第一章 「元おっさんと魔獣とチュートリアル」 第六話
聖獣、それは神に匹敵する者…
聖獣、それは神の化身と呼ばれる者…
聖獣、それはファンタジーの申し子達の事…
行雄の目の前でその姿を示し宣言した白馬。その存在はそう呼ばれるにふさわしく、嘘であったとしても信じるだろう。
しかし大分落ち着き体調が戻りつつある中で行雄は疑問を感じる…
「…何で聖獣が追われて…」
「それは…」
聖獣ともあろう存在がそう簡単に人に追われて傷を負う事なんてないはず、ましてここがどこかは解らないが近くに洞窟か何かがあるなら解るし今ここに居る場所が霊的か神聖な場所ならそれも解るがそうでは無いように感じる行雄にはそんな疑問は避けられず相手は言葉を濁した…そこへ。
(ボクが話すよ)
二人に聞こえるように神きゅんの声が聞こえて来た。彼は話す…こうなってしまった状態を。
始まりは人間達の聖獣や魔物狩りが増え始めた事からだった。当然だが並の人間ではまず勝てずそれこそ「魔王を倒す勇者」でも無ければ戦う事さえ出来ないはずの相手である聖獣達が狩られ始める。それと前後してまだ共通認識では無いが自分の力の弱体化を感じ始める者が現れ始めた。
それが間違いない事が解る頃には聖獣達の力は「少し強い魔物程度」まで弱体化し人間達の標的にされる事も常態化、逃げ惑う聖獣達の中には捉えられて殺された者も居ればそれを逆手にとって潜り込む事で生きながらえるという今までを思えば屈辱でしかない状態に変わり果てた。
その極めつけが「神の弱体化」であり。神きゅんも今が本来の姿ではなく「変わり果てた姿」であるという事…そして。
(このままでは地は腐り、水は濁り、火は燃えず、風は止み…この世界は死んでしまう)
その一言で説明を締めた。
「…そんな世界に俺がやって来て何を…」
いきなりぶっ飛んだ話でしかも今居る世界は緩やかに死んでいく世界で人間にも遠からず被害は出始めるだろう事も聞いた行雄の頭は真っ白になった。
(……献血)
「え?」
(ユキオには…この世界への献血をして欲しいの)
「え……」
訳が分からないに尽きる。この世界に献血って。
「人間一人の血液でこの世界へ献血、いや輸血って言っても全然…」
(それは解っているよ、いきなりこんな事を言ってもびっくりさせるだけな事も。それにまだ急ぐ事でも無いから)
取り繕う為なのか気遣ってなのか神きゅんはそう言う。でも声のトーンは下がったままだった。
「でもそのままには出来んと?」
(……うん。ボクの力も何時まで持つか…)
不安と心配が声から伝わってくる。時間はあるとはいえ深刻なのは変わりないだろう。
「やるとしてどうやって?」
とりあえずと思いやり方を聞いてみる行雄。
(血を大地に流して…でもそれだけじゃ足りないし不十分なんだ)
「直接大地に輸血するって事?」
(うん…でもそれじゃあ何人のどれだけの血が必要になるか…)
最悪所謂世界大戦クラスの戦争や中長期戦乱があればその最中の死傷者の多くの血が望むと望まざるとに関わらず流れるだろう。しかしそれを神きゅんは望んでいない。いや、出来るとしても出来ない今となってそれに気付いたのかもしれない。
「じゃあどうすれば…」
それでも手はあるのだろう、そうじゃ無きゃ自分がここに呼ばれる理由が無い。そう思って問いかけると。
(……っ!)
「っ!」
突然行雄の中にあるイメージが飛び込んで来た。地の底…暗い闇の中で…脈動する心臓…そんなイメージだった。
「……ここに行って直接って事?」
(うん…でも…)
「一人じゃ無理と」
(そうだね…もし白馬を助けなかった時はその瞬間そこに飛ばして人柱にしようって思ったんだ…)
いきなり物騒な事を言う神きゅん。だが話を聞く限りはそうだよなと思う行雄が居た。
『わずかの延命治療の為に人間を生贄として…』
「…そうしても良かったんよ?」
(え?)
「…俺は…自分のしてる事が誰かの為になって喜んでるのを見たいし感じたいんよ」
(……)
「そんな事無い人生やったからなあ…前の世界は」
実際は違うのかもしれないがそれが間違いないように行雄から感じる神きゅん、それはそばに居る白馬もそうだった。
(もっと献血したかったってひょっとして…)
「そう言う事。そこに向かう事は賛成として…とりあえず」
(…何?)
「…もう少しだけ休ませてくれんか?今すぐには動けん」
(あ…うん)
それが最後の言葉なのか声と気配が消えていくのを感じた。
「………」
(この世界に献血を…かあ…)
途方も無い事でしかない、しかしそれ以外にこの世界をこれから生きる為の道しるべが無い以上は従うしかないと思う行雄だった。
「…あの」
「ん?」
そんな行雄に声を掛ける白馬。
「…私も一緒に行ってよろしいでしょうか?」
「え?でも襲われるんやろ?」
「それは…」
「無理せんでええよ?」
「………」
優しい笑顔でそう言う…そんな印象を行雄から感じる白馬。確かにそうだ…でも「神が合格した者」と一緒に…それは同じだけこの人の道の先を見てみたいと思ったからだった。
そう思ったからこそ…白馬は行雄にキスをして、人の姿になったのだから。それが「出血多量による死亡」を辛うじて止めた事に行雄が気付く事は無かったが。
「人として自衛する位は出来ます。それでも駄目でしょうか?」
人の姿に変わって改めてそう問いかける白馬がそこに居た、悲しい顔でお願いしている様に見えた。
「…神きゅんにも言ったけどさ…」
「……はい」
「とりあえずもう少し休ませてんか?」
「…じゃあ」
「こんな俺でええなら…一緒に行こか?」
「……はい!」
人の姿になって初めてかもしれない笑顔がそこにあった。
それを見て「良かった」と思い行雄は眠りについた。安らかな寝息を立ててこの世界で初めての眠りに。
続
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