第2話 DAY2

 テレビの画面はほとんど変わってなかったけど、ネットで政府からの発表で、思いもよらないことが告知されていたの。私は、5日後に月がいきなり上から落ちてくると思っていたんだけど、そうじゃなくて、月の軌道が楕円となっていて、楕円の半径が短い部分がだんだん地球に近づいてきて、横をかすめてすごいスピードで通っていくんだって。そして、最後には、地球に衝突するらしい。


 横をかすめてすごいスピードで通り抜ける時に、そのエリアは大変なことになるらしい。昨日の夕方には、南アメリカに、だいぶ近づいたらしくて、そこでは、月の引力で、暴風雨が吹き荒れ、山は崩れ、その後、荒野しか残らなかったって。


 畑でブルトーザーが土をひっくり返したような感じとか。それじゃ、5日の前でも、そこにいる人は生き残れないじゃない。それが、今日の夜中、日本上空を通過するんだって。それで日本はどこも、壊滅的な影響を受けるんだってさ。ひどいよ。


 昨日があまり変わらなかったのは、月が地球から離れていったかららしい。月の引力が減ったことによる影響はあったけど、海の水が引いたぐらいしか目に見えて変わったところがなかったみたい。でも、昨日の夕方頃に月が大接近して、びゅっと地球から離れ、また近づいてくるって。そこが日本の上空だっていうじゃない。


 え、5日後じゃなかったの。今日1日で終わりなんて、ひどい。とは言っても、神様にお祈りしにいくとかの感じもしないし、行っても神様なんていなんだから変わらないし、天国なんかないと思うし。


 安全な国に移動するということも考えてみたけど、ネットでは、空港は閉鎖されていて、大気の状態も不安定だから、飛行機は飛ばないって書いてある。本当かな? これも飛行機で逃亡しようとしている人が、他人が殺到するのを避けている? でも彼とは、本当だろうという結論になり、どうしようかということになった。


 エッチするかとか、彼は冗談を言っていたけど、そんな気分じゃないし、前から行きたいと思っていた紅葉の渓谷に、彼の車で行くことにしたの。紅葉の綺麗な景色は明日にはなくなっちゃうし、気持ちのいい渓谷とか行ってみたかったんだ。


 人生最後の渓谷だから、少し遠出をして山梨県の西沢渓谷というところに行ってみた。たっぷり紅葉をみたいから、まだ暗いうちに家を出て車を飛ばした。多少の寝不足があっても、あと1日ぐらいで死んじゃうんだから関係ないって。


 高速も空いてた。メーター見たら、彼って、180Km/hで飛ばしてるじゃない。月のせいで死ぬ前に事故を起こさないでね。でも、誰もいない高速ってなんか気持ちいい。そうこうしているうちに、インターチェインジを降りて、山道に入って行き、渓谷の入口に到着したのが朝6時半だった。


 ここが人生最後の時間でいいのかという迷いはあったけど、着いて歩いていたら、人はそれほどいなくて、紅葉が素晴らしかった。何人か、高齢の方々が散策していて、会うと、こんにちわと笑顔で挨拶をしてくれた。全く、何もないみたいに平穏なの。


 そんな雰囲気だから、今日が人生最後の日だとはとっても思えない。彼もずっと笑顔で、嫌なことは言わずに、笑いながら過ごした。そして、東京に戻っても仕方がないので、誰もいなくなった甲府の市街のホテルに泊まって、最後の夜を過ごすことにした。


 ホテルのフロントには誰もいなくて、適当に鍵を持ち出し、部屋に入ったわ。電気もつくし、水も出て、シャワーは暖かい水も出る。ベットメーキングの後、誰も使っていなかったみたいで、普通のホテルの1室という感じだった。彼とは、ホテルの前にあるスーパーから、冷凍食品とかチンして温めてから持ってきて、甲府ワインとかで最後の晩餐をした。


 東京から離れた地域での夜空は、星が素敵ね。月はなくて、外は真っ暗。その分、星が一段と輝いているように見えたわ。月は、どこにあるかわからない。今頃、どこを飛んでるんだろう。今夜に近づくんだから、地球に向かっている最中だと思うんだけど。


 ところで、普通に旅行した時と比べると、レストランが空いていないとかは違うけど、彼とは初めて旅行で、嬉しかった。これまで彼の部屋で過ごしたことはあっても、なんとなく旅行までは早いかなと思っていたけど、こんなことなら、もっと早く、いろいろな所に行っておけば良かったわ。


「最後に何を話したらいんだろう。」

「よく分からないけど、最後に美緒と一緒にいられたのは楽しかったな。まだ、終わってないけど。」

「私も、健二と出会えたのが、一番の宝物だったかな。」

「まあ、今日も、笑顔の美緒の顔をずっとみていたいな。」


 二人は、たわいもないことを話して夜を迎え、ベットでキスをして抱き合った。


 そういえば、男性って、エッチで何が楽しいんだろう。私は、抱かれていると愛されているって感じるのが幸せ。もちろん、エッチ自体も気持ちいいけど。やっぱ、この人には私が必要なんだって思えるじゃない。


 だけど、男性から見ると、女性のあそこには特に何があるわけじゃないし、というよりグロテスクで気持ち悪いわよね。女性を抱くと、この人を愛おしいと思えて、幸せって感じるのかもね。胸とか揉むと、この女性と子供を作りたいと思うのかな。また、入れると気持ちいいかもしれないけど、男性って、そんなに感じないと聞くし、よくわからない。


 でも、そんなことはどうでもいいことだったわね。聞いてもいいけど、今更だし、聞いたからと言って、大したことでもないし。あと数時間で、私の世界はなくなっちゃんだから。


 お互いに、何かを考えていたけど、話すこともせず、私は、彼の胸に顔を埋めて眠りについた。


 そして、月が急接近すると言われている夜3時を迎えた。でも、想定していなかった事態が起こったの。

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