第9話 目覚めの切っ掛け

◆◆◆ 第9話 目覚めの切っ掛け ◆◆◆



 それから三日。

町は何も変化が無いように見えていた。


いつものギルド。

いつものメンバー。

町は騎士団が巡回し、店も普通に開いている。

魔物の数や種類も特に変わりは無かった。



だが、四日目の朝。

ギルドはお騒ぎになっていた。



「朝から騎士団が簡易宿泊所へ来たんだと」

「前のスタンピードを誘った奴がいるって」

「魔物寄せのお香を焚いてたらしいぜ」

「多分アレは縛り首だろうな」


雑談を聴いていると内容はそんな感じだった。



スタンピードがどんな感じで毎回来るのかは俺には分からない。

そのお香を焚いてくるのであればそれはそうなのだろう。

しかし、目的は?


この町の全滅を狙って?

敵国が侵入しているとでも言うのか?



何か引っかかる物があって、即刻縛り首にするとの話を聞いて現場へと見に行ってみた。


そこは来ることの無かったこのルナバック領地の城の前にある大きな交差点だった。


完全に交通は遮断され、フルプレートアーマーを着こんだ騎士団が周りを固めていた。

その中にある木で作られた縛り首台が、その異様さを表していた。


しばらくするとざわつく群衆の中に一人の男が騎士二人に連れられ運ばれて来た。


後ろ手に縛られ、目隠しをされて縛り首台に上がってゆく。



もう一人の騎士が前に立ち、罪状を言っていた。


「ルナバック領地に魔物寄せのお香を持ってスタンピードを起こしたその罪は重大である!よって即刻縛り首の刑に処す!」


そこで目隠しを取られ、男は自分が首を吊られる縄を初めて見た。



「俺じゃねえ!さっきから言ってるだろおお!俺もあの中で戦っていたんだ!そんな事する訳ねえだろお!この町には家族が!家族もいるんだぞ!」



男は罪を認めずに暴れ出した!

それを隣の騎士が数発腹を殴り黙らせる。


「え?ウソだろ…………そんな訳ないって」


俺はその光景を見て固まっていた。



「おい、アレってお前の兄貴分じゃねえのか?」

「お前とよく一緒にいた奴だろ」


一緒に来ていた冒険者が俺に言っていた。


そう、その縛り首台に乗せられた罪人はザルツだった。



「ちがう…………ちがう…………俺はやってねえ」


血の混ざった唾液を垂れ流しにし、更に殴られて黙らせられるザルツ。



「ザルツ! ちょっと待ってくれ!その男はやってねえ!俺が証明する!」


俺は群衆を掻き分け前に出ながら声を張り上げた!


最前列まで来ると、騎士団がタワーシールドを盾にして俺の行く手を阻む!


俺はそれを力ずくで退かそうと構えた!



「うッ!」


俺は襟首を後ろから掴まれ、腕を握られ、羽交い絞めにされていた。


「止めろ!お前まで縛り首になるぞ!騎士団を敵に回すのか!こうなったら誰も止められないんだ…………諦めろ」


「くそおお! ザルツはやってねえんだよおお!」



騎士達の間から見えるザルツは、首に縄を掛けられていた。

その顔は涙と涎に塗れ、跪く俺と一瞬だけ視線が合ったような気がしていた。



悲しい

苦しい

悔しい

恐怖

諦め

そして微かに見える怒り


騎士の一人がザルツを台の前に押した。



ビンッ ザッ ギシ ギシ ギシ ギシ


上に伸びた棒から縄が真っすぐ下へと張った。

身体は何度も、何度も身じろぐように痙攣し……そして動かなくなった。



台は撤去され、見世物にする為か、ザルツはそのままの状態で、回りには頑丈な柵が設置されていく。


いつの間にか見物人の姿は無く、晴れていた空は悲しむように分厚い雲に覆われて雷鳴が轟いていた。

チラチラと雪が舞い始め、ザルツだった身体に雪が白く付きだしていた。


寒くなったからか、見張りの騎士団もおらず、俺とザルツだったモノしか回りには居なくなっていた。



何か一つ、心の中の人間として大事な物が消えた。


身体が覚えている記憶から、身体が泣き叫んでいた。








 やる気が何も出ない。

罪人は朽ち果てるまであの場に見世物になるらしい。


朝からギルドの奥へと入り、飲まなかったエールと言う生ぬるいビールの様なモノを飲んでいた。


アルコールが弱いのか、それとも俺が酒に強いのか一切酔わなかった。

だが、飲まずにはいられなかった。


俺と罪人として処刑されたザルツの仲を知っている冒険者は、何も言わずに俺をただ見ているだけだった。



その中には冬だから稼げる他の領地に行くと言って居なくなった者や、あの処刑はおかしいと腹を立てて別の所へと旅立って行った者も少なくは無かった。



それでも12月末にはどうにか動けるようになり、少なからずも狩りを行うまでにはなっていた。


そしいてある日



「何だ?何かおかしい」


大森林の中に入って一切魔物を見かけない。


冬になると魔物は減るらしいが、それでも昨日はもっと見かけていた。


それでも奥へと入って行くと突然マーカーが一つ鳴った!



デカい


見た目は立派な牙を生やしたオークだが、通常の2倍はある4m程の大きさはあった。

こっちを凝視しているが、デカけりゃ強いと言う訳ではない!


音も無く一瞬で近づき、全く動かないデカいオークの腹を殴る!


衝撃波が背中へと突き抜け臓物が背後から飛び散った!


悪いな、教会で腹を空かせた奴らが待ってるんだ。


息があるか確かめようと近づくと、そのオークはまだ息をしていた。


そして微かな声で俺に喋り掛けてきた!


「メザメヨ……アナタノ……ホンライノスガタヲ…………アナタハ…………フ…………シ……………オ…………………………」



最後まで分からなかったが、魔物って話す事ができるんだ。


それに目覚めよ? 本来の姿に?ふしおとは?

何とかの塩じゃねえだろ。


俺は暫くデカいオークの前で考えてみたが、一切分からなかった。




そしてその夜


そろそろ寝ようかと思っていた明け方近くになり、安宿の前の通りが賑やかになっていた。


「火事だ!」

「北のスラム街らしいぞ!」


その言葉に俺は慌てて宿を飛び出た!


宙を飛ぶように走り抜け、途中で夜中に居るはずの無い騎士二人を見かけたが、先を急いだ。



「嘘だろ…………嘘だろおおお!」


イヤな予感は当たっていた。

殆ど燃えているがそこは夕方にも来ていた教会。


いや、教会だった残骸だった。


油でも使ったのか、真っ黒に焦げた人間らしき物体がいくつも転がっている。


「見かけた時にはもう火が凄くてね」

「これは放火だよ、火の回りが早かったんだ」


どうでも良い見物人が噂話をしていた。









もういい


なにもかもどうでもいい


全員死んでしまえ






もっと大事な心の何かが消えて無くなった。




そこから記憶が飛んだ。



漆黒の闇


血の血族


悪魔


闘い


人間






気が付くと知らない部屋の中に俺は立っていた。


全てを凍りつかせた回りをみると、目の前にはこの世界へ来た時に会ったあの悪魔の姿があった。


それはズタボロになって既に死んでいた。


それに俺の左腕も肘から先が無くなっていた。




何がどうなったか分からず、俺は凍り付いた窓から外を見てみた。



そこは小高い丘の上に立っている大きな家で、日は上がっているのだろうが、分厚い雲に覆われて雷鳴が轟いている。


何処かでこの同じような事があったと思い、回りを見ると、先に見えた交差点には黒ずんだ何かがぶら下がっていた。



「あ、ザルツ…………ここは領主の城?」



その窓から見える町は全て氷付いて静かな世界を作り出していた。

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