第一章 「元おっさんと魔獣とチュートリアル」 最終話

 あれから数日が過ぎた。

 体調は元通りになりその間の野宿生活は大変だったがハウンドと白馬の助けもあって困る事は少なく。なによりその時になってハウンドも姿を変えることは出来ないが話すことが出来る事が解った事もあってより円滑な意思疎通ができるようになった。

 神の頼みとは言えいきなり放り込まれて孤独の中で出会ったのは魔物と聖獣だったが寂しさは無かった。


 悲しさは……少しはあったがその時には割り切れていた。それは悲しいがそれまでの…彼の転生前の生活が理由になっていた。


『元鬱病患者の自殺未遂者』『厄年越えの童貞フリーター』


 それが転生前の彼の姿であり。それに納得し満足に生きていた彼。しかし彼の心境としては「残りの余生を生きるセカンドライフ」とどこかで思っていた。

 そして何より「自分のした事が誰かの為になった」という記憶が無い事が一番大きかった。そんな事は無いのかもしれないが彼にはそう言い切れる程にそんな記憶が無いのである。

 献血に出会ったのはそんな最中だった。金も無い、コネもない、権力も無ければ甲斐性も無い男でも誰かの為にと思って、しかし一時期は降圧剤を取る程に高血圧な体は多少良くなったとは言えそのままで、骨髄バンクにも登録したが音沙汰もない。

「自分には誰かの為に出来る事は無いのか?」

 諦観とでも言おうかそんな気持ちの中で見つけたのが「万能の血液型」の事。気持ち高血圧とは言っても献血が出来る基準に入っていればできると解ってじゃあこれからは少しでもと思い始めたその時だった……交通事故に遭ってここに転生したのは。


『まるで「お前には誰の為に何も出来ない、やらせない」と言わんばかりだ』

 と体調が戻る中でふと思った彼がそこに居た。そんな自分が明確に誰かの為にした事、それが白馬に対してした事だった。

 これで死んだとしても良かったのかもしれない。それより前に神きゅんに転送されて人柱になっても良かったのかもしれない。

『「自分は誰かの為に何かをした」という実感、体感への渇望』

 それが彼を動かす原動力の一つに今もなっているのだから。


「…で、どっちに行ったらええの?」

 完全に体調が戻った行雄は人の姿になった白馬に問いかける。動き始めるならまずは町か村に行って情報を集めるのがセオリーってもので、しかし現在地も解らなければ地図も無いのは相変わらずで神きゅんからはそれを補う力を授かっていない事もあって何も解らない…というよりは…

『目的地よりも先に現在地どこ?』

 という命題が変わらず目の前にあり続けた。

「それは解りますから案内します。ですが…」

「白馬の姿やったらまた襲われるかもしれんから速くは行けんって事?」

「ええ…すいません」

「しゃあないって!こっちの理由に巻き込む形で危険な所に飛び込ませてるんやし」

「それは…私がそうしたいと思ったからで貴方には…」

「それはそれ、これはこれ。言葉の使い方違うかもしれんがそうやって思うで?」

「…ユキオ」

「…そう言えばやけど」

「何でしょうか?」

「人の姿で居るんやったら名前くらいいると思うんやけど無いん?」

「名前…」

 聖獣の姿としての名前は確かにある。しかしそれを名乗っては姿を変えたとしても足がつきかねないと思った彼は…

「…ありません」

 そう答えた、実際彼個体を指す名前は無かったのかもしれない。

「そっか…」

 そう言われて行雄は少し悩んで…

「…じゃあ「ハクト」でええか?」

「ハクト?」

「うん。前に居た世界で伝説の名馬に「赤兎馬」って言う馬があってそこから。あんたは白馬やから「赤い兎」やなくて「白い兎」と書いで「ハクト」。嫌やったら別にするけど」

「…いいえ。それで構いません。貴方が呼びやすい名前ならそれで」

「そっか。じゃああんたの名前はこれからは「ハクト」で」

「はい」

 そう確認して視線を後ろに向けるとそこには座って見つめるハウンドの姿があった。

「…あんたは残るんやね?」

「そうだな。この姿のままでついて行ったところで問題しか無いだろうからな」

「それもそうか…なあ、一つええかな?」

「何だ?」

「もし…もしもや。次出会った時、戦う相手で倒さなければならない相手として向き合う事になったその時は俺はどうしたらええ?」

 その言葉の意味を察してか目を細めるハウンド。それはそのまま「これから先は人間として生活していく以上は魔物狩りもしなければならない」という意思表示でもあると感じての事だった。

「……その時は。俺を越える存在になっているか見せて見ろ」

「……」

「そして。そんなに心配するな、狩る者である以上狩られる覚悟は誰もある。無いのは人間位な物だろう」

「そっか…解った」

『忍びの覚悟』とでも言おうか。それを確認して行雄は顔をハクトに向けた後、その場を離れて行った。


「……行っちゃったね」

 二人の姿が見えなくなった頃、その背中を見つけ続けるハウンドの隣に現れたのは神きゅんだった。

「そうだな」

 一瞬だけ視線を向けたが元に戻すハウンド。

「…これからは二人でどうにかしてもらわないといけなくなるね」

「初めからそのつもりだったのだろう?」

「そう思う?」

「そうじゃ無きゃなんであいつに白馬を助けさせる真似をさせた?」

「それは…ボクの願いをかなえてくれるか試したのもあるよ?」

「それだけならもっと他にもあるだろう?それこそもっと町や村に近い所に飛ばして」

「そうするとボクの届かない所に行ってしまうからそれだと解らなくなってしまうんだよ…」

 残念そう、いや寂しそうの方が近いか?そんな表情を神きゅんは示す。神の力は最早人に届かないのかもしれない程に弱くなっているのだろう。

「……不憫だな。いや、不便と言った方が良いか」

「……そうだね」

 そう言いながら神きゅんもハウンドと同じ方向に目を向ける。

「……がんばれ……ユキオ」

 その声は小さくてとてもじゃないが届かない。それでも言いたくて呟く神きゅんがそこに居て。

「ウゥオオオオォォォォォ~~~~~!」

 その思いを届けるようにハウンドは大きく吠えた。それが何を意味して何をもたらすのかは解らないが。

 その光景とハウンドの遠吠えが行雄とハクトの物語の最初の節目を示す場面だった。


 第一章 完

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