少年とウサギ
僕はY探偵事務所で働く小説家だ。今日はツンツン頭の男子中学生が依頼人として事務所に来ている。
「今日はどのようなご用件や?」
ワイさんは淡々と業務をこなしていく。彼からはお金こそ頂いているが、中学生の相談などとあまり期待していないのがワイさんの本音だろう。
「俺の通っている中学校ではくっきーという名前の子ウサギを5年前から飼っていました。そのウサギが
彼は淡々と抱える問題を話してくれた。飼っていたウサギが死んだのにやけに冷静だなと僕は思った。
「その前にあなたのことを教えてもらえませんか?」と僕が尋ねると、彼は快く頷いて話してくれた。
「
「OK、スペックはそのぐらいでええわ。あとは事件のことをkwsk」
「詳しくお願いします」と僕が翻訳すると、大西くんは怪訝そうな顔をして話しを始めてくれた。
2
一昨日の朝のことです。俺は飼育委員だったのでウサギにエサを与えるために7:30ごろに小屋へ行きました。そのときのウサギはいつも通り元気で、お尻を振りながら俺の後ろを着いて歩き、無我夢中にエサを頬張っていました。
「お世話をするのはイッチだけなんか?」と不衛生な方の探偵がツバを飛ばしながら言って来た。
「イッチ?」
「いつも頑張っている中学生を略してイッチです」と隣の横浜流星くん似の男性が微笑みながら言ってくれた。説得力があると思った。
「はい。他の飼育員の人は雑な作業をするので、いつも俺がしています」と彼に返すと、小汚い探偵が頷きながら、事件の話しの続きをするようにと顎を使って
事件があったのはその日の昼休みです。その日の給食は俺がもっとも苦手なシチューだったので、昼休み中もずっとご飯を食べていました。すると、友人の
「実は犯人について心当たりがあります」
「ほう?それは誰や?」
「クラスメイトの
「kwsk」
あの2人は普段からウサギに悪さをするので迷惑だったんです。エサではない雑草なんかを食べさせるような奴らでした。その日も絶対に何かしていたと思います。その証拠にウサギの死体を発見したのがあの2人だったのです。俺が小屋に着いたときにはウサギはすでに硬くなり始めていて、
「日頃の行いが悪いから、その2人が犯人だと疑っているんですね?」と清潔感のある方の男性に尋ねられたので、俺は静かに頷いた。
「イッチ、嘘はもうええんやで」
横で探偵がまた口を開いた。この人はさっきから何がしたいのだろうか。
3
ワイさんがまた何かおかしなことを言い始めた。けれど、僕はワイさんの言うことを信じるしかできない。固唾を飲んで2人を見守った。
「ウサギなんて言わんでもええんや。くっきーって名前で呼んであげや」
少年は首を傾げる動作を見せつつも、小さく肩を震わせていた。すると、彼の目尻から我慢していたものがはち切れるように一滴の雫が垂れていった。縛られた感情が解放されていくように見えた。誰にも言えない悩みが彼にもあったのかもしれない。
「男のくせにウサギの世話をしているだなんて、思春期の男子がバカにしそうなことやもんな。やられた側の気持ちはワイにはよく分かるやで」
いつになく、ワイさんが真剣な表情をしていた。ワイさんにも辛い過去がある。だからこそ、今は彼に真剣に向き合っているのかもしれない。
「くっきーを殺した犯人を探すために高い金を払って来てくれたんや。よっぽど、くっきーのことが好きだったんやな」とワイさんが言うと、少年は俯いたまま、何かを話し始めた。
「くっきーはよく鳴くウサギでした。エサがないと朝から靴にくっついてぷぅっと鳴くんです。
ボールのオモチャを見つけると、いつも俺のところまで持って来て遊ぼうとねだるんです。俺はくっきーといる時間が楽しくて。だから...」
「くっきーの死が信じられなくて、北里くんと南くんを疑いたくなった」僕も熱くなる目頭を堪えながら彼のことを見た。
「はい...。アイツらが犯人ですよね?」
「いや。それは違うんや」
「え?」
「くっきーはおそらく寿命で亡くなった。ウサギみたいな草食動物の習性で肉食動物に襲われないよう病気を我慢して隠して生活する癖がある。だから、イッチもくっきーの異変に気づけんかったんや」
「じゃあ、あの2人はなんで小屋に来ていたんですか?」
「本当にウサギを殺したのなら、先生に報告なんてせずにすぐに逃げるやろ」
「それは...」
「たしかに、あの2人を疑いたい気持ちは分かる。でも、不必要に人を疑うことは誰かを傷つけることになるやで」
「でも、くっきーは誰かに殺されて、最後まで苦しくて...」と大西くんの目から涙が土砂降りのように降ってきた。僕も心が痛くなる。
「動物は大好きな飼い主に会うために、玄関などの入り口の前で主人の帰りを待つ習慣がある。くっきーもイッチに会いたくてイッチの到着を待っとったんやで」
「くっきー...」
彼は机の上に顔を伏せてしまった。肩の震えがブルブルと止まらずに、耳が真っ赤に染まっていく
「最後の朝、いっしょに遊んであげたらよかった」
「ちゃんと、くっきーのお墓に会いに行くんやで」
「...はい!」
大西くんは顔を上げると、頬に何重もの涙の跡が残っていた。そして、彼は僕が出したお茶を一気に飲み干すと、「ありがとうございました」と深々と頭を下げて、事務所を後にした。今からくっきーの墓に行くらしい。まだ完全に立ち直ることはできていないが、
4
「自然死でよかったですね」と大西くんが飲んだコップを洗いながらワイさんに話しかけた。
「犯人は北里くんと南くんやで」
「え...?じゃあ、嘘をついたんですか...?」
「ウサギはおそらくシチューに入った玉ねぎを食べさせられたんやろうな。5年前から飼い始めた子ウサギが寿命じゃまだ死なんやろ」
「じゃあ、なんでウサギは入り口の前で死んでたんですか?」
「あの2人が入り口まで移動させたんや。動物が死ぬ時は自分の1番居心地のいい場所で死ぬ。人のよく通る入口で死ぬことはまずありえんやろ」
「じゃあ、なんでその2人はくっきーを移動させようとしたんですか?」
「ウサギの死体を誰かに見られたくなかったんだろう。
「そんな...。じゃあ、大西くんに本当のことを言わなくてよかったんですかね?」
「さあ、ワイには正解が分からん」
そう言うと、ワイさんは組んだ腕を解いて、コップに残ったブラックコーヒーを飲み干した。
「でも、神様は誰も救ってくれんのやで」
そう言って、ワイさんは自分の部屋に帰って行った。その背中がいつもよりもちょっぴり大きく感じて、妙に頼もしく、寂しそうにも見えた。
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