第12話 アイン・ツヴァインは観戦する

 辺境の地に生まれ、厳しい父のもと領民を守るべく鍛え続けた剣。

 魔法の方の才能がなかったのか、魔法はあまり上達しなかったが、剣の才能はあったようだ。


 5歳にして兵士長を倒し8歳には一対一なら大人でも敵わなくなってきた。

 でも僕が戦いの場にしているのは野生の獣や野盗などだ。


 常に一対一の状況なんてありえないし、時々刻々と進んでいく物事に冷静に対処しなければならない。

 外敵から皆を守るにはこの小さな体では限界があるからだ。



 あれは7歳くらいのころだったか。

 少し強くなっていた僕は慢心していた。

 決して稽古の手を抜いていたわけではないけれど、どんな強敵だろうと僕にかかれば倒せる。

 そんな蛮勇めいた思いが溢れていた。


 ある日、盗賊の根城を発見したという情報が入った。

 辺境伯の領地には大人数の兵士や兵器がある。

 あまり野盗の類は大挙しないのだが、これがまた有名な山賊らしく、曰く元騎士団が指揮しているとのこと。


 今回はと、父上自ら出陣するということで同伴を許された。

 ただあくまで後方待機、間違っても前線には出るなという約束でた。


 山賊が拠点としていたのは破棄された村だった。

 建物はそれほど傷んでいないが、魔物の襲撃によって撤退した場所でもある。


「総員かかれ!」


 父上の号令の下、山賊狩りが行われた。

 相手も見張りを置いていたので、正面衝突することにはすっかり臨戦態勢となっていた。


 遠くからよく見える戦況、明らかにこちらが押している。

 もう少し近くで見たい。

 戦場の雰囲気を味わいたい。


 そんな短慮な考えで、自分を引き留める兵士を振り払い前線へと赴いた。

 溢れるのは味方や相手の血や臓物、訓練では目にしなかった戦場の凄惨さ。

 遠足気分で出てきた僕はその光景に吐き気を覚えた。


「あぶない!」


 その声と共に一人の兵士が僕に覆いかぶさってきた。

 そのまま後ろへと倒れる。


「……大丈夫ですか、アイン様」


 多少頭は打ったが問題ない。

 僕は大丈夫と声をかけようとして気付いた。


 彼の背中に刺さっている何かに。


 弓矢だった。

 僕が不用意に前に出てきたせいで、余計な傷を負わせてしまった。


「大丈夫です! それより貴方が」


 僕は必死に彼の顔を見るが、青い顔をして吐血する。

 臓物に当たったのか、彼の様子は悪い。


 すぐに衛生兵が来て、僕と共にその場から引き揚げていく。

 結局その兵士が助かったか分からなかった。



 山賊の頭目は父上が倒した。

 こちらにも多少の被害が出たが、自分たちのボスがやられたのを見ると戦意を喪失したのか降伏してきたからだ。


 そのまま山賊たちを連れて領地へと戻る。

 そして事の顛末を聞いた父上から厳しい叱責を受ける。


「戦場は遊びではないんだぞ! その剣が何のためにあるのか、今一度考えなおしなさい。誰を守るためだ? 何のために振るうのだ? 戦いとは綺麗なものではないのだぞ」


 それが僕の記憶に残る苦い記憶。

 どんな形でもいい、生き残って守れる範囲を守る。

 それが辺境伯の子供として生まれた責務なのだと。



 剣術大会に出たのはただの気紛れだった。

 自分に匹敵するような子供がいるとが思わなかったし、父上に言われたので仕方がなく出たに過ぎない。


「一度大きな世界を見てくるといい、思わぬ発見もあるものだぞ」


 そういう父上はどこか嬉しそうだった。


 でも僕にはあまり関係ないことだと思った。

 一回戦の相手は戦う前から委縮し、論外だ。

 一合で決着はつき、残りの試合を観戦した。


 そこで父上の言葉通りのことが起こった。


 粗削りだがすさまじい力で相手を圧倒する女の子。


 僕にはない綺麗な剣筋を持つ男の子。


 そして泥臭く、勝ちにこだわる少年。


 興味が湧いた。

 そのすべてが別のブロックだったのが悩ましい。

 どうせならすべてと戦ってみたかった。


 決勝での楽しみが出来た。

 そこからは三人の戦いを楽しんで観戦することが出来た。



 女の子、レイン・オブリールは難なく2回戦を突破した。

 相手の子が気の毒になるくらい何もさせてもらえなかった。

 彼女は攻撃力が高い、その手数、威力、どれをとっても一級品だ。

 この2戦では防御している姿を見ていないのでそこは未知数だ。


 そして僕が期待している二人の少年、レオス・ヴィダールとリボーン・ドルッセンの試合が始まった。


 明らかに集中していないリボーンを見たのか、レオス少年の動きが早い。

 相手の視界外に移動することで、相手の構えをずらす。

 そこから持ち手を変える器用さに、躊躇なく繰り出される拳は圧巻だった。


 

 様々な状況に対応出来るように考えられている実戦型の戦い。

 魔力量が余り多くないことを考えると、修練を始めたのが浅い年月だからだろう。


 子供の頃から鍛えていれば自然と増えていくものだが、彼は同世代並みの魔力量しかない。

 それでも充分ではあるが、相手の方が何枚も上手であるのは明白だった。


 相手のリボーンは自分と同じく幼少より積んできた基礎が見受けられる。

 これは一朝一夕で出来るものではない。

 気の遠くなるほど反復することで出来る型だ。


 リボーンが攻勢出る。

 レオス少年は必死に致命傷を避けているが、このままではなす術はないだろう。

 さあ、どうする。

 圧倒的な格上を相手に何を見せてくれる。


 僕は静かに、その戦いぶりに興奮していた。


 レオス少年が一旦距離を取ると、その剣を左右で持ち替え続ける。

 そこから距離を徐々に縮めていくと、なんとレオス少年は剣を手放して相手に投げつけた。


「あはっ!」


 剣術大会で剣を手放す、それすなわち敗北なのだが、彼の目は諦めていない。

 そのまま相手に飛びつくと両手両足を拘束し、馬乗りになる。

 これは決まったかと思った。

 残っているのはレオス少年の攻撃が続くだけ。

 だがその予想は覆されることとなる。


 リボーンの腰に魔力が高まっていくのを感じる。

 何をする気だ。

 いや、分かる。

 そうか、その手があったか。


 これは相手との魔力量の差がなければ出来ないことだが、それを利用してリボーンはレオス少年を弾き飛ばした。


「ここまでか……」


 空中に飛ぶレオス少年を見て試合の終わりを悟る。

 結果を見るまでもなく、自分の試合に向けて控室に向かう。


 トーナメントの間に多少の休憩時間はあるが、今は一人で集中したかった。

 あのどちらかが上がってくる。

 レインか、リボーンか。


 ククッ、何年後かになるかは分からないが、彼も期待できる。

 ここからどれだけ努力するかは知らないが、この程度のことで折れてしまうような目はしていなかった。

 学園に行くのも社交の為だと思っていたが、存外楽しむことが出来そうだ。


 15歳になるその日まで、楽しみは取っておこう。

 今ある贅沢な食事に感謝しながら。


「三回戦を開始する、選手、前へ」


 案内役の兵士が僕に呼びかける。

 今はこの昂ぶりを抑えたかった。

 一瞬にも満たないだろう試合だが、この熱を収めるのには十分だろう。


 僕は返事をして控室を出る。

 あと2試合過ぎれば決勝だ。

 楽しみだなあ。

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