第20話 レオス・ヴィダールと悪魔教

 完全に油断していた。

 野盗との戦いでハイになっていたのか、つけていた男のことをぽっかりと忘れていた。


「そういえば、まだいるんだったな」


 俺は切りつけられた左足を確認する。

 毒などは、ない。痺れはない。

 しかし思ったよりも深く切りつけられたため血が止まらない。


「ふんっ!」


 俺は魔力を傷口に集中し、簡易的に血止めを行う。

 それでも完全に塞ぐことは出来ず、太ももからふくらはぎにかけて血が滴る。

 相手の男は何も言わない。

 切りつけた後も反撃を警戒してか距離を取っている。


 思っているよりも手練れかもしれない。

 先程の野盗とは違い、こちらをじっくりと観察している。


 手前の二人を倒すまで動かなかったことを見るに、仲間ではないのだろう。

 利害関係の一致しただけの関係かもしれない。


 そんな関係のないことを考えながら、じりじりと距離を取っていく。

 すると相手が胸元から何かの魔道具を発動する。


「ダークマジックシール」


 そう相手が唱えると、魔道具が反応し、周囲に魔力が拡散する。

 なんだ?

 俺は体に不調がないか確認する。

 腕も足も動く、問題ないようだ。


 俺が体の確認をしていると、相手が俺に向かって突っ込んできた。

 俺は魔法を唱える。


「ダークバレット」


 指先に集中した魔力から闇の弾丸が発射されるはずだった。


「出ない!?」


 俺が相手に向けた左手からは何も出ず、ただ無防備な姿をさらしただけに終わった。

 相手は俺の意味もなく伸びてしまった左手に向かって剣を振るう。

 俺は急いで左手を引き戻し、それを回避する。


 魔法を封じられたか?

 しかし魔力循環は行える。

 これは闇魔法だけ封じられたと考えるべきか。


 単純な剣術での勝負となり、俺は少し焦る。

 俺の剣術はかなりのものだと自負はしている。

 それでも俺は14歳のガキであることもまた事実。


 大人相手に魔法無しで戦うことは無謀と言ってもいい。

 俺は急いで洞穴の外に逃げる事を決める。

 距離を取り、逃げ切ってしまおう。


 ここで倒せるのが一番だが、命あっての物種だ。


 日の光が見える出口までじりじりと下がっていく。

 相手も俺の狙いが見えたのか、接近し攻撃を続けてくる。


 痛む左足を庇いながらの撤退戦は苦しいものだった。

 相手は崩れた姿勢で戦う俺を的確に狙ってくる。

 しかし先程野盗から感じたような殺意は感じない。

 まるで生け捕りにしようというかのような……。


 この違和感の正体が分からぬまま、俺は洞穴の出入口付近まで辿り着くことに成功した。

 よし、このまま出て――


 バシン。


 俺の背中は不可視の壁にぶつかり、その場から立ち退くことが出来なくなった。

 これでは逃亡どころか助けを呼びにいくことも出来ない。


 俺は目の前の男に問いかける。


「お前、何の目的でこんなことを」


「……まあいい、聞かせてやってもいいか」


 男はさもつまらなそうな声色でこの状況の説明をする。


「俺たちは訳あって闇属性の魔法を使えるやつを探していてな、ちょうどウェンド領主の息子がそうだというのを耳にして、とっ捕まえようとしようと思ったわけだ」


 闇属性の人間を探している?

 こいつらの言動から推測するに……。


「悪魔教か」


「ご名答! まさか名前まで知っているとは、一体何所から漏れたのだろうかね」


 それは俺が将来お前らに捕まって体を魔改造されるからだよ。

 今なら悪魔の召喚に使われるかもしれないな。

 まだ召喚を行っていないのだから。

 

「それなら俺をここで殺しちゃうのはまずいんじゃないのか?」


「大丈夫さ、頭と体さえ残っていれば、四肢など無くても構わない。安心してくれよ、殺しはしない」


 そういった男の顔は今まで見たことのない悪意のこもった笑顔だった。


 ゾワリと背中に悪寒を感じる。

 本気だ、こいつは俺を実質殺すと言っているのに等しい。


 相手の余裕を見るに、まだ隠し持っているものもありそうだ。


 受け身に回ってはだめだ。

 俺は先手必勝、先に相手に斬りかかる。


 右の上段から振り上げた剣を繰り出す。

 それを難なく相手が防ぐ、ここで本来なら魔法での追撃が出来るのだが今は出来ない。

 逆に相手の左手からもう一刀の刃が出てきた。


 俺の腕を狙った攻撃をすんでのところで避けて、また距離を取る。

 しかし後ろにはこれ以上下がれない。

 どこかで場所を変えなければ。


「二刀流はあまり流行っていないぞ」


「そうですかあ、まあ私には合っているのですよ」


 後ろは壁、……そうか壁か。

 なら……。


 俺は空中に飛び上がると、足に力をこめ、魔力を足に集中させる。

 その状態のまま、不可視の壁を蹴り上げ、地面と平行になって空中を飛ぶ。


「なっ!」


 俺の不規則な動きに驚いた男は両の手にある剣で飛んできた俺の剣をガードする。

 勢いの付いた俺の攻撃はそのまま、相手を吹き飛ばしていく。


 これで状況は五分、問題は俺の剣術がどこまで通用するかだ。

 二刀流との経験はない。

 しかし二刀が同じ長さではなく、右手には普通のショートソード、左手には反りのついた短刀のようなものだ。


 左手のリーチが少し長い相手と考えればいい。

 最悪、肉を切らせて骨を断つ。

 俺は無意識の内に相手の殺し方を考えていた。


 野盗との戦いでは感じなかった本当に命のかかった戦い。

 俺は恐怖と興奮に飲まれていた。

 最強になるにはこの程度自分でどうにかできないでどうする。


 俺は倒れている相手に向かって駆け出す。

 男はすぐに体勢を整え、俺の剣と相手の剣がぶつかり合う。

 俺は両手に掴んだ剣にさらに力を込めて相手を押し込んでいく。


「くっ」


 片手対両手、どちらが強いかと言われれば言われずとも分かること。

 しかし相手はその代りに左手に剣を所持している。

 鍔迫り合いをしていると俺の顔面目掛けて相手の左腕が振るわれる。

 それを更に前進することで躱し、相手を押し込んでいく。


 体勢の崩れた相手の剣を弾き、袈裟斬りを行う。

 上段から放たれた剣戟は相手の左肩から右の腹まで体を切りつける。


「がはっ……」


 相手が血を吐いてその場に倒れる。

 まだ息があるのか、肩で息をしている。

 しかしもう男の命が尽きるのは時間の問題だ。


 これ以上仲間がいればお手上げだが、その様子はない。

 ここに救助するものも来ない。

 ほどなくして、相手は動かなくなった。


 俺は相手の体を探る。

 恐らく回復のスクロールなどを保持していると考えたからだ。

 俺を痛めつけても回復させれば問題はない。

 案の定相手の荷物の中にスクロールは存在した。

 ついでに縛るための縄とかも。


 俺はその状況に安心するとともに、自分の手が震えていることに気づく。

 初めて人を、殺した。

 そして殺意を感じた。


 軽い気持ちで散策に出たことで出会ってしまったことに、少し、後ろめたさがあった。


 その後は後から駆けつけてきたカモールに処理を任せ、村へと戻った。

 野盗たちと悪魔教の男の遺体を運び出し、近くの街へと引き渡した後、そこで一晩過ごした。


 その日はすぐに寝ることが出来なかった。

 人を殺した感触がいつまでも手から離れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る