花火と嘘
1
「んご、先客がいるンゴ」
小太りで清潔感のない男性が独り言を呟きながらこちらに近づいて来た。私はセーターの裾で目を拭うと、携帯を触るフリをして難を逃れようとした。
「お隣いいか?」
まさか、話しかけてきた。どうやら、隣のブランコに座るらしい。私は「いいですよ」と軽く会釈をすると、男性は「んごー」と言いながらブランコを勢いよく漕いだ。今すぐ逃げたかったが、私の体は
「なんか悩みごとでもあるんか?」
タイムリーな1番の悩みはあなただよ。私はそんなことを言う度胸もないので、首を振って返した。
「kwsk話してくれや。高校生が海の見える公園で夜中にブランコ。悩み事がないわけないやろ」と、男性は探偵にでもなったかのような顔をしている。
「じゃあ、私の悩みを当てられたらお話しぐらいしますよ」と冗談半分で私が言うと、男性はブランコを止めて、空に浮かんだ月を眺めた。
「そのセーターは
「...正解です」
私は思わず、そう答えてしまった。まとのど真ん中を突くように、この人の発言が私の心臓に突き刺さった。
「オジサンにも青春の話しを聞かせてくれや」
不衛生なオジサンはブランコをギコギコと漕ぎながら言った。私はため息を吐き、しぶしぶ学校の話しを始めた。
「私は文化祭のダンスイベントを担当しています。文化祭終了の音楽に合わせて社交ダンスをするのです」
「ええなぁ。ミュージカルみたいや」
「私もイベントの運営が楽しくて、いよいよ本番を迎えるだけなのですが、私のロッカーに脅迫状が届いていたのです」
「ほう、kskst」
「"文化祭のダンスイベントを中止しなければ、お前を殺す"と手紙には書いてありました。だから、イベントを中止するか悩んでいたのです」
「ダンスイベントは誰かに反対されたんか?」
「いいえ。私の学校では文化祭の社交ダンスは毎年恒例のイベントです。だから、生徒も全員がそのダンスを承知しているはずなのです」
不衛生な男性はブランコを漕ぐことを止めて、腕を組んで考え事を始めた。知らない人に話すほど、私は追い込まれていたのかもしれない。けれど、今は彼よりも
2
「今回依頼されていた、
僕はワイさんが集めてきた資料を机の上に並べた。放課後に1人でブランコに乗る写真。男の人と楽しそうに話している写真。文化祭のイベントを真面目に仕切っている写真。どれも容姿端麗な彼女に似合うキリッとした姿だった。
「ありがとうございます!仕事が速いですね!」
「黒音さんはどうして、天崎さんを追い込もうとしているのですか?」と僕が尋ねると、彼女はムスッと顔をしかめながら応えた。
「初花ちゃんには幼馴染の
黒音さんは自分の正しさを主張するように言った。この子は一歩間違えば人を殺しかねないと思った。すると、ワイさんが白い湯気の立つマグカップを持って客間にやってきた。ワイさんは最近、ココアにハマっている。
「イッチも強迫なんて面倒臭いことよくするんごね。ワイならもっと別の方法をとるんご」
彼女は何かを思いついたのか、ワイさんの言葉を聞くと、空から宝箱が降りて来たような顔をして、瞳をキラキラと輝かせて笑った。ワイさんに悪気はないのだろう。けれど、若い魔女にそれは通じない。彼女は出したお茶も飲まずにそのまま事務所を颯爽と出て行ってしまった。この事件をきっかけに事務所が潰れないことを僕はただ願っていた。
3
文化祭当日の昼に放課後の教室に来てくれと由良に呼び出された。私は社交ダンスのイベントがあったため、行けたら行くと
「暇なら今夜、俺と踊ってくれませんか?」と横から俊太の声がした。私は振り向き、小さく頷いた。そして、彼の手を握られたまま、放送室を後にして校舎の方へと向かった。運命の人はこの人なのかもしれない。
4
文化祭の余熱を10月の夜風が北へと
「ほら、やっぱりじゃん」
私の小さな声は壮大なクラシックの音楽にかき消された。あの子を守りたくて必死になっただけなのにな。
神様なんていない。いても私達の味方じゃない。だからなんだと言うこともないが、ただ今はこの誰も救われない世界で、必死に生きるしかないのだ。悔しさで立ち上がる気にもなれなかった。
「1人か?」
「キモブタさん...」
例の探偵がポップコーンを食べながら教室に入って来た。クチャクチャと音を立てながら、指についたキャラメルソースを舐めている。
「1人で悪いですか」
「そうか。元気そうやな。暇そうやし、ワイとダンスせんか?」
「何でそうなるんですか。...私に着いてこれますか?」
「ダンスは得意や」
今日は散々な日だった。でも、キモブタさんと踊る下手くそなダンスはここ最近で1番楽しくて、久しぶりに笑った気がした。
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