第25話 エリンシアの魔力

=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=


25 エリンシアの魔力



ルキノはアレクから提供された魔法水晶石を使って色々な事を試していた。風の属性の通信石、雷の属性や炎の属性の攻撃石。ただ光属性の癒しだけは、魔法水晶石に反発を起こし魔力を貯める事が出来なかった。



「エリンシア、大丈夫!貴女はやれば出来る子よ。」

ルキノの応援も、耳に届いているかどうか。


エリンシアは泣きそうになるのを、ぐっと堪える。

こんな時でも淑女としての矜持を忘れない。


てんとう虫は直ぐ目の前に近づいていた。


「アレク様、指輪の効果は絶大です。魔法具って本当に素晴らしいですね。」

ルキノはアレクに感謝の眼差しを向けた。


ここは研究棟の一角。決して虐めを行なっている訳でも、罰ゲームをしている訳でもない。

エリンシアが暴走しかねない、虫対策だ。


エリンシアの魔力を一気に水晶石に注ぎエリンシアの魔力を封じる指輪を入れて、虫を近づける。

そしてルキノがエリンシアの手を万歳の状態に持ち上げる。


エリンシアが耐えるしかない状況を作り、虫を見ても心を乱さない様に訓練をしている。


暫くすると、シグルド達が入って来た。


「そろそろ休憩にしないか。」


シグルド殿下がそう言って、一旦休憩を挟む事にした。


セルネオ様とアレク様は、対ノースルナ国の戦略を練っていた。


「ルキノ嬢の考えた通信石だが、風性質の魔法しか使えない。セルネオ様とルキノ嬢が要になる。」


「はい。私が戦況をルキノ嬢に通信します。」


前線のアレクがノースルナ国の状態を把握しながら、セルネオをが後方のルキノを通じてベルンに報告する。


「予想通りに事が運べば良いのだが・・・。」


アレクとセルネオは、再び作戦を見直し確認していた。




「エリンシア嬢、散歩でもしようか。」

シグルドはエリンシアを誘い、学園にある庭園の噴水まで一緒に歩く事を提案した。

手にはバスケットを持っており、エリンシアを労る気が十分に感じられる。


ルキノはシグルド殿下にエリンシアを任せる事にした。


噴水の見える四阿までゆっくりと歩き、日陰になっている四阿で腰を下ろす。シグルド殿下はバスケットの中身をテーブルの上に広げて、エリンシアに勧めた。


「シグルド殿下、申し訳ありません。殿下にこの様な事までさせてしまって。」

エリンシアは、ルキノの訓練でぐったりとしているにも関わらずシグルド殿下の優しさを凝縮に思い、頭を下げた。


「それはこちらのセリフだよ。作戦の為とは言え、エリンシア嬢に多大な負担をかけてしまって。さぁ、食べよう。」

目の前には甘い焼き菓子や冷たい飲み物が用意された。


「では、頂きます。」

エリンシアが目の前の焼き菓子に手を伸ばした瞬間、嫌な声が耳を劈いた。


「シグルド様、お久しぶりです。こんな所で何をなさってるんですか?」

シルヴィアが駆け寄って来た。

確か今は授業中だと思うのだが・・・。


「授業が自習になったんで、外に出てみたら、シグルド様が見えたもので、急いで参りました。」


疲れ果てている今のエリンシアに、シルヴィアを相手にする余裕はない。仕方なく大人しく挨拶だけを済まそうと立ち上がった。


「シルヴィア様、御機嫌よう。」


「あらエリンシア様。今日は意地悪して来ないのですね。シグルド様が一緒だからですか?」


意地悪とは、ルキノが言っていた静電気の事であろう。

「私は何もしておりません。」


「シグルド様。エリンシア様はいつも、私の事を魔法で攻撃して来るのです。まぁ、魔力は大した事無いのですが毎回痛い思いをさせられているのです。」

シルヴィアは涙を浮かべてシグルドの腕に身体を寄せた。


シグルドもルキノから事情を聞いていた。

魔力が有り余り、常に身体に電気を帯電している。

ルキノは魔法契約の効果なのか、全然感じなかったが。

相性によるものか、シルヴィアが近づくと静電気が発生するのだ。


幸いエリンシアは、貴族同士の距離はいつも保っている。

不意に近づいてくるマナーの悪いシルヴィアが悪いのだけれど、被害者意識の強いシルヴィアには理解出来ないのであろう。


エリンシアはシルヴィアの無作法な態度に、溜息を飲み込んだ。


「シルヴィア様に申し上げます。では、今後は私に近づかないと言うのはどうでしょうか?」

エリンシアは当たり前の提案をした。


「私がいつエリンシア様に近づいたと言うのですか?」


(たった今ですわ。)

話にならないと、エリンシアは目眩を覚えた。

瞬間、身体がふらつく。


「大丈夫か?無理をさせ過ぎた様だ。」

シグルドがエリンシアの身体を支えた。


「シルヴィア嬢、エリンシア嬢の体調が悪い様だ。私達はこれで失礼する。」


「シグルド様、何故そこまでエリンシア様に・・・。」

シルヴィアは、シグルド様がこんな女に・・・侯爵令嬢とはいえ学園の評判は最悪で、何の取り柄も無くプライドだけが高い女に親切に接する理由が分からなかった。

そして、シグルド様に身体を支えられてか弱そうな振りをしているエリンシアの事が許せないと思った。



シグルドはエリンシアの肩を抱いて支えながら歩き、ゆっくりと研究棟へ戻って行った。



  ◇◇◇ ◇◇◇


その頃研究棟では


「アレク卿、水晶石の精度はどれくらいですか?」


「思ったより凄い物が出来そうだ。エリンシア嬢の魔力量は半端ない。」


セルネオ様とアレク様のお話を部屋の隅っこでぼーっと聞いていたルキノに、ベルンが近づいて行った。


「ルキノ嬢、セルネオと婚約をしたと言うのは本当かい?」


「はい。成り行きで、そうなってしまいました。」

ルキノは苦笑いを返した。


「私は全然知らなかったのだが?」


「それは当然だと思います。私だって、いきなりで吃驚したんですから。」


会話が続かなくなり、無言で時が過ぎる。

気不味い雰囲気の中、シグルドがエリンシアを抱えて入ってきた。


「エリンシア。」

ルキノが駆け寄る。


「外でシルヴィア嬢に絡まれてしまってね。申し訳ない。」


「シグルド殿下が気にする事ではありませんわ。」

エリンシアは気丈にも、真っ直ぐに立ってルキノに笑顔を見せる。


「ごめん。私が無茶を押し付けたからだよね。」


「ルキノの作戦は完璧よ。言葉の通じないシルヴィア様との会話に疲れただけだから。でも、もう私に近づかない様に進言したから、大丈夫よ。」


「分かったから、今日は休みましょう。リーナを呼ぶわ。」


「そうね。お願い出来るかしら。」


そう言ってエリンシアはソファーにもたれ掛かった。



「アレク様、あの症状は魔力の使い過ぎでしょうか?」


「それは大丈夫。エリンシア嬢の魔力はまだまだ底が見えない。多分だけど、虫との戦いによるストレスではないかな?」


犯人は私か・・・。でも今のうちに魔力のコントロールをする事は大変重要な意味を持つ。これからエリンシアの卒業まで、いつ暴走が起こるか分からないのだから。


断罪における今までのフラグは全て折ってきたはず。

しかし最終的には、王族の前で派手にやらかす。それを止めなければ意味がなくなる。1番重要案件だ。手段は今から構築せねばならない。


リーナが迎えに来てエリンシアは一旦タウンハウスで休みを取る事にした。


「エリンシア様、お茶をお入れ致します。」


リーナが温かいハーブティーを用意してくれたのだが

ティーカップには、虫の模様が。テーブルの飾りの琥珀の中に虫が。


「ルキノの仕業ね。」


家中の至る所に、虫、虫、虫。

エリンシアは横目で虫を見ながら、私が耐えるしか無さそうね。と本日数回目にして最大の溜息を付いた。








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