第17話 婚約者 1
=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=
17 婚約者 1
頭では分かっていた。色々な小説も読んでいた。
この時代の貴族の政略結婚の事情も知っていた。
何故他人事の様に考えていたのだろう。
良く知りもしない、好きではない男性に嫁ぐという事を・・・。
貴族のマナーの中に、人前で泣かない。というものがある。
エリンシアから教わっていた。
でも我慢できなかった。限界まで溜めた涙が頬を伝う。
「お見苦しい姿を、申し訳ありません。」
ルキノはこの場を離れようとしたが、セルネオに腕を捕まれた。
「ルキノ嬢。私とベルン殿下は、横を向いています。泣きたければ、泣いてください。他に見ている者もいませんから。」
セルネオは優しい声で言って、ルキノに背中が見えるように身体を横に向けた。
ベルン殿下も、セルネオの言う通りにした。
2人の背中に隠されたルキノは、声を抑えて泣いた。
その頃、シグルドとエリンシアは、王宮に向かっていた。
「王家の承認は、まだ降りていない筈だ。何とか時間稼ぎが出来れば良いのだが。婚約を白紙に持って行くためには、王族の私と高位貴族であるセルネオ、そしてエリンシア嬢の協力が必要になる。」
「ええ、わかっておりますわ。ルキノに望まぬ婚姻をさす訳には、参りません。何としても、止めないと。」
2人は王宮へ着くと急ぎ陛下への謁見を申し出た。
他の者達には、申し訳ないが王子の特権を駆使して謁見の間に足を進み入れた。
「陛下、火急の用にて失礼します。」
「どうした、シグルド?それにエリンシア嬢まで。」
「陛下。リードン伯爵家とアルトン子爵家の婚約の申請があったと思いますが、まだ承認をしてないですよね。」
「うむ。まだだが、しかしどうしたシグルド?そんなに慌てて。」
「突然の謁見をお詫び申し上げます。その婚約の承認を、今暫く待って頂きたく存じます。」
「エリンシア嬢まで。顔色が悪いようだが?」
「父上、詳細は夜にでも。今は謁見の割り込み中ですので、失礼致します。」
「あい分かった。婚約の承認は私の手元で留めておく。」
「ありがとう御座います。では、失礼致します。」
取り敢えず人心地付いた2人は、学園に使いを出しアザルトル侯爵家のタウンハウスに場所を移し、話し合いを進める事にした。
「ルキノ、酷い顔ね。目元が赤くなって腫れているわ。可愛い顔が台無しよ。」
エリンシアはルキノが安心出来る様に、何時もの口調で笑いながら言った。
「心配しなくても大丈夫よ。何とかするから。私を誰だと思っているの?」
「エリンシアだと思う。」
「アザルトル侯爵家嫡女、エリンシアよ。」
記憶にある会話に、私はつい笑った。
「やっと笑顔になったわ。」
「私は明日、アルトン子爵を尋ねます。良いわね?」
「うん。エリンシアに任せる。」
2人の笑い合う姿を見て、一同は胸を落ち着かせた。
だが、一筋縄で事は運べないだろう。リードン伯爵はまだ良い。しかし確実にシルヴィア嬢が絡んでいると思われる。
世論がシルヴィアの思う方向に流れてしまったら、少し厄介な話になる。そこを間違えてしまえば、エリンシア嬢とルキノ嬢の悪い噂が流れて学園生活、その先の社交の場にも影響を及ぼす事は必至であった。
「私達も協力を惜しまない。取り敢えずルキノ嬢は、1人になるのは避けた方が良い。」
「そうですね。特にバリデンとシルヴィア嬢には、会わない方がいい。明日からは図書館は禁止です。あの場所は学園生は誰でも利用出来ますから。ルキノ嬢は研究棟から出ない様に。送迎は、私が致します。」
セルネオが申し出た。
今考えれば運が良かったのか。院生は特別な立場だ。
貴族の枠、マナーを超えて研究が優先される。
婚約者でも無いセルネオとの行動も納得出来る事由になる。
「では私は昼食の用意を致しましょう。それ位しか出来る事が無さそうだ。」
ベルンも何か協力をしたいのだ。
「では今日のところはこの辺で。私は陛下に事情を説明しなくてはなりませんから。」
そう言いながらシグルドが立ち上がると、ベルンとセルネオも一緒に立ち上がった。
「シグルド殿下、皆様、よろしくお願い致します。」
エリンシアが礼をすると、ルキノも慌てて礼をして3人を見送った。
本来ならば貴族間の婚姻の問題に、王家が口を挟むべきでは無い。嫌、不穏な動きが無ければの話だが。普通は婚姻を薦めたり取り持ったりはあるが、邪魔をする事などあってはならないのだが・・・。
王族としてでは無い。友人として力になりたい。
戦争の真実を明るみに出来たなら、功労者はシルヴィアでは無くエリンシア嬢とルキノ嬢と言えたなら。
しかし2人がそれを望んでいない以上、それをする事は本意ではない。別の方法を考えるか・・・。
シグルドは父である王陛下にする言い訳と、これから取る自分の行動の両方に頭を悩ませていた。
翌日エリンシアはアルトン子爵家を訪れた。
アルトン子爵は、思わぬ客人(それも格上の高位貴族)を迎える事など皆無だったので、バタバタと忙しない様子で応接室に案内をしてくれた。
「ルキノの事でお話があります。もてなしは結構です。要件だけ手短にお話します。」
アルトン子爵と夫人は、ひどく緊張をしているようだった。
座っていても落ち着かないそんな風で、こちらの言い分に静かに耳を傾けた。
「ルキノは私のアザルトル侯爵家に仕えている侍女で、私が後見人でも有ります。学園、学院にも通わせて今から活躍をしてもらおうと言う時に、勝手な事をされては困ります。」
エリンシアは少し高圧的な言い方で、子爵に詰め寄った。
「申し訳ありません。学園等にかかった費用はお支払い致します。」
「そんな事を言っているのではありません。」
「ですが、貴族の令嬢として何時かは、親の決めた婚姻をしなくてはなりません。それが偶々今だったのです。」
(費用はお支払いします?食べていくのもやっとで、10歳のルキノを使用人に出したのに。確かルキノは給金の一部も子爵家に送っていた筈。リードン伯爵から、かなりの金銭を受け取ったようね。)
エリンシアは、攻手を変えてみる事にした。
「リードン伯爵から受け取った金額の倍をお支払いします。」
その言葉にアルトン子爵は顔色を変えた。しかし、それは一瞬の事だった。
「リードン伯爵とは、正式な文書も交わしました。今更変更など・・・。それに今後のアルトン家の支援も約束して下さいました。」
「あくまで家同士の繋がりを優先すると?」
「どこの貴族の家も同じ様になさってるでしょう?」
「分かりました。今日のところは失礼致します。」
エリンシアは策略を巡らしながら、子爵家を後にした。
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