第19話 レオス・ヴィダールの野盗退治

 俺が開拓の指示を父親から出してもらってから、随分と農耕地が増えた。

 この数年の領地の成長は目覚ましく、近々子爵への昇格も検討されているとのこと。


 俺は未だ手つかずの地を一緒に開墾したり、すでに村として機能している旧開拓村を訪れたりしていた。


 そういうときに限って、間が悪いことにハプニングとは起こるものだ。

 だだっ広い農地を荒らす不届きもの、魔物の存在である。


 イノシシが魔物化した、通称ビックボア、ふがふがと折角作った作物を食い荒らしている。

 人的被害が出ていないのが救いってところか。


「俺が出る、住民は各自家に入る様に」


 避難指示をカモールに任せて、俺はビックボアに近づいていく。

 こちらの接近に気づいた相手が、俺を標的にして突進をしてくる。


「グラビティ」


 それを抑え込むように魔法を発動する。

 若干遅くなったが、すぐに拘束範囲を外れて再び俺に向かってくる。


 俺は鞘からゆっくりと剣を取り出し、正道の構えを取る。


「ダークソード」


 俺は剣に魔力を込め、闇属性を付与した闇を纏った剣を構える。

 そして一直線に俺に向かってくるビックボアを正面から相手の鼻っ面から一刀両断するように振り切る。


 その切れ味は絶大で、そのまま鼻から頭、胴体へと剣が入り込み、相手の尻尾付近まで剣はめり込み、その場に残ったのは二つに分かれた死体だけだった。


「強いけど、血をどうにかしないと毎回これじゃあとてもじゃないがやってられないな」


 俺はあまりの返り血の多さに辟易していた。

 俺が剣に血を払っていると、視界の端に動く人影を感じた。

 森の方からだ。


 こちらを遠巻きで見ていたのだろうか。

 魔物が来たことといい、怪しい。

 その人影が森の中に入っていく。

 俺はそれを追いかけようと隠密効果のある闇魔法を唱える。


「ダークストーカー」


 全身を闇で包み込み、その存在を希薄にさせる。

 布のこすれる音や息遣いまで消え失せる。

 スパイや暗殺にもってこいの魔法だ。


 俺はその場から素早く移動し、森の中に入っていた人間を追いかける。

 幸い、歩いて移動していたようで、すぐに見つけることが出来た。


 森の中は暗い。

 獣はいるが魔物がいる様子もない。

 そもそもそんな危険なものがいるところに兵士も付けずに開拓させる訳もない。

 つまりこれは人為的な仕業。


 恐らく犯人であろう人間の後をつけていく。

 随分森奥深くまでその人間は歩いていく。

 すると森の中に雨風が凌げそうな洞穴が見えてきた。

 その手前には一人の見張り。


 そいつと尾行していた人間がなにやら話をすると洞穴の奥へと入っていった。

 俺は周囲を警戒しながら、洞穴を中心にぐるりと一周して探索をする。


 洞穴自体はそこまで大きなものではなく、人が5~6人入れば満杯になるような大きさだ。

 見張りが一人ということを考えてもそう多くない人数だと考えられる。

 カモールを呼ぶか?

 いやこの程度の人数なら俺一人でもやれるはず。

 何よりカモールに連絡をしに行っている間に逃げられる可能性もある。


 俺は自分の剣に手をかけ、ここにいる野盗と思わしき者たちを捕まえようと決める。

 まずは見張りだ。

 幸い、あくびをしてウトウトしている見張りはその役割を十全に果たしているとは言えない。

 俺は見張りの死角になるようにゆっくりと動く。

 相手は気づいていない。


「ダークバインド」


 俺は相手の影から触手のように出現した闇の塊でまず口をふさぐ。

 そして身体を拘束した後、後ろから首を絞め気絶させる。


 完全に意識を失ったのを確認して、男の腕と足をダークバインドで縛り上げる。

 これでこいつは完全に無力化できただろう。


 残りは何人かいる野盗だけ。

 俺は意を決して洞穴の中へと入っていった。

 入口は暗い、しかし少し進むと明かりの灯った松明が壁に掛けられていた。

 人がいることは分かっている。

 だが何人だ?

 この狭い空間では何人いても大人数を相手にすることはない。


 例え何人いても一人ずつ倒していけばいい。


「ダークアイ」


 俺は暗視効果のある魔法を唱える。

 俺は意を決して明かりのある方向に駆け出した。


 見えてきたのは二人の人影、ご飯を食べて談笑中のようだ。


「あ、なんだてめえ」


「見張りはどうした」


「いう必要があるか?」


 こちらに気付いた男たちが武器を取り、俺との間にある距離を縮めてくる。

 俺は右手で相手の剣を受け止め、左手から魔法を放つ。


「ダークバレット!」


 俺は指先に込めた小さな魔法の塊を超速で射出する。

 ダークボールより範囲は狭く攻撃力も低いが、屈指の速度を誇る俺のオリジナル魔法だ。


 その衝撃にぐらつく相手を無視して右手側にいるもう一人の男に対応する。

 剣と剣がぶつかり合う。

 単純な力押しでもこちらが有利なのを確認すると、手首を中へと返し、相手の体制を自分の左側に転がるように逸らしてやる。

 無様に倒れたところに剣の柄を使い、首の後ろの方を打ち、気絶させる。


「てめえ、何もんだ」


「だから、今から捕まる人にいう必要はないだろ」


 ダークバレットを受けてよろけていた男の問いかけに答える。

 狭い洞窟内では派手な魔法は使えない、しかし俺は闇魔法、元々高火力な技が必要というわけではない。


「ダークミスト」


 以前なら広範囲にばらまくことしか出来なかった魔法は、制御を覚え相手の顔付近を中心に視界を奪う。


「なんだこれは! 何も見えねえ」


 そういうのは思ってても口に出しちゃだめだよ。

 相手に無駄な情報を与えることは勝敗に直結する。


 完全な暗闇に困惑した相手がぶんぶんと闇雲に剣を振るいだす。

 不用意に近づくと万が一がある。

 俺は攻撃魔法を唱える。


「ダークボール」


 放たれたその魔法は男に直撃する寸前、振り回していた剣に直撃する。

 魔法は弾かれたが、その勢いで剣にヒビが入った。

 これならもう大丈夫だ。


 ダークミストの効果が切れ始めたのを確認すると、俺は闇を纏い鎧とする。


「ダークアーマー」


 物理攻撃に強いこの魔法はいささか過剰防衛気味だが安全に仕留めるにはこれくらい必要だろう。


「ふざけた技を使いやがって、その程度で俺を殺せると思うなよ」


 未だに敵意マシマシな相手。


「大人しく投降するっていうなら痛い目見なくてもよくなるけど?」


「しゃらくせえ」


 男が上段から剣で俺を切りつける。

 それをダークアーマーで補強した腕で受け止める。

 パキリと相手の剣が俺、驚愕の顔を浮かべる相手の男。


 そこに俺の左の拳から繰り出されるパンチで男の腹部を殴り飛ばす。

 強化された体に魔力循環で瞬間的に左手に集めた魔力によって男は壁に叩きつけられ意識を失った、と思う。

 ダークアーマーを解除して二人の男を縛り上げる。


 ピクリとも動かなくなった男二人を見て、俺はこんなものかと思い耽る。


「あれ、でも尾行していた男は――」


 瞬間、左足に鋭い痛みが走る。

 俺を切りつけたのは明らかに野盗とは違う格好をした男、俺が尾行していた男だった。

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