3分ミステリー 〜 キモ豚ミステリー 〜

古澤 ぶんた

遺言書と花束

 1

 

 僕はY探偵事務所ワイたんていじむしょでバイトをしてる小説家志望の大学生だ。オーナーであるワイさんの身の回りのお世話をしている。ワイさんは探偵としてはとても優秀なのだが、その性格やだらしなさはどうも、人ならざる異常さを感じる。昨日買ったばなが白いほほほこりめていた。まったく、40代になった大人とは考えられない。


「んごぉ!腹立はらたつンゴ!腹立つンゴ!」


 どうやら、今日もレスバで負けたらしい。仕事が来ない日はいつもパソコンに向かって誰かと闘っている。ろくに運動もしないから最近は腹が出てきているし、髭も髪も伸びっぱなしだ。


「ワイさん、お客様がいらしてます。20代前半の若い男性です。客間にいらっしゃいます」


「んご、さんがつ」


 そう言って、ワイさんは最近買ったキャラクターもののTシャツに着替えるとお客様の待つ客間へ入り、正面の席へと座った。本日のお客様は地域のごみ収集員として働いている20代の男性だった。整った容姿に反して、身につけている毛玉の絡まったパーカーやい目のほつれたダウンジャケットが彼を安値で売り出しているように感じた。僕は少し残念なタイプなイケメンだと察した。


「今日はどうされましたか?」と僕が尋ねると、男性はふかいい顔のりに灰色の影を落とした。


「実は先日亡くなった妻の遺品の中からこんな手紙が見つかりました。この手紙の解読かいどくをお願いしたいのです」


 男性はカバンからクリアファイルを取り出すと、僕とワイさんに見えるようにそれをテーブルに広げた。


"白 3918"


と、手紙には書かれてある。ワイさんは興味を持ったのか前屈まえかがみになってその手紙を見つめながら「奥さんのこと教えてクレメンス」と言った。男性は不思議そうにワイさんの顔を見たあと、横で頷く僕を見て納得なっとくしたのか奥さんの話しを始めてくれた。


「妻の川尻かわじり 春江はるえは僕よりも21歳ほど年上の女性でした。最大手さいおおての花屋の女社長として有名な彼女でしたが、昨年に腎臓癌が発見されて46歳という若さでこの世を去りました」


「ご愁傷様しゅうしょうさまです」と頭を下げる僕の横でワイさんが口を開いた。


「イッチは何で21歳も年上の女性と付き合ったんや?」


「イッチ?」と聞き返す彼に僕は「依頼設置人いらいせっちにん略してイッチです」とテキトーに返した。彼はそんなものかと聞き流してくれるようだった。


「年上が好みだからです」と彼は胸を張って言い放った。


「そうでしたか。好みは人それぞれですもんね」と、社交辞令しゃこうじれいはさむ僕を見捨てるように横でワイさんが手紙を指しながらまた質問を投げた。


「この数字に心当たりはないか?」


「それが全くないのです」


「それじゃあ、イッチと奥さんが出会ったのはいつ頃や?」


「7年前です」


「なるほど」


「それだと、出会った時の年齢がヒントになるのかもしれませんね。7年前だと奥様が39歳、川尻様が18歳になりますから。ちょうど3918になりますよ」


 僕はそう言いつつ、手元のパソコンで川尻 春江様の名前を検索にかけた。すると、1番最初にヒットしたページが(株)ダリアという大手の花屋さんのホームページだった。どうやら(株)ダリアの社長が川尻 春江様だったらしい。21歳年上の女社長と付き合う若い男性。周囲の視線はおだやかではないだろう。


「ちなみに奥様の誕生日はいつですか?」とワイさんが僕のパソコンをのぞきながらたずねた。


「8月8日です」


「なるほど...。では、奥さんとの結婚記念日けっこんきねんびについて覚えてますか?」


「ええと、たしか3月9日です」


「ほうほう。サンガツ、イッチ」とワイさんは言って、ソファーに深くこししずめてうでを組んだ。


「奥さんとの出会いは何だったのですか?」と僕がたずねると、川尻さんは後頭部こうとうぶをポリポリと掻いた。


「恥ずかしい過去なのですが、彼女と出会った当初の僕は売れない俳優として少々やさぐれていました。そんなときに先輩に呼ばれたパーティーで知り合ったのが花江さんだったのです」と、川尻様が言い終わると、ワイさんは間髪かんぱつを入れずに唐突とうとつな質問を投げた。


「なるほど。イッチは奥様に不安を抱いていたんじゃないか?」ワイさんは組んだ腕を解きつつ、顎を触りながら言った。ワイさんはいつも急に話しを進める。そんな彼に僕はすでに慣れてしまっていた。


「分かるんですね...」と返した川尻様の顔は苦しんでいるようにも肩の荷が降りたようにも見えた。


「お金はたくさんあるはずなのに、着ている衣服はどれもプチプラで買えるものを使い古している。奥様と付き合うことを財産目当てと言われることが悔しかったことの裏返しやないんか?そして、その悔しさは次第に奥様自身もイッチを金目当てと疑っているのではないかという疑念に変わった。違うか?」


「はい...合ってます」


 ボロボロと彼の湿った瞼から滴るように、涙が落ちていった。酷く傷ついた心をそっと隠し続けてきたのかもしれない。僕とワイさんは彼の話しを聞くことにした。


2

 僕は本当に妻のことを愛していました。並ばれた花すら見劣りするまでに、彼女は綺麗な女性でしたし、花屋の社長として活躍する姿も尊敬しています。ただ、だからこそ、そんな彼女の隣にいる自分が常に情けなかった。僕は俳優になるという夢を諦めて、捨てられた生ゴミを集める日々を送っている。けれど、それに反して彼女はカリスマとしてどんどん高いステージへと登って行く。別の階級の人だと思っていました。そんな関係だったから、僕が彼女の愛を信じられなかったのにも納得がいくと思うのです。いつか僕が年老いて枯れ果てたときにはゴミ袋に詰められて捨てられるのかもしれない。そんなことばかり考えていたのです。それに、周りの視線も冷たかった。僕は夢を諦めて1人で自立できるような再スタートを切る努力したはずなのに、口を開けば財産目当ざいさんめあてとコソコソとうわさされる始末しまつ。彼女は自分とは不釣ふつり合いで、何度も別れたほうが楽なのではと思いました。でも、僕はバカだからずっと彼女のことが大好きでした。クシャッとしたみもクロスワードパズルが得意なところも、うなじから香る紅茶のような香水の匂いも全部大好きでした。だから、僕はイバラの道を選びました。たとえ、彼女に財産目当てと思われても、本当に愛してもらえなくても、一方的でいいから、片思いでいいから、ずっとそばに居させて欲しかったのです。だけど、僕の想いは彼女に届いていたかは分かりません。この結婚はずっと僕の一方的な


「それは違います!」


 変な口調だった探偵さんが急に立ち上がりながら言った。僕は動揺して背もたれに倒れかかると、助手さんが探偵さんを落ち着かせるように席へと戻した。


「奥様は絶対にイッチのことを愛しとったんや!その証拠として、奥様の遺言である数字の意味について説明するわ」


 そう言って、探偵さんは熱い視線を僕に送った。正直、僕も遺言の数字にはいくつか思い当たる節があった。1つは先ほど助手さんが話していた2人が出会った年齢。もう1つは僕の誕生日である...


「イッチの誕生日は1月8日やな?」


「はい。そうです」


 そう。僕の誕生日である1月8日と結婚記念日である3月9日を合わせた3918だ。だが、この2つの日付から何が言いたいのか僕には全く分からなかった。だから、この探偵事務所をおとずれたのだ。


「花屋であるイッチの嫁らしい遺言や。3月9日と1月8日にはある共通点がある。それが...」


誕生花たんじょうかですか?」と美味おいしいところを助手さんが持って行って、探偵さんはどこか不機嫌ふきげんそうな顔をした。けれど、探偵さんはそのまま説明を続けてくれるようだった。


「そうや。3月9日と1月8日の誕生花は同じ花。その花が奥様の会社の名前でもあるダリアの花だったんや」


 ダリア。たしか彼女が1番好きな花だった。僕のベッドの上にもかざっていた花だ。けれど、ダリアと今回の遺言の何が関係しているのか。僕には分からなかった。それを探偵さんに尋ねようとすると、彼は耳を真っ赤にしながら何かを堪えているような顔をしていた。室内の蛍光灯に照らされて、目から銀色の水滴がこぼれ落ちる。探偵さんは息を震わせながら僕たちに話しを続けてくれた。


「そうや。そして、白 3918の白はダリアの中の種類を意味しとった。要するに、白のダリアをイッチに伝えたかったんや」


「ええと、つまり、白のダリアはどういう意味なんですか?」と考えがまとまらない僕の感情を代弁してくれるように、助手さんが応えてくれた。白のダリアが妻の愛を証明する役に立つ。


「ここからはワイの想像やけど、聞いて欲しい。白のダリアの花言葉や」


「その意味は何ですか?」と瞬発的に尋ねていた。探偵さんは目尻に水分をいっぱいに溜めながら、ゆっくりと話してくれた。僕はその声が花江の優しい声で耳元で熱く流されるように感じた。


「好きになってくれてありがとう」


 耐えられなかった。ボロボロとこぼれ落ちる水滴すいてきが膝の上で優しくはじけていく。本当に、疑ってごめん。僕はけっきょく、自分に自信がないから彼女を疑ったのだ。もっと、あのとき彼女を疑わずに、一緒に過ごす時間を楽しめていれば、こんな、想いはしなかったはずだ。


「ごめん。花江。ごめんよ。花江...」


「イッチ。それは違うで」と鼻を赤くした探偵さんが僕にハンカチを渡してくれた。薔薇のような香りのするハンカチで腫れた目を拭った。


「奥さんはそんな言葉を望んでないやろう」


 たしかにその通りかもしれない。僕はかすれた声で今のおもいのままに手紙に返した。きっと、どこかで花江も聞いてくれているのだろう。


「こちらこそ、ありがとう。大好きだよ」



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