第6話 レイン・オブリールとの再会
「はあ、レオスとの顔合わせなんて一年ぶりくらいかな」
アンニュイな気分で馬車に揺られている女の子、レイン・オブリールはぽろりと口にした。
彼女がそんな気持ちで馬車で目的地へ向かっているのは、領地が隣同士というだけで決められた婚約者、レオス・ヴィダールとの顔合わせがあるからだ。
初めて顔を合わせた時は5歳の時、随分と太った子だなというのが第一印象。
外で遊ぶことが好きだったレインにとって、きっと一緒に遊ぶことはないだろうなと思うには十分な体をしていた。
案の定、かっけこも木登りも出来ず、挙句の果てには泣き出してしまう軟弱者。
体だけではなく心まで貧弱とは、こんなやつが自分の未来の夫だと思うと嫌な気分になった。
それでも顔合わせは何度か続いた。
レインがレオスを明確に拒絶したのは7歳の頃だった。
少しませたエロガキへと成り始めていたレオスのその下卑した視線が生理的に受け付けなかった。
その日は早めに面会を切り上げ、それ以来何かと理由をつけては顔合わせの機会から逃げていた。
「まあ、言い訳ももう底をついたし、しょうがないか」
むしろよくも1年も耐えたものだ。
己の貧相な頭から必死に練りだした対抗策はこれ以上捻りだすことは出来なかった。
「お嬢様、そろそろお着きになります」
「わかった、ありがとう」
御者の声掛けにレインが反応する。
レインの服装はおおよそ貴族の令嬢がするもにしては貧相だ。
彼女が煌びやかなものが嫌いというのもあるが、動きやすい服装を彼女は好んだ。
予定の時間に辿り着いた馬車から、レインが降りる。
よっという一声で飛んで着地する姿はあまりいいものではない。
ただそれを咎めるものはどこにもいない。
ある意味この面会は自由と言ってもいい、レオスと会う以外は。
レインは屋敷の前のドアを軽くノックする。
するとすでにそこに待機していたのか、メイドのリンダがすぐに対応してくれる。
「レイン様、遠いところからわざわざありがとうございます。今レオス様は屋敷の外にて執事のカモールと共にいますので少々お待ちください」
レインは首を傾げた。
あの出不精な彼が外に出て一体何をするのだというのだ。
レインは案内された応接室に向かって屋敷の中を歩いていく。
その異変に気付いたのは少し歩いてからだった。
「あの、リンダ。美術品はどうしたの? あれだけ集めていたのに」
そう、あの悪趣味な骨董品の数々が一切なくなっているのだ。
あの感性は全く理解出来ない。
「ええ、レオス様が魔法の本を集める資金として全て売り払ってしまいまして」
魔法の本? あの勉強も訓練も嫌いなレオスが?
彼女の頭にいくつもの疑問符が浮かぶ。
自分が会わなかった間に何か起こったのだろうか。
単に魔法が趣味になったのか、それならまあまだマシだろう。
何も出来ない、しないよりはいいことなのだから。
レインがしばらく部屋で待っていると、ドアがノックされレオスが入ってくる。
あれがレオス?
いや間違いなくあの顔はレオスだ。
でも記憶にある彼ではない。
ふくよかだった体はかなり萎んでいるし、あの陰鬱とした表情もどこかへいっている。
少し汗ばんでいるようで、何か体を動かしていたのだろう。
レインが驚いているとレオスから話を振られる。
「え~と、レイン・オブリールだよね。遠くからありがとう。折角来てもらって悪いんだけど、今日は開拓の手伝いに行く予定が入っていてね、よかったらついてくる?」
手伝い? 開拓の? 体の変化だけでも驚いたが、まるで誰かと入れ替わったかのように変わった彼にレインは唾を飲み込んだ。
本当に、彼なのか?
実は影武者を使って自分を弄んでいるだけではないかと。
まあどうせ堅苦しいお茶会なのどやるつもりもなかったので、二つ返事で了承する。
レインが屋敷に来てすぐだというのに、また馬車に揺られて開拓の目的地へと向かう。
同じ馬車に乗る彼は、特に話すこともなく熱心に書物を読み漁っている。
興味の湧いたレインは彼に疑問を投げかける。
「リンダから聞いたけど、なにか魔法の本を集めているらしいね。何か心境の変化でもあったの?」
レオスは、少し考えて首を捻りながら答えることにした。
「ああ、ちょっと体を鍛えようと思ってね、魔法も覚えようと思ったんだけど属性が闇だったから、余り情報がなくてね。必死に探して研究しているところなんだよ」
へえ、と彼女は思う。
そういえば、と彼の目線に嫌らしさや嫌悪感を抱くことがなかった。
今もそうだ、自分のことなど興味がなく、じっくりと本に読みふけっている。
レインはそれはそれで婚約者に対してどうなのかと思わなくもなかったが、彼がいい方向に向かっていそうなことに少し安堵していた。
レインがうとうととしながら馬車に乗っていると、目的地の開拓村へと到着した。
その間に彼女たちの間に会話はなかった。
それでも彼女は不思議と息ぐるしいと感じることもなかった。
それはそう、気の置けない友達と一緒にいるような感じ。
レインはレオスと領民が行う開拓の様子を見ていて、さらに驚くことになった。
彼に流れる魔力の淀みのなさだ。
いつ習得したかは分からないが、その魔力の量も多い。
開拓民と一緒に汗を流す姿は以前の彼からは想像もできない光景だった。
「彼は本当にあのレオスなのか……?」
レインはあまりの彼の変貌ぶりに衝撃を隠せない。
「レオス様はここ何ヶ月もこのようなことを毎日行っているのですよ」
「カモール、いたのなら存在感を出してくれ、びっくりする」
「これは失礼しました」
急に後ろから声を掛けられレインはびくりとする。
「ここはもう何度も来ているので、大分開墾が進んでいるのですが、まだまだ進んでいない土地も多く、作業が日を跨ぐことも珍しくありません」
「そんなことをレオスが? 何のために?」
「それは領民の為にでしょう。レオス様は本当に変わられた、貴方ももう一度彼と向き合ってみてはくれませんか?」
そう諭してくるカモールに色眼鏡をとっぱらいレオスを見る。
まだ少し脂肪が残っているが健康的な肉体、領民と楽しそうに会話をする姿、そしてあの魔力、数日程度で出来る事でない。
自分が見ないうちに訓練を積み、人としての常識を身に着けたのだろう。
そんなことを考えていると、森の方から土埃を上げて走ってくる獣が見えてきた。
「イノシシだ!」
領民の一人が叫ぶ。
3匹のイノシシが畑にある作物を狙いに来たのだろうか。
その巨躯を使ってすごい速さで村へと向かってくる。
「私が止めに――」
そうレインがいこうとするのをカモールに止められる。
「いいから、見ていてください」
本来なら守るべき主を置いて前に出ないなどあり得ない。
カモールの行動に何をしているのだと少し怒ったが、それも杞憂だったと思わされることとなった。
向かってくる3匹の獣を前にレオスが立ちはだかる。
その手にはその背丈に合った両刃の剣。
魔法に手を出していたのは知っているが、まさか剣術も?
その疑問はすぐに解消された。
レオスが空いている左手を前に向け、何かを唱えたかと思うとイノシシたちの動きが急に遅くなった。
その気を逃さまいとレオスが獣たちにむかって走り出す。
彼は先頭にいた目の前の1体の首をバターを切るように切り落とすと、今度は残りの2体の前に闇の壁を作り出した。
壁に突撃したイノシシは、跳ね返されることなくずぶずぶと壁の中に入り、突き抜けている。
しかしその突進は完全に止まっており、蜘蛛の巣にかかったようにその場に括りつけられた。
それをレオスが無防備になったイノシシの胸へと剣を突き刺し、2体のイノシシは完全に息を止めた。
その鮮やかな手腕に領民から歓声があがる。
「さすがレオス様!」
「やっぱり強いね~」
「これより強いカモール様って何者なんだよ」
やいやいと騒ぐ領民たちを見ながら、一仕事終えたレオスが戻ってくる。
「カモール、なんで援護に来なかったんだ?」
「必要ないかと思いまして」
「主を守るのがお前の役割だろうが」
「はて、守る意味がありますでしょうか」
とぼけるカモールと楽しそうに話すレオスの姿は、以前の彼と全く違っていた。
思い出せば領館の雰囲気も随分と柔らかかったように思える。
そうか、何がお前を変えたかは分からないが、男子3日会わざれば刮目して見よか。
やれやれ、変わっていないのは自分の方だったかも知れない。
レインは自分の浅慮を横に置いてレオスに声をかける。
「レオス! 今時間はあるか? 私と剣の稽古をしよう」
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