第10話 ベルン殿下とお茶会 1
=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=
10 ベルン殿下とお茶会 1
王家の紋章が入った馬車が、アザルトル侯爵家のタウンハウス別邸の前で止まる。
「本日はお招き頂き、ありがとう。」
少し緊張気味のベルンが、はにかんだ笑みを見せた。
「ようこそおいで下さいました。」
エリンシアは、淑女の礼でベルンを迎えた。
本邸に比べれば少し小さいが、それでも他家のタウンハウスに比べれば中々立派である。その邸宅の庭園に、ベルン殿下を案内する。後ろに数人の護衛を引き連れて、ベルンがエリンシアの案内に従い歩みを進めた。
「護衛の方は此処までです。」
一旦案内の足を止めて、エリンシアは再びベルンを促した。護衛から少し離れた場所にはオープンテラスがあり、セッティングされたテーブルの椅子に座って頂いた。
しばしの沈黙の後、エリンシアが口を開く。
「ベルン殿下宜しいでしょうか?」
「エリンシア嬢?」
「私達はまだ友達とは呼べません。今日のお茶会で、お互いを見極めるのです。殿下のお気に召さない様で御座いましたら、容赦なく仰って下さい。以後私達が殿下を煩わす事はないでしょう。あの、ですから・・・」
エリンシアが言い終わらないうちに、元気な声が聞こえてくる。
「ベルン殿下、おまたせいたしました。」
その声を聞いたエリンシアの顔が青ざめて、額に手を当てがっている。少し首を振って何かを言いかけようとした時、ルキノが現れた。
ベルンは少しの間、固まっていたが
「護衛は外を向け。敵は外からやって来るものだ。こちらを見た者は許さん。」
病弱そうに見えていたベルンの大きな声に、エリンシアとルキノは驚いていた。
「ルッ、ルッ、ルキノ嬢。そっそのお姿は・・・。」
ルキノはトラウザーズに白いタイツ、オープンカラーのシャツという出立ちでベルン殿下の前に現れたのだ。
平民の着るような、生地も上等ではなく飾りも無い。
王子殿下を迎えるには、不敬罪を問われても仕方の無い格好である。
そんな周りの空気には気も止めていないルキノはノートを取りだし、早速本題に入ろうとするが流石にエリンシアが制止した。
「リーナ、殿下にお茶を。」
「ベルン殿下、甘い物をご用意させて頂きました。お口に合うと宜しいのですが。」
「甘い物は、大好きです。心遣いありがとう御座います。」
ベルンはエリンシアに向かって微笑んだ。
それは、気分を害していないという意思表示の為だ。
ルキノも早急過ぎたのだと反省をする。ベルンに謝罪をし一旦お茶を楽しむ事にした。
「ルキノ嬢、あなたには毎回驚かされる。」
ベルンは優しい声で、ルキノに言った。
「ベルン殿下だけではありません。私もルキノには驚かされてばかりで御座います。」
暫しのティータイム、ベルンの体調やルキノの学園の過ごし方などを歓談した。ベルンは絶えず柔らかく微笑まれながら頷く。エリンシアは大丈夫そうね、と判断した。
「では、ルキノ。」
ルキノに目で合図を送る。
ルキノは立ち上がり、テーブルから少し離れた芝生に位置をとり座り込んだ。またしてもベルンが目を見開いた。
ルキノは靴を脱ぎ、足を伸ばすとベルンに声を掛けた。
「良いですか?今日は足のマッサージをお教え致します。1人で大変な場合は、侍女の方に手伝って貰って下さい。」
ルキノは座った状態で片膝を立てて前屈姿勢になる。
「脹脛は第2の心臓と申します。こうして片方の足づつ指の腹でマッサージをしてやるのです。膝の裏も忘れずに。そうする事でリンパや血流が良くなります。首や脇、足の裏や太腿の付け根もマッサージすると、尚宜しいでしょう。湯船に浸かった時なら滑りも良くなるし、下から上へとほぐしていきます。」
ルキノは実演付きで説明をしたのだった。
「今日は此処までですが、体調が改善されましたら、次は簡単なストレッチをお教えします。それまで頑張って下さいね。」
ルキノは立ち上がり、礼をした。
「着替えて参ります。少しのお時間お待たせ致します。」
と言い残し、部屋に戻った。
取り残されたベルン殿下とエリンシアが、顔を見合わせた。
「ベルン殿下。今日の無礼は重々承知致しております。ですがルキノに悪意はないのです。私達と関わりたく無いとお思いであれば、遠慮なく仰って下さい。ですが、私はルキノと離れるつもりはありませんので、あくまでも2人セットでの評価でお願い致します。」
噂に聞いた限りでは、エリンシア嬢は気位が高く我儘で・・・自己主張の強い令嬢だと・・・
しかし今のエリンシアは、ルキノを罰す事をしないでくれと言っている様だ。貴族の噂など信じるものでは無いなとベルンは思った。
「エリンシア嬢、大丈夫ですよ。私の為に色々な事を教えて下さっているお2人の事を、好意的に思ってます。寧ろ私の様な退屈な男にうんざりされていないのか、心配になるばかりですが・・・。良ければお2人とお友達になりたいと思っています。」
その言葉を聞いたエリンシアは、人心地の付いた思いだった。
安堵の思いで2人の空気感が和やかにやった頃に、ルキノはワンピースに着替えて戻ってきた。
「お待たせ致しました。」
椅子に座ろうとした次の瞬間、小さな悲鳴を上げ地面に這いつくばっていた。
(あ〜、エリンシアに見つかったら大変な事になるところだった。たかがダンゴムシでビームを出されたら堪らない。ベルン殿下もいらっしゃるのに、危なかったわ。)
ルキノは見られない様にダンゴムシを手の平でそっと包み込み、庭園の向こうに思いっ切り投げた。
ルキノの行動には確固とした理由があるのだが、ベルンとエリンシアの目には奇異名行動に映ったに違いない。
「今度は何?」
「ルキノ嬢?」
一体何が起こったのか理解出来ないベルンは、どうすれば良いのか分からない。それはエリンシアも同じ気持ちだった。
そんな2人を他所にルキノは
「さぁお茶会を続けましょう。」と微笑んだ。
エリンシアは、またしてもルキノの奇怪な行動の言い訳を考え込んで頭痛が増していくのだった。
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