第29話 民衆の噂

=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=


29 民衆の噂


シグルド達が一般の間に移動していた。

王陛下が少し大仰に付けた名称、5人の英雄と一緒だ。


王太子殿下の入場に、貴族達はざわめきながらも拍手で迎えた。

「本日は祝いの席に来て頂き、ありがとうございます。今宵は楽しんで下さい。」

シグルドが挨拶を述べて、祝福ムードに包まれた。


招待客の中には普段王太子の姿など拝めない、下級貴族もいて

シグルドと5人の英雄に喝采を浴びせていた。


手を振りながら花道を歩いていると

「聖女様のお姿がないぞ。」


「今回の功労者にシルヴィア様はいないのか?」


などヒソヒソと話し声が聞こえて来た。


(聖女様?)

シグルドは眉を動かしそうになり、隣にいたセルネオにどう言う事か聞いた。


セルネオは小さな声で言った。

「町の子供の怪我を治した時に、噂が広まった様です。」


「あぁ・・・あの時の。」

(聖女は王陛下と教王の承認が必要な筈だが?)

シグルドの顔色で察知したセルネオが話を続けた。


「町の噂まで罰する事は出来ません。」


「そうだな。」

シグルドは不機嫌そうに頷いた。


「エリンシア嬢、疲れているだろうがダンスのお相手を願えるかな。」

シグルドがエリンシアの手を差し出して言った。

貴賓の間の披露とは別に、一般の間でも披露が必要だ。


「はい。光栄です。」

エリンシアがシグルドの手を取った。

エリンシアも伊達に高位貴族の教育を受けていた訳ではない。

社交界の空気と言うものは、理解していた。


だがシグルドは気が重かった。次は貴賓の間からずっと付けて来ているシルヴィアと踊らなければならないだろう。

王家として、決して蔑ろにしている訳ではないと、証明する為に。



そんな時ベルンにヒソヒソと話をする貴族の噂が耳に入った。


「あの女が本当に戦功者?本当に活躍したのか?」


「聖女シルヴィア様の地位を金の力で奪い取ったそうだ。」


エリンシアの評判は散々だった。

またエリンシアの悪い噂によって一層シルヴィアが祭り上げられている。

仕掛け人は、シルヴィアの父であるアートゥンヌ伯爵の仕業である。溜息と共に小さな声で、貴族達に声を掛けていた。


「可哀想なシルヴィア。町の男の子は感謝してくれましたよ。『怪我を治してくれてありがとう。』ってね。ですが王家がそれを認めない。エリンシア嬢がシルヴィアの事を、お気に召さないのでしょう。」


「2度も参戦したのですよ。それなのに存外に扱われて。」


同情を誘う様に、貴族達に哀れに愚痴を溢す真似をした。

多くの貴族達はアートゥンヌ伯爵とシルヴィアに同情し、エリンシアを悪女の様に思った。


ベルンはルキノに忠告しようと、ダンスに誘った。

ルキノは吃驚したように目を丸めたが、直ぐに笑顔になりベルンの手を取った。


「ベルン殿下、踊れるのですか?」


「少しだけ。」


「ところでルキノ嬢、エリンシア嬢に対して心ない噂が聞こえてくる様だが・・・。」


ベルンは踊りながら小さな声でルキノに話し掛けた。


「分かっていますが、言わせておけば良いと思います。エリンシアの魔力は卒業まで、侯爵を継ぐまでは伏せておきたいですし、エリンシアに何一つ恥じる事はありませんから。」


「それはそうなんだが・・・なんだか悔しいな。」


「ベルン殿下が分かって下さっているので、十分です。」


「ふっふっ、そうか・・・。」


「今日ルキノ嬢がセルネオと踊っているのを見て思ったよ。私も早くに立候補しておけば良かった。」


ベルンが最近たまに機嫌が悪そうな顔をしていた原因はこれだった。

ベルンがルキノから顔を逸らし、膨れっ面になる。

まだ恋心を自覚している訳ではない。しかし、ベルンにとってルキノとエリンシアは特別な人だった。

王族という身分の枠組みを超えて、仲良くなれた人。


「何を言ってるんです。」

前世を合わせて30年程になる人生の中で、色恋沙汰には縁のなかったルキノは顔を赤くした。



シグルドもシルヴィアと一曲踊り、義務を果たしたと言わんばかりに、セルネオとアレクに合流した。

シルヴィアから逃げて来たのだ。


そうして盛大な祝賀パーティーは終わりを告げた。


 ◇◇◇ ◇◇◇



王国が平和を取り戻し、学園生活も元に戻った。

エリンシアは戦争中に15歳の誕生日を過ぎ学年最後の年になっていた。しかし学園内の噂は、一層酷い事になっていた。


金で勲章を買った令嬢。

シグルド殿下を誑かした令嬢。

シルヴィアに醜い嫉妬心を抱いている令嬢。

シルヴィアに魔法攻撃を仕掛けて虐めを行なっている令嬢。

シルヴィアに呪いを使って、陥れた令嬢。


散々な言われ様だ。だが噂は真実の様に語られ、学園中に広められていた。


「エリンシア、大丈夫?」

ルキノが心配そうにエリンシアの顔を覗いた。


「全然平気よ。親しい人から誤解を受けるのは嫌だけど、噂をしている人達に興味はいないわ。」


「そりゃそうだ。真実を知っているのは、ごく一部の人だけだからね。」


「待たせると悪いわ。早く行きましょう。」



戦後の処理も随分と進んで、その報告を聞くためにエリンシアと研究棟に向かっていた。

セルネオが外交力を発揮されたそうだ。


「なんだか研究棟に行くのも、久しぶりな気分だわ。」


「今日は明るい話を聞けると良いですね。アレク卿も来ているそうですよ。」


2人が図書館を通り過ぎようとした時、いきなり目の前にシルヴィアが現れた。令嬢令息5人程の取り巻きを引き連れて。


「何処に行こうとしているのですか?研究棟は学園生徒が立ち入るべき場所では無いですよ。エリンシア様はそれ位の分別はある方だと思ってましたが。」


「ええ、普段は立ち入りませんが今日はシグルド殿下に呼び出されていますので。・・・シルヴィア様、以前お伝え致しました様に私に近付くのは、お止めください。」


「何故あなたに命令されなければならないのですか?」


シルヴィアは持て囃されて自分の立場を弁える事すら忘れてしまった様だった。


「聖女シルヴィア様に、なんて態度だ。」


「お金で勲章を買ったくせに。」

 

小さな声で、しかしこちらにしっかりと聞こえる様に侮辱をしてくる。


「急いでいますので、失礼致します。」


エリンシアが無視を決めて通り過ぎ様とし、シルヴィアが道を塞ごうとした。その時、パチっと言う音と共にシルヴィアが悲鳴を上げた。


「っ痛い!」


シルヴィアは右手を押さえて大袈裟に顔を歪ませた。

(毎回私に攻撃を仕掛けるなんて、許せないわ。でも今回は目撃者もいる事だし。都合が良いわ。)


「何をなさるんですか?」


「シルヴィア様、大丈夫ですか?」


取り巻きに囲まれたシルヴィアを無視して、エリンシアとルキノはシルヴィアの横を通り抜け出した。



・・・転生前小説で読んだ前半部分、確かにエリンシアは悪女と呼ぶに相応しい振る舞いだった。

でも今は?今も同じではないか?シルヴィアから、学園の生徒達から、貴族達から見て、しっかりと悪女しているではないか。 


ルキノはふぅーと溜息を吐きながら額を指で叩いている。


「どうしたの?何かあった?」


エリンシアが心配そうな顔をして覗き込んでくる。


多分エリンシアの本質は、逆行前と後で変わってはいないと思う。

自由で気ままではあるが、貴族としての矜持を持ちその努力は惜しまずにしている。


逆行前も今も、エリンシアは悪役令嬢であり小説の中そのままの人であった。





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