1-1-7


 エリー達が日本へと帰ってきてから数日、彼女たちはリースの地下施設の中にて芦澤カナが住んでいる近くの防犯カメラの映像をひたすらに眺めていた。


「エリー、そっちはどう?」


「いんや、まったくだドアすら開いてねぇ。」


 芦澤カナの住んでいる部屋の目の前にある監視カメラのリアルタイムの映像を眺めながら煙草を吹かすエリーは退屈そうに欠伸をする。


「暇だし銃の整備でもすっか。」


 防犯カメラの映像に目を向けながらもあっという間に銃を部品ごとに分解したエリーは、その部品一つ一つをきめの細かい布で磨いていく。

 そして整備を終えてまた組み立て終えスライドを手前に引いていたその時だった。


「ん?」


 エリーは防犯カメラの映像でわずかにドアノブが動いたことに気が付いた。


「メイ、来るかもしれねぇぞこれ。」


「えぇ、わかってる。」


 ようやく表れた外出の兆候に二人は食い入るように監視カメラの映像に見入った。すると再びドアノブが回り、そこから目的の人物芦澤カナが姿を現した。


「やっと出て来やがったか。んじゃちょっくら行ってくる。サポートは任せたぜ。」


「了解よ。気を付けてね。」


 エリーは右耳に小型の無線機を取り付けると、ガレージへと向かう。するとそこには彼女の母親のリースが待っていた。


「お袋、芦澤カナが現れたから行ってくるわ。」


「そうだと思ってちゃんと準備しといたよ、エリー専用のバイクをね。」


 リースはそのバイクの上にかぶせてあったシートを剥ぎ取ると、そこから出てきたのは何とも奇妙な形状をしたバイクだった。前輪二輪、後輪一輪という三輪のバイク。つまるところのトライクというやつだ。


「こいつは……どうやって運転すんだ?」


「簡単だよ、まぁ跨ってそこのグリップ型のハンドルを握ってみなさいな。」


「ん。」


 エリーは言われるがまま跨るとまるで銃のグリップのような形をしたハンドルを握る。するとハンドルの間に設けられたモニターにエリーの名前が表示され、READYと表示される。


「ハンドル操作は単純、曲がりたい方向にそのグリップハンドルを回すだけ。急カーブとかはまぁ体重操作が必要になるけどその辺は大丈夫でしょ?」


「あぁ、問題ねぇ。」


「それと、そのバイクの最大の特徴があるんだけど、その握ったハンドルを思い切り手前に引いてみなさい。」


「こうか?……おぉっ!?」


 ハンドルを手前に引くと、あろうことかそのハンドルは引っこ抜け、銀色に鈍く輝くブレードが姿を現したのだ。


「緊急用のサブウェポン。使いどころがあるかはわからないけれど、まぁカーチェイスになった時とかに使ってみればいいんじゃない?」


「ってかよ、これハンドル引っこ抜いちまってるわけだが、運転はどうなるんだ?」


「自動運転に切り替わるよ。」


「それを聞いて安心した。」


 エリーは引き抜いたブレードを鞘に納めるように戻すと、ハンドルを強く握る。するとエンジンがすさまじい勢いで回転を始めた。


「29番出口から出るといいよ。そこが一番近いはず。」


「了解っ。」


 ガレージから29番出口へとつながる道筋がライトで照らされると、エリーはヘルメットをかぶりバイクを発進させ29番出口へと向かっていく。そして29番出口のカタパルトの真ん中にバイクを停めると、それに応じてカタパルトが上へと動き出す。


 地上へと着くのを待っている最中、メイから無線が入る。


『エリー、ターゲットは徒歩で駅の方向へと向かって進行中。通りは車が多いわ裏道を使って。』


「あいよ。」


 その無線が終わるとほぼ同時にカタパルトが地上にたどり着き、駅近くの住宅街の一角にある住宅のガレージに繋がっていた。


「おいおい、普通に誰かの家のガレージに出てきちまったぞ。だけどまぁどうせこの家もお袋の所有物なんだろうな。」


 その証拠にエリーがガレージたどり着いたことを確認するための監視装置が作動し、ガレージを封鎖していた扉が開いていく。


「まったく、自分の親ながら用意周到すぎて呆れてくるぜ。」


 そんな悪態をつきながらもエリーはバイクを発進させる。すると再びメイから無線が入った。


『エリー、ターゲットが駅に着く前に裏路地に入ったわ。』


「あん?わざわざか?」


『えぇ、道筋はそのバイクに送ってあるからガイド通りに進んで。』


「ん。」


 少し違和感を持ちながらもエリーはターゲットの芦澤カナが入っていったという裏路地を目指して進む。そしてめっきり人通りが少なくなった路地へとエリーは踏み入ると、その路地の奥から漂う戦場で何度も嗅いだあの匂いを感じ取る。


「……強い血の匂い。まさかこの匂いをこの日本で嗅ぐことになるとは思わなかったぜ。」


 ヘルメット越しにでも感じるその匂いに少し顔をしかめたエリーは脇にバイクを停め、ヘルメットを外して歩き出す。

 そして少し歩くと衝撃的な光景に出くわした。


「カ……ッ、助け………。」


 最後の希望を求めてエリーのほうへと必死に手を伸ばしていた男。しかしあっという間にその体は干からび、命の灯が一つ消えた。

 干からびた男を無造作にごみ置き場へと投げ捨てると、ターゲットの芦澤カナが口元を拭いながらエリーのほうに目を向けた。


「あ!見られちゃったぁ~……。私の食事シーンに出くわすなんて、あなたもツイてないなぁ~。」


「あぁ、そいつはお互い様だな。テメェもアタシなんかと出会わなきゃ長生きできたのによ。」


 エリーはそう言ってハンドガンを抜くとすさまじい早撃ちで芦澤カナの片方の肺と太ももを撃ち抜いた。


「かはっ……!!」


「わりぃな。これがアタシの仕事だ。」


 崩れ落ちるターゲットを見下すエリー。ほぼ致命傷となりうる二か所への射撃で幕は下りたかと思われたが、次の瞬間エリーの背筋に危険を知らせる悪寒が走った。

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