第五章「この世界の変った所と村を去るまで」第三話
「闇の聖域…」
「うん…」
真剣な顔で神きゅんはそう言いユキオはその言葉を反芻する様にもう一度言った。
「そこに行くと遠回りになるってどういう事?」
「それは…この際だから言ってしまってもいいかもね」
当然の疑問をユキオがぶつけると神きゅんは困り笑いしながらそう言った。
「目的地から遠くなってしまうとか?」
「まあそうだね…光の聖域と闇の聖域の中間に目的地があるから」
「闇の聖域の場所を教えてくれるならそれはそのまま目的地を教える事になるって思うんやけどそれでも闇の聖域に行って欲しいって理由は?」
ユキオの中では「闇の聖域に行く」という選択肢が生まれていた。もしここで「行って欲しい」と改めて言われたら遠回りでそれがこの世界にはよくない事であっても従うつもりになっていたが疑問は残る。目的地に早く行って欲しいと思うなら単に目的地を教えるだけで済むはずだ、しかしそうしなかった神きゅんの意図が解らないからこそユキオは疑問をぶつけるしかなかった。
「…もし「ボクがもう一人いる」って言ったら驚くかな?」
「もう一人の神きゅん…話からすれば「闇の神」って事になるけどそう言う事?」
「うん…驚かないんだね」
「異世界に来て驚かない方がおかしいと思うけど?その上でスルーする所はスルーせんとやってられんし」
「…それもそっか」
神きゅんにとっては無理なお願いをしていると思っていたのか「負い目」を感じさせる表情だったがユキオの一言がそれを吹き飛ばしたのか何時もの無邪気な笑顔に戻っていく。
「要は「闇の神に何かあったからどうにかしてほしい」って事でええの?」
「うん。いいの?」
「して欲しいんやろ?目的地に着くよりも先に。ただその理由は教えて欲しい」
「ユキオ…解った」
神きゅんの説明はこうだった…
・ある日闇の神の力と存在を感じられなくなり意識による対話も出来なくなった。
・光の聖域の縮小と聖獣達の弱体化と反比例して闇の聖域の拡大と魔獣達の跋扈がそれに合わせて加速しだした。
・人間達の安全の為の魔物狩りに合わせて聖獣狩りもそれに合わせて加速しだした。
・闇の聖域と闇の神の異変を確認しようにもその時には弱体化していた為に動くに動けなくなっていた。
上記四点が説明の要約になる。
「自分が行って確認する事も出来なければ聖獣に任せるにしても危険が過ぎるから代わりに行けと?」
「うん…ごめんね」
「ええよ。確認やけど遠回りして大丈夫なん?そのせいで間に合いませんでしたは嫌やで?」
「その心配は無いと思う。解決出来たら少なくともこれ以上の悪化は止められるか無理でも遅くする事は出来るから」
「闇の力が無くなって光も弱くなってる事が一番の問題ってことやね」
「うん」
「…解った。で、どこや?」
ユキオの中で答えは決まった。それを示して安心させるつもりで可能な限りの笑顔で神きゅんにそう言うと…
「…その前に」
そう言うと神きゅんはよりユキオに近づいて…
「手を出して」
この世界に初めて来た時の様にそう言って促した。
ユキオはそれに従い手を出して神きゅんがその手を取ると。
「っ!」
体の中に新たな何かが流れ込んでくる感覚を感じた、だがその力はあの時よりも弱い物だった。
「…はあ」
それを示すようにそれを終えると神きゅんは疲れたように息を吐いて膝に手を置いて屈んだ。
「おい!大丈夫か?」
「うん…でも…今のボクの限界はここまでだから」
「限界…」
「『光の神の加護』…と言いたいけどそう言うにはもう弱すぎて…」
後追いで疲れが襲ってきているのか肩で大きく息をする神きゅんがそこに居た。
「無理はよう無いよ?って神に言うんもおかしいけど」
「大丈夫…大丈夫だよ…それよりもここまでなんだって事が…」
改めて叩きつけられたのだろう「弱体化している自分の力」…それも「進行形」であろうという現実に。
「これ以上はボクが与えられる力は無い。出来てもここみたいな所でこうやって話しあえるだけでもう…」
今までで一番寂しそうな神きゅんがそこに居た。笑顔で取り繕ってる様には見えたが無理して笑って平気なふりをしている様にしか見えなかったユキオは…
「っ!…ユキオ?」
「……」
無礼な事と解っていても…抱き留める意味も込めて神きゅんを抱きしめていた。
「…俺で良かったんか?」
「え?」
「…本当に…俺で良かったんか?」
神きゅんからユキオの顔は見えなかった。だが声が震えているのが聞こえる。
「…ユキオ」
そしてそれは間違っていなかった…少し離れた所から静観し続けていたハクトの目に…今涙を流しそうなユキオの顔が映っているのだから。
「俺なんや無くてももっとしっかりと…優秀な奴でも…」
軽い気持ちで答えて始めたわけじゃ無い。だが今この現状に自分の認識の甘さと使命を軽く見ていた事。そしてその上で自分の無力さ…転生前の世界では打ちのめされ続けたと言っても良い無力さを感じて涙が出てくるユキオが居た。
「……」
神きゅんはユキオのそんな気持ちを察したのか腕を拒む事無く静かに腕の中に居た。大変な事を任せているという負い目もある、無理な事をさせようとしている負い目もある、そしてそれを「半ば騙して」と思われても仕方ない事である事も…でもこの人は…そう思うと神きゅんの心の中で浮かんだのは…
「ユキオだから選んだんだよ?」
ユキオの腕の中、鼓動を感じて静かに顔を上げて神きゅんはそう言った。その目に涙を流してすまなそうにしてるユキオの顔が映る。
「…でも俺は…」
「そんなに自分を小さく弱く思わないで?ボクは…任せられる相手じゃ無かったら呼び出してなんて無いしその時は…」
手を伸ばしてユキオの頬に触れる神きゅん、その手にユキオの涙が流れる。それを振り払う事もしない神きゅんの顔は…ユキオにとっては母の様で姉の様で…そんな風に感じた。
「ユキオしかいないからボクが呼んだ。それだけだよ?」
今ユキオの中で渦巻く物を受け止める様に神きゅんはそう言った。
「でも俺は…そう言うんやったらそれこそもっと…」
「そうだね…「勇者」か「英雄」になれるだけの力を与えれば良いんだろうけどね」
「……」
「ごめんね…こんなボクで…」
そう言って神きゅんは寂しそうで悲しそうな顔になっていく。
(…あかんなあ)
それを見てユキオの中で膨らむ感情があった。それはひょっとしたらとっくに捨てた気持ちかもしれない物だった。
「いや…そこまで言わせて思わせて…力をくれた相手にこれ以上求めて何になるんや?」
涙をぬぐいながらユキオはそう言う。
「ユキオ…」
「…場所を教えて欲しい。俺は行くから」
「……うん」
これ以上の問いかけは野暮だと思った、それはユキオも神きゅんも思っていた事だった。
二人が落ち着いてから改めてその場所を教えてもらうユキオが居て。
その先が途方もなくと言える程遠くにある事を知る…しかし。
(じゃあ…行くか!)
決意を新たにしたユキオにはそれが足を怯ませ、止める理由にはならなかった。
続
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