第二章「親指下げる?中指立てる?」第五話

『この町は、自分達は、このまま蹂躙されてしまうのか?』

 町の大通りを我が物顔で行進するユキオ達を前に民衆、倒された兵士、引きこもっていた冒険者達の誰もがある切っ掛けで全力逃亡と言う名の大パニックが起こるのは違いなかった。

「あっ!」

 そのきっかけが…ユキオ達の目の前に飛び出して転んだ幼女だとしたら…

「……」

 手を上げて行進を止める様に指示して、それに応える様に動きを止めた魔物達。その統制は目を見張るものではあるのだが傍から見れば「何時破裂するか解らない物」でしか無く破裂すれば…考えたくも無い。

 そんな者達が動きを止めてユキオが静かに幼女に近づいて屈んだ。

「っ!…うっ!」

 今になってだろうか?自分のした事に気付いて恐怖に震えて固まりユキオを見上げる幼女がそこに居た。

 ナニされる?いやそれより先に殺される!

 という恐怖に一番震えて発狂しそうになっていたのはその母親だろう。だがその気持ちが強すぎてなのか体は震えているが動けなくなっていた。

「…ハクト」

 そんな空気を壊すきっかけは後ろに顔を向けて声を掛けるユキオだった。

「何ですか?」

 言われて近づいてくるハクト。ユキオに問いかけると目で幼女を指すのと同時に親指で背中を指した。

「…良いのですか?」

「ハクトがええなら」

「…はい」

 ハクトとしては断る理由は無かったのだろうか?笑顔でそう言ってユキオと差し替わる様に幼女に近づいた。

「…失礼しますね」

 やっぱりイケメンだからか?それとも聖獣としての雰囲気からなのか態度が軟化したように思える幼女にそう言ってお姫様抱っこしたハクト…そして。

「っ!」

 突然ハクトの体が輝いて、彼に抱かれていた幼女はその光りの中に消えたと思った次の瞬間そこにあったのは…

「…え?」


『白馬の上に跨る幼女の姿』だった。


「大丈夫ですか?」

「え?…う、うん」

 何が起こったのか解らない、だが今自分は白馬の上に乗ってその白馬が声を掛けて来た、自分でも解る言葉で。それはそのまま周りの誰もが解る言葉でもあった。

「母親はおるか?代わりの誰かでもええ!」

 それを確認してユキオは周りに声を掛けた、一連の出来語のおかげなのか母親が近づいてきた。

「うちの子には…」

 縋る様に、助けを求める様に母親が言ってきたがユキオには最初からそのつもりは無く代わりにと耳打ちした事に驚いて…頷いた。

「よし!行進の続きや!」

 幼女を乗せた白馬を先頭に、その側に母親が寄り添ってその後ろにユキオと他の皆が付いて行き、その中で空気が少しづつ変わっていった。


 町の半分を過ぎた頃だろうか?不意に女を吊るしあげていた綱が切れて床に倒れ込む女が居た。

「え?…え?」

 いきなりの出来事に何が起こった解らなくて周りを見ていると門の外にゴブリンが一匹…そして…

「グアッギウ!」

 こっちを確認した事に気付いてから中指を立ててそう言った。そこから何の意味で何を言ったのかは察するに易いだろう、そしてゴブリンが門を抜けて走って行くのを追いかけていく先にあったのは行進する彼らと…白馬だった。

(…何…何なの?…)

 動揺と衝撃ばかりが体を駆け巡る、その中でのその光景は…思えば彼女に対しての留めとなった。

 その光景…白馬に乗る幼女…その様子を見ている中で…彼女は思ってしまった…

(何よ…これじゃあまるで…「私が自分の手で白馬の王子様を拒絶した」みたいじゃない)

 どこを見てなのか?それとも単に白馬を見ただけで思ったからかもしれない、だがそう思ったのは事実だった。

『まるで醜悪な物に情けをかけられ、高貴な物を遠ざけた』とその一点が浮かぶや否や彼女の中で一気呵成に膨らんで駆け巡り…

「…ふ…ふふふふふふふ……」

 その時、彼女の中で何かが壊れた。

 涙を流し、笑みを浮かべて笑う事を止めずその光景から目を逸らす事無く、それが向こうの門を越えて見えなくなっても辞める事は無く、それを見た吊るされたままの他の仲間達は戦慄と恐怖を叩きつけられ続けるような時間が続いた。


 あの時、あんな態度をしなければ。いや、したとしてもその相手があいつで無かったならこんな事は起きなかっただろう。だが「してしまった」その一点から転がり落ちて至った今に誰もが打ちのめされるだけだった。

 そんな彼らが助かったのは何時なのかは誰も知らない?興味も無いのかもしれない、間違いなくあったのはそんな彼らの光景は少なくとも日が沈むまでは続いたという事だけだった。


 その後、正確にはユキオ達が去った後になるのだが…

 発狂してしまった彼女は養生の為に故郷へ帰り、仲間達は今までの事の為の居心地の悪さに耐えられず出て行き、またすり寄っていたこの町での富裕層も明日は我が身と戦々恐々の果てに一つまた一つと町を出て行き。

 後に残ったのは…傍目には「活気と稼ぎ所を失ってさびれた町」だが実際は「押さえつけられて鬱屈した物を完全に払しょくした町」で。

 その後しばらくの間は不思議な事にその町の人間もゴブリンもワイルドボアも仲良く過ごしていたという。


 それが終わる時は早かったのだがその時の空気と安寧を忘れる事は無かったという。

 その前からその後もその町に居続ける人間達も、結果追い出される形になってしまった魔物達であってもだった。


 続

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