第一部「献血士、起つ!」

第一章 「元おっさんと魔獣とチュートリアル」

第一章 「元おっさんと魔獣とチュートリアル」 第一話

 十分注意したはずだった。習慣になりつつある中での日々でも起きる事は無かった。


 しかし…運命に導かれるかのようにその時彼は道の側で突然立ちくらみを起こして…


「……ん?」


 気が付いて目を開けると知らない空間があった。大きな衝撃で意識が飛んだ記憶はあるが立ちくらみが起きてからの記憶は曖昧なままだった。


「俺は…」


 死んだのか?しかしそれを確認する為の物がないと思い始めていた時…


「死んだよ?君は」


 頭の上から声がして見上げると光が下りてきて自分の前に来たと思うと後光を発する少年?のような姿に変わった。


「……そっか」


 そう聞いて彼は特に大きな衝撃を受けたようにない様子でそう答えた。


 男、享年44歳。早すぎる死である。


「驚かないんだね?」


 その様子に逆に驚いたのか少年が声を掛けて来た。


「ん~…聞いた話を思い出してそういう事もあるんかなと…」


「聞いた話?」


「ある日突然交通事故で死んだ人が異世界に転生してって話」


「…そうだね。それで間違いないよ」


「…そっか」


 まさかのまさかと思っていた彼だったがそれでも特に驚いた様子は無かった。


「じゃあ、これからどうなるかは解るかい?」


「まあ…でも…」


 言う前に答えを知っているなら話が速いと切り出そうとする少年にその時になって初めて男の顔に影が差した。


「…何だい?」


「どうせならもっと献血したかったなって…死んだんならきっと血はきっと地面に流れて…それくらいならそれも献血として捧げて少しでもって…」


 言っている事はとんでもない事だろう、しかしそれが嘘では無い事を少年は彼の雰囲気から察した。


 もしここでここまでの会話が一切なかったなら彼は所謂「俺TUEEE系主人公」として転生してハーレムを築き、バラ色の新しい人生を邁進、謳歌していただろう。


 しかし、このやり取りがその世界線を拒絶した。それは一重にその事を一番の未練を感じさせる彼の様子とそれを見つめる少年。そして少年から浮かんだ提案からだった。


「…そんなに献血がしたかったのかい?」


「え?」


「ボクは「献血」がどういう物なのか解らないけど君がそこまでこだわるのならよっぽどの事なんだろう?」


「まあ…そうやね」


「ねえ、教えてくれないかな?」


「え?」


「献血ってどういうことなの?」


「詳しくは知らんよ?専門的な事は専門の医者や設備に任せて俺は…」


「そこまででも良いからさ?解る範囲で良いんだよ?」


「…じゃあ」


 そこから彼は献血。そして輸血と血液について解る範囲でのあれこれを伝えた。


「ふ~ん。人の血を抜いてそれを他の人にね」


「実際は色々調整して、後は血液型の問題もあるし」


「血液型?」


「…そこからの説明となるともっと長くなるな」


「そっか…じゃあ…」


 そこまで言うと少年は手を顔の高さまで上げた。その手の輝きが増し、その直後彼は眩しさに目を閉じた。無理も無いだろう、その間「彼の頭部は光に包まれた」のだから。


 そしてそれはそのまま彼の頭の中にある関連した知識を読み取る行為に他ならなかった…そして。


「……血液型を選ばない万能血液」


 一段落して彼が目を開けようとした時に少年がぽつりとそう言った。


「……」


 それを聞いて驚いたように視線を少年に向ける男。


「…そして…全てじゃないけど君の血液型は」


「……そうや」


「………」


 少しの沈黙があった…そしてその中で少年の中で何かが決まったのかそれまでも口角は上がり気味だったが笑っていない目がほころんで本当の笑顔になった。


「君の転生の姿が決まったよ」


「え?」


「ねえ?本当に血液型…ううん「相手を選ばない血液」を体に宿し続ける体になれるなら…なりたい?」


「え…」


 一瞬頭が追い付かなかった。だが彼の中では即答一択ではあった。


「出来るなら…でも誰が…」


「いるよ。それが出来る人がここに」


 そう言ってはじめて少年は近づいてきた。


 後光に隠れて?いたのかはっきり見えなかったが美少年だった。「○○きゅん」とか言われるであろうそんな容姿の美少年がそこに居た。


「…ひょっとして」


「うん!神様です♪」


 彼に近づき、顔を見上げて笑顔でそう言った。


 それを否定する要素は全くない、ここでお願い知れば願いはかなうだろう…だが。


「…出来るとしてやり方が…」


「それは…君の記憶の中の映像を見ればわかったけど難しそうだね」


「そうや…ですね。」


「別にかしこまらなくていいよ?」


「でも神様なんですよね?」


「うん…でも…」


 そこまで言って今度は少年、いや神の顔に影が差した。


「この姿じゃ神としての力もそんなにないけどね」


 それが間違いない事だろう事はその様子から察する事が出来た。


「でも出来ると?」


「うん…手を出して」


 神に促されて手を出す彼。それに手を合わせる神。そこから力が流れ込んでくるのを感じた。


(なんや?これ!)


 彼が感じたのは「吸い取られる感覚」と「流し込まれる感覚」が交互とも同時とも思える感覚だった。


 それに戸惑っている間に終わったのか神は手を離した。


「驚いたかな?」


「まあ…そりゃ…あ?」


 落ち着いていく中で彼は自分の体の感覚が変わったのを感じた。一言で言うなら「軽くなった」感覚だった。


「君の望んだ力と能力を授けたよ。そのせいで若返ったみたいだね」


「そんな事あるんですね?」


「うん、だって今起きちゃったし」


「まあ…そう…か」


 無邪気に答える神に戸惑いながらも起きた現実を噛みしめる彼。実際彼の体は若返っていた、年齢的には「20歳位若返った」だろうか。実際は鏡でも見ないと解らないかもしれないが。


「じゃ、これからはこっちの世界での生活になるけど。人気のない所に飛ばすから気をつけてね」


「…解った」


「それと…まだボクも解らない所があるから暫くの間君を眺める事にするよ。解らない事があったら心でボクを呼んでね?すぐに答えるから」


「分かった」


「じゃあ、気を付けてね」


 そう言うと神は彼に手を伸ばして体に触れようとした、その直前。


「ああ、そう言えば名前ってまだ聞いて無かったね?」


「名前…名前は…」


 そこまで言って彼の中で一つ浮かぶ。


(どうせ転生してやり直すなら名前も…)


「名前をここで変えるって出来ます?」


「出来るよ。名前は…」


 少し考えて彼は…言った「望月もちづき 行雄ゆきお」と。


「モチヅキ・ユキオ…じゃあこっちだと「ユキオ・モチヅキ」って事になるけど良い?」


「それがこっちの読みならそれで」


「分かった。じゃあ…ユキオ?行ってらっしゃい!」


「はい!」


 改めて神は手を伸ばして彼の、行雄の体に触れた。そこから光が広がり体を包み込んだ後光ごと彼の姿は消えた。


「……献血かあ…」


 行雄が去った後神は呟く…その記憶を改めて整理するように頭と目を動かす。


「……これも運命だったのかな?」


 一しきり終わると神はそう言った。それが何を指すのかは今は誰も解らない。


 かくして彼の転生人生ははじまった。


 続

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