張っていて、いつか有名な選手になってオリンピックにでると夢を語っていた。
しかし、そんな夕陽の夢はもう叶うことがない。
両親が亡くなって自分だけが生き残ったという現実。
もう元の生活に戻ることが出来ないのだと理解し、諦めた表情。
本人は心配を掛けまいと明るく振る舞っていたが、誰もいないところで妹が泣いていることを朝陽は知っていた。
だから探索者を目指すことを決意したのだ。
奇跡の霊薬とも呼ばれる魔法の治療薬。
死んでいなければ、どんな〝怪我〟も治すと噂される薬。
――エリクサーを見つけて、妹の足を治すために。
死んだ両親は生き返らない。でも、せめて妹にだけは幸福な人生を送って欲しい。
そのために朝陽は祖母の家に引き取られた後、高校に通いながらダンジョンに潜り続けた。
幸いユニークスキルに目覚めたことで、高校卒業までにAランクに昇格することが出来た。
自分でも順調だったと思う。しかし、その慢心と油断が最悪の結果を招いた。
未知の領域へと到達するため、ダンジョンを攻略すべく集められたパーティーは壊滅。
仲間を大勢失い、朝陽も命を落としかねないほどの大怪我を負ったのだ。
もうダメだと思った。すべてを諦めかけていたのに――
「このご恩は必ず返します。私に出来ることなら何でもします。だから――」
探索者を続けてきた理由。追い求めてきたものが目の前にあった。
いまの自分に出来ることは〝王〟の慈悲に縋ることだけだと、瞬時に理解した朝陽は額を床につけ懇願する。
対価に魂を捧げろと言うのであれば、差し出す。
奴隷のような扱いを受けようと望んだものが手に入るのであれば、どんなことだって受け入れる。
「この薬を分けてください。〝妹〟を助けたいんです。お願いします!」
あの子を――妹を救えるなら、魔王にだって魂を売る。
それが、彼女に残された最後の〝希望〟であった。
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