第9話 王子殿下とセルネオ様

=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=


9 王子殿下とセルネオ様



いつもの学園の風景。学園の中央に位置する噴水のある庭が見える四阿に、ベルン殿下とセルネオ様が歓談している様子を目にした。私は急いで近づき礼をとった。


「ベルン殿下、お久しぶりで御座います。ルキノに御座います。」


「ルキノ、久しぶり。堅苦しい礼はやめて。友達だろう?」


顔を上げた私にセルネオ様が椅子を勧めてくれた。

椅子に座り殿下の顔色を伺い見る。


「殿下、体調の方は如何ですか?少し顔色が良くなった様にお見受けしますが。」


「デトックス?だったか。実践してしるよ。少し体が軽くなった様な気がする。部屋から出る時間も増えたよ。」


「では白湯の量をもっと増やして下さいませ。」


「ふっふっ努力する。」

ベルン殿下は、ふにゃっとした笑顔を見せた。


「セルネオ様に質問しても宜しいでしょうか?」


ベルン殿下がセルネオ様に目配せをする。


「魔力のコントロールについてお聞きしたいのですが・・・。」


「コントロールなら殿下に聞いた方が早いんじゃないかな。」

セルネオ様が小さな笑みを落とした。


「殿下、コントロールがお得意ですか?」


「まぁ魔力が多くはないから、コントロールしか方法が無かったからね。」


「では、お茶会の時にでも詳しく教えて下さい。」


「お茶会?」

ベルン殿下は、少し不思議そうな顔をした。


「お忘れですか。約束したではありませんか。もうすぐ招待状が届くかと思いますが・・・ご迷惑でしたか?」


「めっ迷惑だなんて、とんでもない。社交辞令だとばかり思っていたから。本当に招待してくれるなんて、必ず伺うよ。」


「ええ、楽しみに待っております。」


「ところで何人位の人が集まるんだろうか・・・?」

ベルン殿下が少し不安な顔で、聞きにくそうに質問を投げかけてきた。


「3人の予定ですわ。エリンシアと私とベルン殿下。」

私が答えた途端に、あからさまに表情を緩められた。

良かった。3人にしておいて。

思った通り、まだまだ人付き合いは苦手のようである。

転生前は人間ウォッチャーが趣味の私の勘は正しかったようだ。


「当然殿下には護衛が付くとは存じますが、護衛の方も遠巻きで殿下を守って頂きます。」


「あぁ、分かった。」


「それでは存分に3人だけのお茶会を楽しみましょう。では、そろそろ失礼致します。授業が始まる時間ですので。」


ルキノは立ち上がり、淑女の礼をとった。


ルキノの背を見送り、姿が小さくなったのを確認してセルネオが口を開く。


「ベルン殿下、嬉しそうですね。」


「セルネオも知っての通り、私には心を許せる人間が少ない。今では、シグルドとセルネオくらいの者だ。初めて友達が出来るかも知らない。心踊らない訳が無いだろう?」


「そうですね。シグルド殿下も興味を持っておられましたよ。」


「シグルドが?」


「はい。王家のお茶会では、珍しくベルン殿下が楽しそうにされていたのを見て、令嬢達に何を話ししていたのかと聞いたそうです。」


「それで?」


「令嬢達にはぐらかされたと言っておりました。」


「ふっふっ・・・シグルドが令嬢達にはぐらかされていたと?私も見てみたかったな。」


「ええ、珍しい光景でございましたでしょうね。」

セルネオは笑いを堪えながら、返答していた。


「さぁそろそろ散歩の時間は終わりです。」


「わかった。」


セルネオに促され、馬車に向かった。

王宮と学園は馬車で10分とかからない距離にある。

ベルン殿下に頼み込まれて、散歩の場所を学園内の敷地に変えたのだが、今日は成果があって良かった。


セルネオは、馬車を見送り学園の高位院生舎に戻りサロンへと向かう。

今年は10名にも満たない高位院生。室内は閑散としている。舎内にある研究室にとじ込もっている者も多く、この時間にサロンへ立ち寄る者などいないだろう。

シグルド殿下以外では。


「ただいま戻りました。」


「あぁ、兄上の様子はどうだった?」


「少しの時間、ルキノ嬢と歓談なされました。」


「ルキノ嬢・・・。あの令嬢は少し変わった娘だ。それに、エリンシア嬢も。」


「はい。ですが、悪人には見えませんが。」


「そうだな。引き続き頼む。」



この2人の淡白な会話には、ベルンへの心配が詰まっていた。社交界の無責任な噂に、貴族達の思惑。

まだ世間を知らないベルンを、純粋なベルンを守りたいと思っていた。シグルドにとって、かけがいのない兄でありセルネオにとっては、守るべき王族である。



その頃、ルキノは羽ペンを握りしめ思案に思案を重ねていた。『ベルン殿下とのお茶会計画』とタイトルだけは立派に銘打った。しかしその項目はまだ埋まっていない。


魔力のコントロール。

今日のベルン殿下とセルネオ様の会話で、一項目だけは決まった。しかし、女子会じゃないんだから恋バナは無理でしょ?唸っていると、ふと頭を掠めた。


ベルン殿下が王太子になる可能性は・・・。多分ないと思う。

小説の主人公は、シグルド殿下だったし王家の歴史書は必ず主人公が王になっていた。


しかし、障害がない訳ではない。

勇者を推す貴族が現れたり、暗殺を目論む革命家がいたり。最終的には、シグルド殿下が王になるにしても、巻き込まれないとは、限らないのでは?


私が知っているのは、『真実の愛は永遠に』の序盤だけだ。

作者様の事だ。奇をてらって、シグルド殿下とヒロインを駆け落ちさせて、私達の断罪のあと、ベルン殿下を王太子にし、大どんでん返しロマンス・・・なんて事もあり得るかも。


ルキノは溜め息を付いた。

きっと私の杞憂ね。嫌な思考を停止し、眠りについて脳ミソをリセットしようと、フカフカのベッドに潜り込んだ。



・・・  ・・・

・・・  ・・・

・・・  ・・・以上の罪状を以て、エリンシア、アザルトル侯爵令嬢は公開絞首刑に処す。アザルトル侯爵家当主並びに夫人以下一族郎党も同刑に処す。


民衆の罵倒が渦巻く中、エリンシアは、処刑台に上がり、無理やり首にロープを掛けられた。

ドンッ。音と同時に床が抜け、身体が浮いた。



はぁ、はぁ、はぁ、夢か・・・。嫌、エリンシアにとっては現実だったはずだ。思い出したくも無い過去の事ではあるが、一度エリンシアと話し合わなければならない。


その夜、ルキノは眠ればまた夢を見てしまうかも知れないという恐怖で眠りにつけなかった。



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