第13話 レイン・オブリールの戦い

 レオスが負けた。

 次に勝てば私との試合だったのに。


 悔しそうな顔でその場から去るレオス、気付いたら私は走り出していた。


「なんて顔してるんだ! レオス!」


 私は控室から観客席に戻る廊下でレオスに会い、背中を叩く。


「約束、守れなくてごめんね」


 申し訳なさそうにレオスが答える。

 私はその顔が嫌いだった。


「レオスは十分戦った! 相手が強かっただけ! そんな顔しないで! 私が仇を取るから」


「仇って、別に仇討ちは望んでいないよ。それとは別に普通に勝ってほしいけどさ」


「あんなやつボコボコにしてやる」


「はは、威勢はいいけど、アイツ強いよ。優勝候補だし」


「ならどうやって倒すの? レオスならなんか考えがあるんでしょ?」


 自分より頭のいいレオスなら、何かいい作戦があるかもしれない。

 私は自分の幼馴染を信じ切っていた。


「間違いなく俺との試合で魔力は消耗している。真正面からぶつかっても今のレインなら勝てると思う。だけど決勝の相手は恐らくアインだ、どうせなら優勝までしたいよな?」


 今まで見たこともないような顔で笑うレオスに少し引いたけど、何かいい作戦があるのだろう。


「いいか、これは一度しか通用しない、それは―――」


「えっ、本気で言ってるの?」


「俺は大真面目だ」


「うーん、まあレオスが良いって言うならやってみようかな」


 私は伝えられた作戦を実行すべく、自分の次の試合を待った。



 反対のブロックはやはりアインが勝ち上がっている。

 特に苦戦もしていないようなので魔力にも余裕があるだろう。

 それに加えて確実に強い剣術、どうやって崩そう。

 カモールさんとの訓練を思い出すが突破口は開けそうにない。


 そんなことより今は目の前に試合に集中だ。

 ここを突破しない限り先には進めないのだ。


「準決勝第2試合、リボーン・ドルッセン、レイン・オブリール前へ!」


 審判に促されて闘技場へと顔を出す。

 観客席からレオスが、やってやれと指を立てる。


 相手を見る。

 息はあがっていないようだが、疲労の色は隠せていない。

 先手さえ取ってしまえば勝てない相手ではない。


「両者構えて、始め!」


 審判の合図と同時に駆け出す。

 前を見ると彼もこちらに向かって来ている。

 短期決戦がご所望だね。

 いいよ、乗ってあげる。

 こちらも最初からそのつもりだからね。


 お互いの剣がぶつかり合う。

 つばぜり合いから手首を返し、相手のバランスを崩す。

 思った通り体のキレがない。


 簡単に崩れる相手を見てそう思った。


 そこに鋭い突きが頬をかすめる。


(あぶなかった、完全に油断していた)


 疲れたと思わされた、ただの演技、フェイクだ。

 実際に疲れてはいるだろうが、それを逆手に取ってきたのだ。


「ちっ」


 相手が小さく舌打ちする。

 ここで決めておきたかったのだろう。

 相手には余裕がない。

 そんな相手にこんな作戦を使うのは本当にいいのだろうか。

 まあいいか、レオスを信じて攻撃を繰り出す。


 攻撃こそ最大の防御、それが私の剣術。

 圧倒的な手数と威力で相手を制圧する。

 ただ上手い相手だとこれを綺麗にいなされ、逆にこちらが消耗してしまう。

 だからこそ、この作戦が効くのだ。


 上段に集中させた攻撃によって相手のガードが段々と上がってくる。

 そして下半身への意識が失われようとしているところに狙いを定める。


「ここっ!」


 私が蹴り上げた足は、相手の股間に直撃した。

 相手は持っていた剣を手放し、その場に蹲る。

 そのまま横に倒れると、ピクピクと痙攣している。


「しょ、勝者レイン・オブリール!」


 まばらな観客の拍手が今の現状を物語っている。

 一人だけ大きな音で拍手をするのはレオスだ。

 実に楽しそうに笑っている。

 してやったりといった顔だ。


 女の私には分からないが、男の股間は急所であることは知っている。

 しかしここまでとは……申し訳ないことをした。

 あとでレオスにもお見舞いしてやろう、私をこんな衆目に晒しやがって!


 私は居心地の悪くなった会場からそそくさと立ち去る。

 ちらりと見えたアイン・ツヴァインの顔は引きつっていた。

 大丈夫です。

 決勝ではそんなことしないので、だから股間を抑えて怯えた顔をしないで下さい。


 観客席に戻るとレオスが満面の笑みで迎えてくれた。


「よくやったレイン! お前なら完璧にやってくれると信じていたよ」


「レーオース。これで私に変な噂が立ったらどうしてくれるのかな? 責任とれる?」


「いいだろ、幼馴染で婚約者なんだから、むしろ責任しか取れないよ」


 ああ、そっか。

 最近ずっと一緒にいるもんだから忘れてたけど、私たちは将来結婚するのだ。

 それがどんなものになるかは分からないけど、レオスとなら楽しく過ごせそうだ。

 それはそれとして、やっておかねばならぬことがある。


 私は笑顔で近寄ってくるレオスの股間目掛けて蹴りを繰り出す。

 それを待ってましたと言わんばかりにレオスは足を内側に入れて防御する。


「あ、ずるい!」


「急所は守る。当然だろ。守らないやつが悪い」


「ぐぬぬ」


 思わぬ反撃を食らい、私は悔しかった。

 確かに防ごうと思えば防げるけど、それは意識しているからだ。

 剣術大会で体術を使うのもそうだけど、レオスは勝つためなら何をしてもいいと思っている節がある。


 まるで何かから自分を守るように、必死に訓練する姿はいつも見ていたからだ。

 私はレオスの心の内にある野望までは見えていなかった。

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