第二章 「最初の村とブ男気質と俺の職」 第五話

「…大丈夫ですか?」

「…ええ」

 処置を終了して放した手を確認した後ユキオは女性に問いかけた。

「体調は?」

「……少し良くなったみたいです」

 その言葉が間違ってない様でその上で少し驚いている様にも見えた。

「なら良かったで…っ!」

 反応を聞いて立ち上がろうとするユキオ、しかしその直後急に力が抜ける感覚に襲われてふらっとする。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。生まれて初めて貧血の感覚を感じたな」

「貧血って…どうして?」

「言って解らないかもしれませんが…私の血を一部貴方に流し込んでその分で増えた分を私の体に入れました。その分で貧血が和らいだと思いますがその分こっちが貧血に…」

「……大丈夫なんですか?私の病気をうつしてしまったという事なんですよね?」

「そうなりますね。大丈夫です、本当に一部だけですから」

 処置は間違いない事を文字通り身をもって感じたユキオ。結局ふらつく感覚はその日の内に消える事は無かった。


 その夜…家の方は本当に申し訳なさそうに思っていたが。「こっちに来てようやくちゃんとした料理ありがとう」とユキオが返して恐縮する女性の姿がそこにあり。そのまま押し通す形と「少し良くなったと言っても大事は取らないと」とユキオの言葉に返す言葉が無いのか従ってくれた。

「……」

 そんなユキオは家の外に出て…月を眺めていた。

(満月か…どうりで)

 夜なのに明るい時は大体満月…前に居た所が田舎だった事もあってそんな事を時々感じては月を眺める事が時々あった。

「…眠れないのですか?」

 そんなユキオに気付いたのかそれとも眠れないのかハクトが出てきて声を掛けて来た。

「少し…な」

「そうですか」

 そんな会話の中でハクトがユキオの隣に立って目線を追った。

「…月が綺麗ですね」

「せやね」

 本当にそう思って眺めて静寂だけがそこにあって…そんな時が少しあって…

「月が綺麗って別の意味があるって言っても解らんよな?」

 ふとぽつりとユキオが言い出す。

「別の意味ですか?」

「せや。俺が生涯言わんだろうけどな」

「え?」

「単に「月が綺麗」だけなら何回も言える。何より太陽よりも月が好きやから」

「……どんな意味ですか?」


「……「我、君を愛す」って言って解る?」


「……」


 これはとある有名作家の逸話…


 彼が教師だった頃、英語の授業中に生徒が「I love you」を訳す時に「我、君を愛す」と訳した時に彼はこう返したという。


『それは日本人らしくない。「月が綺麗ですね」と訳せばいい』と。


 そんな逸話をハクトは知らない。だがその言葉を聞いて脳裏に浮かんだのは今日の昼間にあった出来事…女性達に囲まれた時の自分と…その時のユキオだった。

「ユキオは好きな人は居たんですか?」

「ん?」

「元居た世界にそんな人は…」

 こっちの世界に来て間もない中ではいないだろう、加えてさっきの今の様な出来事があって…でもその前は?という疑問を素直にぶつけるハクト。

「いないよ?…いうか…解らん」

「解らん?」

「うん。「好きの気持ち」って解らん」

「……」

 いきなりとんでもない事を言うユキオ。だがその様子は普通で当たり前のことのように見えた。

 改めて浮かぶあの時のユキオの姿…『目の光を失ったユキオ』の姿…あれが本当の彼の姿なのか?と思い始めて同時に不安が浮かぶハクト。

「ま、要らんやろうけどな。これから先も」

「そんな事は無いと思いますけど…」

「いや、要らんよ。こっちも基本は変わらんだろうし…」

「……」

『盛りのついた雌共が息巻いて』とあの時言ったユキオ…その言葉と声から感じたものはその時は恐怖交じりの戸惑いばかりだったから解らなかったが今となって解り始めるハクト。

「…どうしてそう思うんですか?」

 不安は消えない、動揺は少し感じていた。それでも問いかける事を止められずハクトは問いかける。

「ん~……めいんどいから?」

 問いかけにそう返すユキオ。内容に沿わない位に明るくそう答えた。

「……」

 言葉が無かった。それが全てなのかハクトは固まる。

「まあ結局さ…「但しイケメンに限る」っしょ?それか金か権力か…」

「……」


 笑い話の様に…いや正確には「どこまでも他人事の様に」ユキオはそう続ける。彼の中ではそう固まって変わる事は無いのかもしれない、変えられたとしてももう遅いかもしれない位に。

「……っ」

「…ハクト?」

 何かを感じてユキオが顔を向けるとそこには悲しそうなハクトが居た。

「何で泣いてるん?」

「どうしてって…」

(ああ…この人にはその感情も…そのせいで起きる寂しさも無くなってしまったんだ)

 そう自分の中で答えとしてまとまっていく中でさっきまでの感情は寂しさと悲しさに変わっていくのを止められず…泣き始めるハクトがそこに居た。

「……」

 自分がした事…自分が泣かせてしまった事だと思ってハクトに向き合って流れる涙を止めるように頬に手を添えるユキオ

(ああ…またか…こっちに来ても…)

 そんな言葉を頭に浮かべながら。

「俺のせいで泣いてるって言うならごめんな」

「…謝らないでください…私は…」

「でも理由はそうなんやろ?」

「……」

 答えが決まらない様で。その場を収める方法も解らなくなってユキオは少し前に出て月明りの下に立った。


「……なあ」

「……はい」

「…もし、どうしても言いたい相手がこの世界で見つからない時は…」

 そう言って指を上げて月を指して…

「あんたに言うかもな」

「っ!」

 それはいきなりすぎる「愛の告白」かもしれない。でもきっと彼はそう思っていないだろう。完全に抜け落ちてしまった感情、それ故に軽く言える言葉なのだろう。でもハクトには大きな言葉だったのか驚いて固まる。

「まあでも。あんたにはきっと幾らでもおるやろうさ。そんな人」

 笑顔でユキオはそう言う。それが余計にハクトを悲しくさせ……気が付けは体が勝手に動いて抱き着いていた。

「…ハクト?」

「そんな言葉なんて…何の意味があるって言うんですか?」

 昼の事…いやその前から感じていた人の醜さや簡単に感情を変える薄っぺらさ。全員がそうでは無かったがほとんどがそうだった中を生きてきた中で

「愛してる」という言葉の重みをユキオ以上には知ってるハクトにはその言葉が全てだった。

「…その時は…一緒に月を見上げて…言っていいですか?」

「…うん…その時は」

 それがこのやり取りの最後だった。


 落ち着いたハクトを確認して先に家の中に入って行くユキオをハクトは目で追いかけていた。

 彼が家に入った時一瞬月が雲に隠れて、それが晴れて再び月明りがハクトを照らす…

「……私は」


 しかし、その時。当然だがユキオは知らなかった…


 月が照らしたハクトの影が人型の…しかし明らかに別の姿をしていた事に…




 続

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