第26話 戦争 1

=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=


26 戦争 1 



「兄上を副将とし、エリンシア嬢、ルキノ嬢、シルヴィア嬢には辺境の村で後方支援をお願いする。」


戦況が差し迫る中、シグルド殿下が全体の指揮を取る。


「エリンシア様って必要ですか〜?」

シルヴィアが不満の声を漏らすが、誰も聞き入れない。

シルヴィアは自分が目立たないポジションに置かれた事に、腹を立てていた。


「セルネオ様、確認宜しいですか?」

ルキノは最終確認をするべく、医療班体制や薬品や食料の備蓄の点検などを見ながら


「とうとう始まるんですね・・・。」

表情を強張らせ、セルネオを見た。


「ルキノ嬢が考案された魔力石は、優れた物だよ。きっと上手くいく。」


それぞれの思いを胸に秘めて、それでも刻々と戦いの時間が近づいて来る。



辺境領内の町で休憩をとり、明日早朝より軍行を開始する。

エリンシアとルキノは祈る様な気持ちで朝を迎えた。


先発隊のアレク卿が出陣する。エリンシアの魔力を込めた水晶石をこちらに向けて、(安心して任せろ。)とでも言う様な笑みを浮かべた。


後発部隊はシグルド殿下で、セルネオ様もご一緒だ。


アレクは国境地の南側に布陣し、軍旗を高々に上げた。

開戦の合図だ。


「隊長に遅れをとるな!進め〜!」


双方のぶつかり合う武器の音。怒声の様な、悲鳴の様な声が辺りを包む。

町の一角に用意された小さな屋敷に待機していたルキノは、魔力石を握りしめた。

どれくらいの時をそうしていただろうか。

魔力石からセルネオの通信が入る。


「第一陣の負傷者を一旦戦場から下げる。ルキノ嬢、医療班の準備をお願いする。」


「了解しました、セルネオ様。」


ルキノは外へと飛び出て、医療班へ指示を行った。


「負傷者を2つの管轄に分けます。重傷者は、医療の経験のある先生達にお願いします。軽傷者は、私達と町の自警団の皆様で。」


辺境伯様の領地の人達は、統制の取れた方ばかりだった。

町の人は有事に備え、女性達も応急処置を行える教育を受けていた。


「もう少しで日が暮れる。それまでに処置を終えろ。」

ベルン殿下が皆を鼓舞しながら、状況を見て回った。


その様子を見つめていたエリンシアは、自分が役に立たない事に苛立ちを覚えていた。


その日の戦闘は中断し、野営の準備を始めた。

町の女の人が炊き出しに向った。エリンシアとルキノは、是非にと同行を許してもらった。


「シグルド殿下。」エリンシアがシグルドに駆け寄る。


「エリンシア嬢、こんな前線に来てはいけない。」

シグルドはエリンシアを嗜めようとしたが、エリンシアの目には決意が秘められていた。


「私だけ、何も出来ないのです。町の人の様に炊き出しのお手伝いも、負傷者の手当も・・・。」

悔しさの余り、エリンシアは俯き唇を噛んだ。


最前線で戦ってくれているアレク卿の活躍は、エリンシアの魔力が十分に役に立っている。勿論アレクの剣技が凄いのだが、ここまでの成果を出すには、エリンシアこ魔力が不可欠だ。

だが、エリンシアにその自覚は無いのか?


「噛み締めてはいけない。傷になるぞ」

シグルドはエリンシアの唇にそっと触れた。


エリンシアが真っ赤に頬を染めた時だった。


「シグルドさまぁ。」

シルヴィアが近づいて来た。


シルヴィアが睨んでいるのを見て、エリンシアは我に返った。


「私はこれで。」

そう言い残し、エリンシアはその場を去った。



白々と夜明けが近づいて来た。

エリンシアとルキノが、うつらうつらとし始めた頃


「敵襲だ!備えろ!」


兵士達の慌しい声が響いてきた。アレクは急いで軍隊を整えて先行する。セルネオとシグルドも後に続いた。

暫くすると、合戦の轟音が鳴り響き砂埃が舞った。


ひとまず辺境領内の人達と一緒に、町に帰りエリンシアは部屋に閉じこもった。魔力石にもっと魔力を送りたいと思い祈り続けた。


ルキノは魔法石を片手に負傷者の手当てを手伝っていた。

リーナもエリンシアが自領から、医者や薬、食料や毛布などの物資を沢山持って来ていたので、それらの配分などを行っていた。


目の回る様な忙しさに、ルキノとベルンは町の人達に指示を与えていたその時、魔力石から通信が入った。セルネオ様だ。


「ルキノ嬢、シグルド殿下が負傷した。野営地まで来てくれ。」


ルキノは、急いでベルンとエリンシアとシルヴィアを呼び、医者と医療品を馬車に詰めて飛び乗った。


「セルネオ様、今向かっております。殿下の具合は?」


「致命傷ではないが、大事を取っての事だ。」


エリンシアは祈る様な気持ちで野営地に駆け付けた。

「シグルド殿下・・・。」


「大丈夫だ。掠っただけだから。」

シグルドは笑っているが、脇腹から血が滲んでいる。


「私に任せて下さい。エリンシアどきなさい。」

シルヴィアがエリンシアを押し退け、シグルドの腹の辺りに手を翳す。淡い光が傷口を覆うが、余り効いていない様だ。


「時間がない。ルキノ嬢、医者を呼んでくれ。傷を縫合したら、直ぐに戻る。」

シグルドはシルヴィアを押し退けて、セルネオを側に呼んだ。


「傷口を押さえておいて下さい。」

ルキノはセルネオに小さな声で言った。


暫くすると、医者が駆けつけて的確な処置を施した。

晒しをきつく巻き、上衣を肩からかける。

馬に跨ろうとした時、エリンシアの姿が見えない事に気が付いた。


「ルキノ嬢、エリンシア嬢は?」

シグルドの問いに誰も答える事が出来ない。


「セルネオ、アレク卿の補佐を頼む。私はルキノ嬢とエリンシアを探す。魔力石で通信を頼む。」

そう言うと、ルキノを引っ張り上げて馬に乗せ走って行った。

ベルンも慌ててシグルド達を追いかける。


セルネオはシルヴィアと医者達に、町へ戻る様に指示を出して前線へ向かった。



「アレク卿、お待たせした。戦況はどうだ?」

セルネオは前線の状況に、目を見張った。


「セルネオ様、先程から魔力の制御が効かなくなったしまって・・・。」

アレクは剣を握りしめて、剣先から溢れる雷をいなし続けている。


「もう少し耐えてくれ。シグルド殿下の負傷を目の当たりにしたエリンシアが暴走した。今探している。」


「分かりました。」


アレクは自身が雷を纏ったまま、敵軍に突っ込んでいった。

雷が乱反射して、チッチッチッという音が鳴り響く。

アレクは自軍に被害が及ばない様に、身を挺した。



遠目からでも分かる戦場の空から稲妻が走る様子に、ルキノはエリンシアの魔力を探した。


「シグルド殿下、もう少し林の方へ。」

ルキノの案内に従って馬を走らせる。


程なく大木の根元にうつ伏せに倒れているエリンシアを見つけた。気を失っている様だったが、それでも尚魔力を放出している。


「エリンシア。」

3人はエリンシアに駆け寄った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る