第3話 孤児院

◆◆◆ 第3話 孤児院 ◆◆◆



「おお、生き残ってたか」


 俺に近づく一人の騎士がいた。

ヘルムのフェイスガードを開け、髭を生やしているのが見えているが、先ほどまで戦闘をしていたようには見えない人懐こい顔が見えていた。


「誰ですか?すみませんが、分かりません」


「はははは、ヘルムを被った騎士は見分けがつかないわな!その剣、俺のモノなんだ。ほら、貸しただろ」


腰の何も入っていない鞘をポンポンと叩いていた。



「あ、ああ! すみません!借りたままでした!」


俺は慌てて剣を一振りし、血のりを振り払ってグリップの方を差し出した。


「ありがとうございました。助かりました」


「良いって事よ。君なんて言う名前?」



何かマズイ事でもしたか?

名前を覚えられるのか?


「あ、あのマキシって言いますけど、俺が何かしましたか?」


「そんなに警戒しなくても良いよ。騎士団は冒険者などの市民で活躍した者へ褒美を取らせる事があるだろ。俺がマキシを進言しといてやる。3日くらい経ったらギルドでお金を受け取りなよ。今回は助かった。」



所謂、、MVPと言うか活躍した人に賞金をあげるシステムがあるんだろう。

これはこの身体の記憶でも見つからなかった。

この騎士にお礼を言うと、武器が無い事に気が付いて、転がっている遺体から武器を持って帰れと言われた。


ただし、持って帰るのは武器のみだと。こう言う大規模の戦争や戦闘の場合は遺体から武器を剥ぎ取っても良いと言う通例になっているらしい。

ただし、全てを引ぎ取るのは家族や親しい仲間が遺体と共に埋葬する為にしたらいけないと教えられた。



手を上げて戻っていく騎士にお礼を言い、倒れている遺体からそれなりに使えるロングソードを頂いた。

それと鞘に収まっていた短剣も。


その後、他の騎士四名程に名前を聞かれたが、俺はそんなに活躍したのか?



無いよりはあった方が良い、それは武器も同じだ。

何しろこっちは異世界に転移?してきて何も分からない身分。

ポケットの中を見れば、皮の小銭入れらしい袋の中は銀貨らしい硬貨が4枚と銅貨らしい硬貨が5枚、ボロボロのクズの様な硬貨が3枚しか入っていない。



俺はこの異世界に来て一人放りだされた気分で立ちすくんでいた。



「おお!生きてたかマキシ!!」



ぼちぼちと戦場跡を離れていくと初めに出会っていたザルツが声を掛けて来た。


小走りで俺に向かって来るザルツに抱きしめられ、俺も合わせるように抱き合った。


「良かった!良かった!無事でよかった!逸れてからもしかしてって心配したんだぞ!」


「悪かった。俺も居なくなって探してたけど、騎士の近くにいる方が安全と思って一緒だったんだ」


「騎士!?お前ひょっとして前線にいたのかよ!怪我は無かったのか!」



どうやらこのザルツは俺と幼少の時からの一緒に育った孤児。

親無しで教会の孤児院で育った兄弟みたいな者だった。

道理で心配する訳だ。



「ああ、背中を引っ掻かれたけど、大きな怪我は無かったよ。短剣は折れたけど、代わりに武器は貰ってきたし。ザルツも怪我は無かった?」


「ああ、俺は逸れてから後ろに後退したからな。お前、まだFランクだろ。良く生きてたな」


ザルツは俺の着ていた皮の防具をペタペタと触りまくって、背中の傷を見ていた。


「ザックリやられた感じだけど、皮一枚だけだな。血は服に付いてるけど以外に傷は浅い。これなら問題ないぞ。ああ、良かった良かった!」



アドレナリンが出ていてそれほど痛く無かったけど、意外に軽傷で済んだみたいだ。

こんな未開の世界で怪我をすると病院や薬もないから怪我が大した事が無くて良かった。


俺はザルツに連れられ、ギルドへ向かった。


夕方から続いたスタンピードは朝には終わり、領主から炊き出しの振る舞いがあっていると言う事で、それを食べに行く事になった。


ギルドは大通りから先に進み、町の中央付近にあった。


記憶ではここに毎日来ていた記憶があった。

最低ランクのFランクで登録され、魔位置に城壁外の薬草採集をして生活をしていた。

時々現れる野生動物を短剣で倒す事もあったが、基本的に採集業務が俺の仕事内容だった。


所詮、冒険者に成りたてで孤児院育ちの俺には大した剣術も知恵も気概も無く、どちらかと言うと気が弱くて戦闘には向いていなかったようだ。


転移したのなら神様からの良いスキルや称号などを与えられ、俺TUEEEEってな具合になるんじゃないのか?


それにまだあの黒い目が変になっているままだ。


その人を見ようと思うだけで、その人に合わさるように名前や年齢、レベルにその人の職業と言うか、特徴を教えてくれている。

まるで、鑑定の魔法のように…………



俺はギルド前で炊き出しを行っている列に加わり、お椀いっぱいの野菜やクズ肉を煮込んだスープを貰って隅っこでザルツと食べていた。



「そう言えばマキシの目は一度神父様に見てもらおう。何かあるといけないからな。」


兄貴分だけあって俺の事が心配なんだろう。

ギルドでの仕事の仕方から採集のやり方、そして先の魔物の討伐の仕方まで、色々心配してくれる。


この世界に来てからの唯一の味方と思える安心感が、この身体からも沁み沁みと感じていた。



 お椀を炊き出しに返し、俺達は育った孤児院のある教会へと向かった。


このルナバック領地はマクスウェル王国の東の果てにあり、更に東へ行くとカトラ山の裾に広がる大森林と、そこに住む攻撃的なエルフの住むアルフヘイムと呼ばれる地域が他国からの侵入を防いでいる。


その代わりに大森林から出て来る魔物達が時々町近くまで現れてくるために、冒険者の多くはその魔物を狩って生計を立てていた。


昨日からのスタンピードは大森林に魔物が多くなり、飽和状態になると溢れて出て来ると言われているが、実際は誰も分からないそうだ。

それにこのスタンピードはそれほど数が多く無く、被害もそれほど大きくは無かったと言われていた。



スタンピードを乗り越えたザルツは、魔物がこう来たらこうして攻撃をするなど、基本的な事を俺に教えながら道を進んでいた。


基本的に一人が好きな俺は、それでもありがたいと思いながら先輩兄弟であるザルツの言う事に頷きながら町を見て回っていた。


そしてギルドから北のバラック小屋の立ち並ぶスラムの様な住宅街へと出て来る。


何処にも一定のスラムがあるように、この町にもスラム街があった。


その外れにある古びた教会。

キリスト教の十字架と同じようなモニュメントのある教会へと辿り着いた。



「神父様~只今戻りました!」


明け方だと言うのに直ぐに現れた一人の男。黒い神父服のようで少し違う神父様と呼ばれた60過ぎの男が出て来た。



「おお! ザルツにマキシ!大丈夫だったか!?」


大きな声で俺達を歓迎しているが、その身体は少し弱弱しかった。



ピピッ


・マキネン

・64歳

・レベル12

・聖職者



まただ。

また鑑定のように神父様と呼ばれた男に結果が現れている。



「はい、マキシとは少し逸れましたけど問題無かったですよ。何しろ先輩の俺が付いてましたからね」



いや、逸れたろ。



「そうか!問題無かったか!良かった良かった!大規模氾濫に志願すると聞いて心配しとったんじゃ!飯は余り無いが食っていくか?」



さっきギルドでの炊き出しで食べて来た事を伝えると、ロクナ食べ物もないからスマンなと逆に謝られてしまった。


この孤児院は融資者からの寄付金や、神父様の解毒、治療魔法、結婚の祝詞や葬式の執り行いで頂けるお金で成り立っていた。


だからか、教会の中には怪我をしている人々が横になっていた。



マクスウェルの王都である町にはもっと大きく立派な教会があると言うが、この辺境地では寄付も余り無く、教会自体の運営も大変な事が見ただけで分かった。



俺らは神父様に大筋の話をし、俺が初めに当たったあの魔物…………いや、悪魔との闘いで俺の目が変な黒に変わった事を伝えた。


「ふむ…………これは魔物の呪いかもしれんな。ワシの心眼では呪いとしか分からん。これは見たこともないし、聞いた事もないな。一度治癒魔法と呪毒を払ってみよう」



そう言う神父は、精神を集中させ目を閉じた。

俺に右手を差し出し、その手の平が淡い光に包まれると、その手を俺の変わった左目に当てた。

そのまま汚れた俺を抱きしめると、暖かい何かが当てられた手の平から目の辺りに流れて来るのが感じられる!


これが魔法?

聖職者の治癒魔法ってやつか?!



「ダメだ! すまない。この呪縛は強い、強すぎる!いったい何からこの呪いを受けたんじゃ?」


「見た事もない羽が生えた真っ黒い奴だったかな」


俺が大体の事を言うと、ザルツもそれに同意していた。


「うむ…………それは悪魔かもしれぬな。それが悪魔だったとしたらこの国には誰も呪いを解く者は…………王都にいる聖女様でも難しいか…………すまん、マキシ、ワシには手に負えない…………」


神父様は凄く落ち込んでいた。


「大丈夫だって、何ともないし身体の調子に良いから。心配してくれてありがとう!」



呪いと言うと、目に見えないだけあって俺だって怖い。

何の影響が出て来るか分からない。


だが、ここまで心配される事も今まで無かった。


実家では落ちこぼれの存在であり、兄は大学へ行ってそこそこ有名な会社へと就職していた。

俺は病気がちの落ちこぼれで、父からも母からも時々いない存在として扱われていた。


子供の時の心配される様子などこの数年間は、一切見なかった。


この世界の俺が身寄りの無い孤児だったとしても、この神父様が本当の父と言ってもおかしくは無い思いが伝わってきていた。



「少しでもおかしなことがあればまたここへ来ると良い。ワシの出来る事はしてあげよう」


俺にもったいない言葉を話してくれた神父様にお礼を言い、俺達は裏の住居へと向かった。


そこは幼い男女の孤児が生活をしていた。


そこで孤児は寄付を頼りに生活をしている。少し前の俺もそこで生活をしていた。

この世界の成人である、15歳まではこの孤児院で生活が出来るのだ。成人になると孤児院を出て行かないといけない決まりがあり、俺もその決まり通りに孤児院を卒業し、義理の兄であるザルツと共に冒険者になった。


ザルツは大きめの収入があると、教会へと寄付をしたりしているらしいが、俺は生活するのでギリギリで、未だに寄付をする事が出来ていなかった。


それでも遊びに来てほしいという事を覚えて、弟妹である孤児の下へと会いに来ては町中での事を教えていた。


そして今日も先のスタンピードの事を話し、目をキラキラした者や、怖がって兄や姉の服を握りしめる子供らに社会の事を教えていた。


それは年老いたシスターがやって来て仕事の時間だと言うまで続いた。


俺らは一晩中の闘いと子供らの話から解放され、日陰の隅にあったベンチに寝転がり、そのまま寝入ってしまった…………




「おいマキシ、そろそろ起きようぜ」



ザルツの声で目が覚めた。


まだ日は高く、お昼過ぎだという感じの時間だった。


俺らは何も言わずに裏手の井戸へと向かい、頭から水を浴びた。髪も服も返り血で固まっている。

石鹸などは無いが、水でふやかし手で擦り汚れを落とす。


日本に居る時は洗濯機に入れて洗剤を入れスイッチポンだったのが、今更懐かしく感じる。だが、この世界では俺は孤児の貧乏生活。汚れたままと言う事が納得できなかった。

ザルツよりも念入りに身体や服を洗い。服や防具を乾かしていた。



「マキシ、傷は何ともなくて良かったな。よく見ると少し跡が残っただけで綺麗だぞ」


裸の状態で背中を見ているザルツが言ってきた。


「そう?やられたと思ったけど、掠っただけだったのかな?」


「蚯蚓腫れになってるからそうだったんだろな。でも、呪いはあるからな。気を付けろよな」


「ああ分かった」


気を付ければどうにかなる物でも無いんだろうが、今更どうする事も出来なかった。



俺にお金があったなら

此処が王都だったら

聖女に伝手があったのなら



ここでもそうだ。

他人任せの運試しが付きまとう。


だが、この世界に来たのが良い切っ掛けだ。

俺は身体が動くまではこの世界で思いっきり動く事に決めていた。


どれくらい続くか分からないこの命。

最後まで足掻いて、足掻いてこの世界に来た証をどこかに刻もうと決めていた。



生憎、身体の調子は今までで一番良く感じている。

痩せてはいるが、足の裏から力が漲って来る感じを肌に受け、俺はもう一度頭から水を被るのだった。


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