第二部「献血士、吼える!」

第一章「決意とは?と叫ぶ者あり」

第一章「決意とは?と叫ぶ者あり」第一話(第二部第一話)

『セーバの町』

白馬になったハクトの背に乗って走っていると(聖獣ゆえなのか名馬クラスに速く、それでもしがみつくのがやっとという程でも無いという快適さだった。何だかんだで気遣って走ってくれていたのかもしれない)日が沈もうかとしている位に町が見えて来たのでその手前でハクトは人の姿に戻り、入口であろう門でギルドカードを示した事でパスとなって中に入った。

その日はハクトを気遣ってと言う部分もあり宿を探して休む事を決めたユキオに二人は従い、時間的余裕があるのか宿はすぐ見つかった。


 その夜…この町でも混浴が基本らしく結果的には三人が同じ時間に入る事になった…当然裸で。

「っ!」

当然だがまだ慣れてない、それも別人の「間違いなく美女扱いされる存在の裸」を目の前にして咄嗟に身構えてしまうユキオがそこにあった。

「どうしたの?」

「いや、その…実はこういうの慣れてへんのよ」

「混浴で入る事が?」

「まあせやね…」

「ふーん…」

そう言われても意に介さず近づいてくるフラン。

「ユキオって…どこかのお坊ちゃんだったり?」

「え?…そんな事無いよ?」

そうじゃ無い事はハクトから聞いていた、そして実は最初に風呂に入っていたのはハクトとフランでユキオが後から入って来たのだが…後ずさりで出て行こうとしたところを先に回り込んで塞ぎ、それでも逃げようものなら胸を押し付けてでも羽交い絞めにして逃げられない様にしようとまで思っていた。

現状は羽交い絞めまでは行かないが回り込まれて逃げられない状態でにじり寄られている状況である。

「ただ…その…」

「…ハクトから聞いてるよ?そう言う理由って事で良い?」

「え…」

そう言われてハクトに視線を向けると頷いたのでそれで察して「そうやね」と答えるユキオだった。

「驚いたりとかせんの?」

「驚くならハクトの方が先だし、ハクトが嘘を言わないと思うから」

「…そっか」

そこまで言われて諦めも混じりながら咄嗟に相手の体が自分の視界に入らない様に上げていた手を下ろし始めるユキオ。

「…ん?」

その時になって初めて気づく。そしてそれに目が留まり、引き込まれると言っても良い位に視線がそこに向かった。

「何?今更見惚れてるの?」

揶揄い混じりにフランがそんな事を言ってきた。確かにそうだろう、剣士として鍛え抜かれた体、筋肉質な部分もあるが基本は女性的ラインを極限まで磨き上げたという方が正解と言える程のスタイル。前に出会ったソニヤに比べるとメリハリは弱く豊満と言うには弱いがじゃあ無いかと言われればそんな事は無く。

(あっちは少年誌的豊満ボディならこっちは少女誌的高スタイルボディと言った所だろう)

間違いなく「誰もが認める美女の裸体」がそこにはあった……ある一点が致命的にそれを消去している事を除けば。

「いや…その…」

「…ん?……ああこれ?」

そこに至ってようやくフランもその視線の先にある物に気付く……


『左鎖骨下から胸の間を通って右わき腹横まで続く大きな斬られた跡』に。


「とりあえず立ったままはやめてええ?」

「それもそうね」

話は一旦置いておいて折角風呂に入りに来たんだからと体を洗って湯船に浸かるまで暫く無言が続いた(まだ慣れてないのか体を洗う中でハクトが時々声を上げてしまう、少しは減ったと思うけど)

 周りの視線は気にならなかったが色んな意味のこもった視線が交錯していた事にこの時気付く事は無かった、それが翌日の出来事に繋がる事も今は気付かず。

三人で湯船の中へ、ユキオの左隣にハクトが右隣にフランが居る。

「…気になったりする?」

一段落付いたと思ったのかフランがユキオに声を掛けて来た。

「…ん?」

「この傷の事」

「…まあね、言いたくないなら」

「ううん、そんな事無いよ。これのおかげで自由があるようなもんだし」

腫れ物に触る(傷跡なんだが)と思ったのか気にはなったが聞こうとは思ってなかったユキオだったが気にしてないのか、と言うよりは誇らしげにと言った方が正解と言わんばかりにフランはそう言った。

「…そっか」

だが自分から進んで聞こうとはしなかったユキオにフランは…

「『スカードーター』…そう言われるようになって出てったから」

「すかーどーたー?」

「『傷跡令嬢』って言った方が解る?」

「えっ?」

ユキオは驚いて湯船のへりに頭を乗せる形でくつろいでいた体制を起こして顔をフランに向ける。

「……令嬢?」

ユキオが跳ね上がった理由は「傷跡」では無く「令嬢」の方だった…令嬢?

「傷物になった女に嫁の貰い手は無いだろうからって…まあ初めからそんなつもりは無かったし。それよりも戦う事が好きだったから…」

「……」

ハクトもユキオに近い体制になって耳を傾けていた。周りの喧騒のせいもあって彼女の言ってる内容は驚かせる事なのに周りが驚く事は無かった。「木の葉隠すなら森の中」とでも言おうか「内密な話は喧噪や雑踏の中の方が聞かれにくい」とでも言おうか、ひょっとしたらこういう話自体がこの世界では特段珍しい話では無いのかもしれない。

「この傷もその中でね、私は嬉しかったけどね。武門の誉れのある家に生まれて、戦って強くなっていく事が嬉しくてもっともっとって思ってたけど段々「それよりも淑女のたしなみを」とか「社交界のマナーを」とか言われる様になって。そんなの全然興味無かったけど仕方ないのかなって流されかけてた中でこの傷を受けてね」

「…大丈夫やったん?」

「そうじゃ無いならアタシはその時に死んでたと思うよ?それ位の大けがだったのは間違いないから。でも生き残ってもこの傷は消える事は無かった、そこから周りが手の平を変えてさ…じゃあって思って」

「住んでる世界の違いで困った事って…」

「最初はね?なんだかんだでお嬢様育ちだったのは間違いなかったし、その時のアタシは剣の腕だけしか本当に無かったから」

「……」

「今は満足してるよ。親もこうなってしまったアタシに困っていたみたいだから。追い出す形になってしまうと悲しそうだったけどアタシは嬉しかったから」

「…里帰りしたくてついてきたとか?」

「どうだろ?でもたまにいいかもね、そういうの。本当は二度と行きたく無いんだけど」

そこまで言うとそれまでは遠くを見てる様なフランだったがユキオに視線を向けた時に目が光った気がした、それも「いたずら心に火が付いたような顔」をして。

「…「お礼参り」って言うの?それをするのも良いかなって」

そう言うフランを見てユキオは「こっちが本当の理由っぽいな」と思った。


 程なくして風呂から出て夕食(酒は飲まなかった)を取って翌日その町のギルドへ…しかし暫くしてそこにあった光景は……


『男性冒険者の死屍累々(に見えるが生きてます)の中に立つフラン』

『女性冒険者の死屍累々(上記に同じ)の中に立つユキオ』

そして

『その間に立ち何時でも構えられるように用意するハクト』

の姿があった。


第二部「献血士、吼える!」

第一章「決意とは?と叫ぶ者あり」スタート


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