第四章「盗賊と因縁と初めての殺人」最終話

『奴は一体誰だ?』

『「献血士」とは一体何だ?』


 襲撃から一夜明けてからユキオが登録申請したギルドを中心にその話題が噴出していた事をユキオが知る事は無かった。

『「自分達の知らない方法で人を助けた」「自分が気絶してまでも」』

 この衝撃に飛びつかない冒険者は勿論村民も少なくない、ましてそのおかげで助かるはずの無かったであろう命が救われた事実もあったのだから。

『未知の存在と未知の職業』

 その正体を知るべくつめかける者達の応対にギルドは追われる事になり、最終的には神託をした司教からその説明がされて行く事になった。

『神に選ばれた存在』

 だという事はその説明で誰もが理解できた、しかしその代償としての力を前に戦慄、衝撃を受けなかった者はいなかったという。

 そしてそこからの憶測も飛び交い始める。

『「瀉血」ではないのか?』

『血を抜き出したわけでは無いのにそんな事は無い』

『血を流す事無く血を「流し入れる」なんて方法が…』

 説明を受けても理解できず考えても当然答えは出ない。彼らの中で時々出てくる「瀉血」という治療法はこの世界にもあるのだろう、しかし「献血」「輸血」と言う技術がこの世界には無い事が彼等の口から出る事が証明していた。


 一方で「そんな相手の血を流し込まれた」事で一命をとりとめた人とその家族の中でも賛否両論とも言える言葉が流れたという。

『ブ男の血を流し込まれた』

 と言う事に助かったとは言え拒絶反応を示す者…

『どうせなら一緒に居るイケメンの血を…』

 と言う選好みの極みを言う者…だがそれは少数でその大半は助からなかったはずの命を助けてくれた代わりに気絶してしまった相手の回復を願う声と助かった事を素直に喜ぶ声に溢れたという。


 ……思えばそんな声の一つの答えと言えることが起きてしまったのかもしれない……


「助ける為って言って一体何を流し込んだの!?」

 ハクトに遮られても手に持つ刃物を下げようともせず激昂とも言える声色でその女性は叫ぶ。

「血を流し込んだ、それだけやで」

「そんな事出来る訳…そんな事言っておきながら良く無い物でも流し込んで…」

 ユキオ自身説明しても通じないとは思っていた。相手の言葉がこの世界の現実であろう事も…

 実際の輸血は献血の後に検査と選別を経て運ばれた先で輸血される。

 かつては「抜いたそばから輸血する」という方法もあったというが今ではその方法は無い。仕方ないとはいえユキオの今出来る方法はそんな「直接的な輸血」でしかないのだからその相手が誰かも解ればその方法も解らないとあれば女性の反応は当然のことだろうと思う。

 もっとも、彼女はあの時宿屋の中で震えて動かなった事が後で解るのだがそれをユキオ達が知る事は無かった。

「…じゃあその相手が俺や無かったら?」

「…え?」

「例えば…そうやな、その相手が今目の前にいるハクトやったらそれでもそうやって言うん?」

「……」

 そう言われて固まる彼女だった。まだ警戒しているとは言え目の前には今でも、こんな事さえ無かったら後ろに居る奴なんてどっかに行って欲しいとさえ思える程の美男子がそこに居て……

「……そうね……この人なら」

 本心からなのだろうか?殺意の塊とでも言わんばかりの顔から「にへら」という言葉が似合いそうな顔に崩しながら彼女はそう言った。

「まあ、そうやろな。でも出来へんで?」

「っ!」

「さらに言うなら…俺の血はハクトの中にも流れてるで?とっくにな」

「な…」

 それは衝撃だったのか顔が今度は引きつる彼女がそこに居た。理解不明な事が事が頭の中で膨らんで渦を巻いて…それが相手を「理解不明で恐怖を感じさせる者」に変えていく…あくまでも彼女の中でだが。

「…操られているのね。そうよ!逆らえないからこんな事してるだけよ!」

 その結果と言える言葉を殺意の顔に変えながら叫ぶ彼女は刃物を構え直した。

「そんな血なら…あなたから出してあげる!」

 平静など初めから無かったのかもしれない。あらゆる感情の濁流の中で彼女はハクトに刃を突きつけようと振り上げたその時だった。

「っ!」

「…感じた気配の正体はお前だったか」

 その手を掴んで動きを止めたのはいつの間にか彼女の後ろに近づいていたエイだった。

「離して!」

「目の前で人殺しが始まるのにそれをする馬鹿が何処に居る?」

「この人を助けるの?操られてしまったこの人をぉ!」

 最早誰の言葉も耳に入っていないのかもしれない。涙を流し始めながらも激昂を止めない彼女は手を振りほどこうと動くも民間人と冒険者では力の差は歴然なのだろう動く事はあっても外れる事は無かった。

「……」

 そんな相手を蔑むような顔で見つめるエイがそこに居た。当て身の一発でも当てて気絶させる事はたやすいだろう、だがそれをしても意味が無い事を感じていた彼にはそんな相手を見下す事しかしなかった。

「…いい加減にしてください」

 そんな中だった、震えるような声でハクトがそう言ったのは。

「ハクト?」

「どこをどう考えればそんな考えが浮かぶんですか?いいえ、この際そうであっても構いません!」

 初めてかもしれない…背中越しにしかユキオは見て無かったがはっきりと感じる…

『ハクトが怒っている』と言う事を。

「っ!?」

「あなたは…そうなる位なら死んでも良いとでも言いたいのですか?そんな理由で死んでいい命があるって言うんですか?」

「そ…それは…」

「ユキオが居なかったら…血を与えてもらえなかったら…私はとっくに死んでいた。そんな私に気絶して死んでしまうかもしれないのに助けてくれたユキオにそんな事を言うのなら……私は!襲われて死にそうだった人達も!死ねばよかったと言うんですか!」

「………」

「そんなあなたは…あなたは……」

 体の震えが大きくなって声も大きくなってきているのを感じる。しかしその先の言葉が出ない、出せないのか体の震えがさらに大きくなるのを見てユキオはハクトの背中に手を当てた。

「…ハクトその辺で。そして、そう言う事やで?」

「……ユキオ」

 声が涙混じりになっている様に感じる。そんなハクトを沈める様に背中に手を当ててそう言った後横を抜けて彼女の前に立った。

「俺のやった事を解れとは言わんわ。そしてその感情も間違いや無いと俺は思う」

「……え」

「ユキオ…」

「……」

 ユキオの言葉が意外だったのか驚いて動きを止める彼女が居て、彼女ほどでは無いがハクトも驚いたのか声をかけてくる。エイはまだ手を離さないでいたが静観を決めているのか何も言わなかった。

「俺は俺がしたいと思ったからした、俺が出来ると思う事をした、その結果助けられる命があった、それだけで十分やと思ってる」

 そう言うユキオの顔は「やれやれ」と言った様子だった。言われ慣れているのか?彼自身本当にそう思っているのかは解らないがその顔と様子から彼女を非難する様子は無かった。

「それでもって言うなら…後はさっきハクトが言った事やで?それでも許せんなら…」

 そこまで言うとユキオは彼女に近づいて…

「手を離してもらえます?」

 エイに顔を向けてそう言った。

「…いいのか?」

「うん。それと止めない事」

「……解った」

 それでユキオの意図を察したのかエイは手を離す。それを確認して向きなると…

「ほら、やればいい。その代わり助けられる命を自分の手で殺す事になるけどええの?何人になるか解らんけどその命全てを自分の手で殺す事になるけどええの?」

「……っ!」

 手が自由になる事を確認して振り上げた手を、その先にある刃を突き立てようと…彼女は出来なかった。

「……じゃない」

「ん?」

「出来る訳無いじゃない!そんな事ぉ!」

 それがその場での彼女の最後の激昂だった。彼女にも命を助けたい気持ちはあるのだろう、その方法はやっぱり解らないままだとしても助かった命を喜びたい気持ちはあるのだろう。その気持ちに圧し潰される様にその場にへたり込んで震える彼女がそこにあった。


 そんな騒動がユキオ達にとって盗賊襲撃の最後の一幕だった。


 第四章 完

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