第49話 刺客

=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=


49 刺客


貴族の代議会が終わり、エリンシアとシグルド殿下の婚約は確かなものになった・・・はずだ。

明日はベルン殿下をお茶に招いている。

3年前のあの日の様に、3人だけのお茶会。


「ルキノ、明日は準備が大変よ。今夜は早く休みましょう。」


エリンシアはルキノを気遣ってか、はたまた美容の為か、早めの就寝を進めてきた。

このところ忙しかったのは確かで、ルキノも早めにベッドに入った。少し微睡んだ頃、悲鳴の様な耳の劈く音が聞こえた。


屋敷の中を何人もの人が走っている様子が、部屋の中からでも分った。

ルキノは部屋を飛び出し、エリンシアの部屋へ急いだ。


「何があったの?」


そこには血の付いたナイフの様な物を握りしめているリーナがいた。


「賊が侵入したようです。ルキノ様もこちらへ。」


リーナに案内されて、エリンシアの側に行く。

隠し部屋に身を潜ませていたエリンシアの顔を見て、安堵の溜息を漏らした。

2人で体を寄せ合い、どれ程の時間が経ったであろうか。

光が入ってきて顔を上げると


「もう大丈夫ですよ。」

リーナが笑顔で立っていた。


「今日はこのまま、お2人一緒にお休み下さい。部屋の警護はお任せ下さい。」

と言って、リーナは部屋の扉を閉めた。

何があったかは明日詳しく聞くとして、エリンシアをベッドに寝かせた。その隣にルキノも入る。

大きなベッドは2人で横になっても充分な程の余裕がある。

2人は互いの体温に安心して眠りについた。


今までの疲れと昨日の騒ぎの疲れを、一気に吐き出したように熟睡をしていた様だ。目を覚ますとエリンシアの笑顔が直ぐ近くにあった。


「おはようルキノ。」


「寝過ごした?」


「大丈夫よ。お茶会の準備はできてる。後は私達の支度だけよ。」


そうだ、今日はベルン殿下がいらっしゃる。

ルキノは軽く頬っぺたを叩いて目を覚ました。



◇◆◇ ◇◆◇



「ようこそいらっしゃいました、ベルン殿下。」

エリンシア、ルキノ2人揃ってとびきりの笑顔でお出迎えだ。


「あっ、あの昨晩・・・刺客が屋敷へ侵入したと・・・。」


「まぁ、ベルン殿下、お気遣い頂いてありがとうございます。リーナが撃退してくれたので、もう心配は無用です。さぁこちらへ。」


エリンシアは何事も無かったの様に、ベルン殿下をテーブルへ案内した。


「先日の貴族会では、ありがとうございました。」

ルキノも普通通りの様子だ。


「いや大した事は・・・。これでエリンシア嬢は私の義妹になって貰えるでしょうか?」


3人は顔を見合わせて笑った。

3年ぶりのお茶会は、それぞれが成長するには充分過ぎる程の時が経っていた。

頼りなかったベルンは逞しくなり、ルキノも少しは淑女らしくなった。何よりエリンシアは、少女から大人の女への成長を遂げつつある。


「百物語でもしますか?」

ベルンが戯けた様子で言った。


「セルネオ様に禁止されているでしょう?」


「セルネオ様が怒ると、凄く厄介ですわ。」


「あぁそうでした。」


思い出話しに花を咲かせたお茶会は、楽しく幕を閉じた。


「今日はありがとうございました。」

ベルンがエリンシアとルキノに向かって、お礼を言った。


「こちらこそ、楽しいひと時で御座いました。」

エリンシアとルキノも丁寧にお辞儀をした。


ルキノは、ぷっと吹き出した。

「皆んなでそんなに畏まらなくても・・・。」

まだ笑いを堪えている様子だ。


エリンシアはお行儀の悪いルキノを睨みながら

「そうね。ベルン殿下、これが最後ではありませんわ。」


「ではまた次の機会に。」

嬉しくなったベルンは、笑みを溢しながら退場した。


ルキノはリーナにお茶のおかわりを頼んだ。

お茶を持ってきたリーナに

「ねぇ昨日の事だけど・・・」


最後まで言い終わらないうちに

「大丈夫で御座います。全て片が付きました。」

リーナが言った。


「なら良いけど。」

ルキノはリーナを信じる事にして、お茶のお代わりを飲み干した。


明日からは大忙しだ。シグルド殿下との婚約式だけでなく、侯爵の叙任式、最高魔力保持者の発表とイベントが目白押しの渋滞を成している。

そして領地の事も。大分仕上がってきているが、今放り出すのは良くない。


ルキノは式典などの準備はリーナに任せて、一旦領地へ行く事にした。刺客の問題もあったが、ルキノでは何の役にも立たない。それよりも、エリンシアの描いた領地の運営になら役に立てる。


「リーナ、明日から領地へ行ってくるわ。式典までには戻ります。エリンシアは任せて大丈夫かしら?」


「ルキノ様、腕利きの護衛を1人付けます。充分気をつけて下さい。シルヴィア様側の人間が、まだ諦めきれてない様ですので。」


それは昨晩の刺客は、シルヴィア側の者だと言っているのと同じだった。

エリンシアを亡き者にすれば、シルヴィアが婚約者の座を射止める事も可能だろう。


確かに貴族大会議では、大失態をした。だが大きな罪には問われず、シルヴィア側に加担した家はベルンの噂を流した罪で金貨100枚、アートゥンヌ伯爵家は金貨500枚の罰金で納まった。


中には領地の利権を売り払い、金貨をやっと用意した者もいたらしいが、王族に対する侮辱罪が金貨で済むなら安いと見るべきだろう。


(シルヴィアも分かってくれると良いけど・・・。)

ルキノは今回の措置は、エリンシアの温情と王家の尽力あっての事だとシルヴィアが理解する事を切に願った。




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